第8話
「次は、しばらくサイコロを散策や。飯くったら、二人でいこか」
上下スウェット姿が数人、テーブルに食事を運んできてくれた。彼らが庭師なのだろうか。みなフードを深くかぶっているので、表情がよく見て取れない。僕は礼を言って、サラダプレートから箸をつけた。もはや、ランチなのか夕飯なのかよくわからない。ご飯を食べ終えると、僕はバンドをしてボールをくわえ、ロボットを握りしめた。
砂に埋もれたロボットを拾いあげようとすると、背後から、埋めたままでええよ、と落ち着いた声がした。見たことのある全身砂色の土人が立っている。そうだよね、あんたがこっちのツナギか。
「声の感じが違うからわからんかったろ。まあ、実は思考を飛ばしているだけで、声で会話しているわけではないんやけどな。あれだ、テレパシーってやつに近い」なるほど、と僕は返事する。
「移動するで」
ツナギは湖のなかに沈んでいた大きな機械をひっぱりあげる。ゴウッッップシュウゥゥッッと音がして、正面の丸い扉のようなものがあく。
「走行器械や。俺の後ろに入ってくれ」
言われるとおり、ツナギに続いて扉のなかに入り、奥のシートにまたがる。なんだかバイクに似ていて、ツナギの背中を通して正面にパカッと開いた丸い扉が見える。プシュウーと扉が閉まるとそれが窓になり、向こう側に広大な砂世界が広がっているのが見える。
高速で移動しているのだろうが、ほとんど振動もなく、エンジン音もしない。ただただ目の前の砂漠をひたすら前進しているだけだ。ツナギの手元にハンドルや表示器があるわけでもなく、どうやって移動しているのか、どこに向かっているのかわからない。
「俺たちはタウンに向かっとる。そこには仲間がおって、可能性たちを観測しとるんや」
タウンにつくと、走行器械から降りて、ツナギは僕に砂を塗りつけ始める。可能性たちに見つからないようにするためらしい。
「可能性たちは目が退化しとって、肌から出る匂いをつかって周囲にある物の位置ポイントを把握しとるんや。ほいで、砂には一切危害をくわえへん」理由をきくと、可能性は砂から生まれるからやと返事がきた。これで僕も、土人の仲間入りだ。
タウンには茶色いモスクのようなドーム系の構築物がいくつかあり、ツナギはそのなかの一つの扉をノックする。
「おみゃあか。ひさしぶりだにゃあ。たしか、ターコイズさんにゃあ」なかから、土人が現われる。
「知っとるやろ、ジュラルミンや」僕は、ひさしぶりと言い、礼をする。
「どんな様子や?」とツナギが尋ねると、ジュラルミンは「いっこうに動かにゃい」と答える。
どうやらジュラルミンは、可能性たちが大移動を始めないか観測しているらしい。
「おみぁあの世界に何体かいったにゃあ、運動かにぁんか言うて。あれからここで奴らをみはってるのにゃあ」
僕たちはジュラルミンが出してくれたお茶を飲みながら、最近の可能性たちの様子について話をする。
「あいもかわらず、一定数の可能性が生まれ、一定数が湖に戻り、工場はいつも通りに一定量の煙を吐き出しとるっちゅうことか」
「そうにゃあ」ジュラルミンは、長さの異なる指を器用につかってお茶の器を操り、口に運んでいく。
「ところで、アイツはどこにいる?」「おみゃあが顔を喰った可能性だにゃ? いまは工場にいるにゃあ」
「じゃあ、工場に行きたい」土人たちは顔を見合わせ、大きく笑う。大量の可能性たちに喰い散らかされてしまいやとツナギは言う。
「工場のなかでは砂が洗い流されちまうから、俺たちの正体が可能性たちにばれる」「俺たちだけじゃあ、可能性たちには勝てないのにゃあ」
昔、俺たちの仲間全員で工場に侵入したことがある。ひとり残らず帰ってこなかった。「いい所までいったんやで。技術者が砂の中にあるウォーターバルブを閉めて工場水をとめてしまうと、いっせいに工場中のエレベータや階段をかけあがっていったんや。みなで工場長室を目指して。しばらくして水がとまったことがばれてまうとと、どこからかサイレンがなり、ちがうルートで水が工場中に放出され、多くの仲間の砂が流されてもうた。そっからは可能性たちとの全面戦争や」
「残念にゃことに、俺たちの武器が全然通用しなかったのにゃあ」ジュラルミンは器をおいた左手をみつめると、全部の指がどんどん伸びていき、おのおのの指先はノコギリエイの上顎ようにギザギザと化す。思考を集中させ、質量を左手に送って結晶化させたのだろう。
「これでもやつら一体をやっつけるので精一杯にゃあ。やつらのドロドロした体液がくっついてしまうと、武器は使い物ににゃらにゃくにゃるのにゃ。でも、ひとりだけ工場長室にたどり着いた強者がいたのにゃあ。それがツナギにゃ」
「すごいじゃんか」僕は、ツナギをみる。ツナギは語り続ける。
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