瑞木由花 13歳 春1

 柏の葉中学校に入学し、待ちに待ったおねーちゃんとの学校生活が始まって、今日で三日目。小学校の頃より給食の時間が短い。下品にならないよう気を付けつつ急いで食べ終え、昼休みになると同時に教室を出る。目指すは、おねーちゃんのいる教室だ。


 おねーちゃんが入学してもう二年近く経つのに今さらかもしれないけど、わたしはおねーちゃんがちゃんと中学校に馴染めているか不安だった。何しろおねーちゃんは、わたしに心配をかけないよう、大丈夫じゃなくても大丈夫って言っちゃう人だから。だから、入学したら自分の目で、おねーーちゃんの日常生活の様子を見に行くって決めていた。


 柏の葉中学校の制服は選択制だ。ブレザーとネクタイ、リボン、スラックス、スカートは自由に選べることになっている。でも、廊下を歩く一年生の女子の中に、わたしみたいにスラックスを履いている子は一人もいない。気持ちはわかる。小学校までスカートだったのに、いきなりスラックスオーケーと言われても、戸惑うから。


 わたしはブレザーとリボン、スラックスの組み合わせ。運動が好きだから、下着が見えないスラックスの方が気兼ねなく動けていい。


 一番の決め手は、どっちの性別でも違和感なく着れるって言ってた、おねーちゃんとお揃いってことだけど。


 階段を上がり、上級生の教室が並ぶ階に到着する。新入生のわたしには、近寄りがたい雰囲気のある場所だ。歩いているだけで、なんでここに一年生が、と言いたげな目で見られてしまう。無難に会釈をして通り過ぎる。


 おねーちゃんのいる三組の教室へ向かい、中をそっと覗き込む。見つけた。ブレザーにリボン、スラックス姿のおねーちゃんが、教室の隅っこで大人しそうな男子と何か話している。朝家を出るときは女だったけど、今は男になっていた。身長が伸びた分、まくっていた袖や裾を下ろしてる。


 教室の中で騒いでいる生徒もいて、端っこに追いやられたおねーちゃんたちは、スクールカーストだと下のほうみたいだった。


 正直、納得いかない。おねーちゃんがスクールカーストのどの位置にいようと、本人がのびのびと楽しい学校生活を送れているなら、わたしはそれが一番だと思う。けど、ほかの騒いでる生徒に気を使い、声を潜めて話す様子は、決してそうは見えない。


 いじめられてはいないようだから、それでよしとすることもできるけど。もやもやしたものが胸の中で広がって、なんか歯がゆい。


「君、一年生でしょ? ウチらのクラスに何か用?」


 びっくりして振り返ると、廊下からやってきた三年の男女数名が、わたしの後ろに立っていた。自分の可愛さを自覚していて、だから他人より上だと自認してそうな、一目でクラスの空気をつくる中心人物だってわかる人たち。


 先輩たちは、わたしの様子をうかがってる。どうしよう、言い訳を考えていなかった。


「えっと、その……おねーちゃんのことで、」

「おねーちゃん? 君の名前は?」


 最初に尋ねてきた女子の先輩に問われる。


「瑞木由花、です」

「ミズキ……? ああ、瑞木ね!! ほんと、言われてみれば似てるかも!! じゃあ、呼んでくるからちょっと待っててね」

「あ、いやいいんです!! それより、おねーちゃんって、学校ではどうですか!?」


 こっそり覗いてたなんて知られたら、おねーちゃんの大丈夫を信じてないってバレてしまう。


 先輩たちは顔を見合わせた。瑞木と仲いい奴いる? オレは違う。私も。僕も。


「ごめんね、ウチら瑞木とあんまり親しくなくて。それにクラス替えがあったばっかりでよくわかんないんだ」


 そっか、先輩たちも新学期が始まったばかりなんだった。うっかりしてた。ようやくおねーちゃんと一緒の学校に通えるからって、浮かれてたのかも。


「ああ、でもそうだね、今みたいに休み時間に雑談できる友だちもいるたいだし、孤立はしてないと思う。物静かで、親切で優しそうな感じだなって思ってるよ」


 わたしががっかりしたのを感じたからか、焦った様子でフォローしてくれる。親切な先輩たち。こんな人たちがクラスの中心なら、きっといい雰囲気なんだろうなって思う。おねーちゃんたちの様子を見て、自己中な奴らが主導権を握ってるのかと思ってたけど、勘違いだったみたいだ。


 じゃあ、なんでおねーちゃんは、あんなに気配を殺して生活してるんだろ。


「そうなんですか。教えてくれてありがとうございます」

「どういたしまして」

「なあ、君は瑞木の様子を見に来たのか?」


 ガタイのいい男の先輩に質問される。おねーちゃんに告げ口されたらと思って言葉を濁したけど、最初っから決めつけた様子で話し続ける。


「事情があるのは知ってるけど、よほどのことがないなら、あんまり首突っ込んでやるなよ。君だって、クラスの人間関係について瑞木に口を挟まれたら、ほっとけって思うだろ」


 むっとしたけど、確かにそうだ。ほっとけとまではいかないけど、そんな心配しなくていいのに、とは思うだろう。


「こら、ただでさえ見た目が怖いんだから、高圧的な喋り方しないの。ごめんね、コイツ不器用なだけだから。瑞木の妹に怒ってるわけじゃないんだよ」


 最初の女の先輩が、そう言ってガタイのいい男の先輩を小突いた。


 瑞木、って呼ばれてるおねーちゃんを、わたしは知らない。ここにはわたしが知らないおねーちゃんの人間関係がある。


 ……ひょっとしたら、思い違いをしていたのかもしれない。


 学校に通っていたら、自分と仲のいい人も嫌な奴も、同じ教室に押し込まれる。居心地がいいとは限らないのは当たり前なんだ。そんな中で、誰とでも仲良くできるわけがない。でも、そこそこの仲の友だちを作ったり、適当に周りと合わせて悪目立ちしないようにしたりして、うまくやることならできる。それが学校の教室だ。


 おねーちゃんは、きっとうまくやってるんだと思う。


 だったら、部外者のわたしが、口を突っ込んだってむしろ邪魔にしかならない。わたしがすべきことは、遠くから見守ることだけだったんだ。


 やっちゃったって、少し落ち込む。おねーちゃんのことを心配しすぎて、周りが見えていなかった。


「あっ、そういえば、瑞木の妹って部活決めた? なんか見るからに運動好きそうだけど、バレー部とかどう? ウチが部長してるんだけど、歓迎するよ!!」

「お前、見るからに運動好きってどういう意味だよ」

「活発そうって意味!! 他になんかあるの?」


 女の先輩は、落ち込んでいるわたしを見て、露骨に話を逸らしてくれた。こういう人と一緒に頑張るのは楽しいだろうなと思いつつ、わたしは頭を下げる。


「ごめんなさい、部活には入らないって決めてるんです」

「あ、そうなんだ?」

「はい、他にやりたいことがあるので」

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