第一章 萌芽の時

瑞木由花 5歳 春

 玄関の方から、チリリン、という音がしたので、ルカちゃん人形をポイして玄関にダッシュ!! エンガワをギシギシ走って通り抜けて、よっこいしょって扉を開ける。


「おねーちゃんおかえり!!」

「ただいま、由花」


 たった今帰ったばかりのおねーちゃんが笑って、つられてわたしも笑う。おねーちゃんが笑顔だとわたしも嬉しい。チリリン、と水色のランドセルについた熊鈴を鳴らして、おねーちゃんはお母さんのいる台所に行く。わたしもついてった。


「おねーちゃん、何して遊ぶ? あ、キヨにいのとこ行こうよ!!」

「駄目よ。お姉ちゃんは宿題があるんだから」


 お母さんがけちなことを言う。


「でも、おねーちゃんが小学校に行っちゃったから、わたしずっと待ってたんだよ!!」


 おねーちゃんは、一週間前に小学生になったから、保育園の時みたいに一緒に遊べる時間はちょっとしかないんだ。わたしは二歳年下だから、あと二年もしないと小学校に行けないし、だから、学校から帰ったらすぐお姉ちゃんと遊ばないといけないのに。


「お母さん、宿題は帰ってからするから、先に由花と遊んできていい?」

「……はあ。暗くなる前に帰るのよ。あと、恵里佳は先に制服を着替えて、おたよりを出してからにして」


 やったあ!! わたしの足がジャンプする。お母さんがうるさいって言うけど、足が勝手になったんだもん、しょうがないじゃん。


 早速キヨにいの家に行く。キヨにいは近くの家に住む中学生の男の子で、いろんなおもちゃを持ってて、たまにおさがりをくれたりするいいやつだ。キヨにいがいると、お母さんたちも外で遊ぶのを許してくれる。だからしょっちゅう一緒に遊んであげてる。


 服を着替えたおねーちゃんと手を繋いで、キヨにいの家に行く。周りは山ばっかりで、家は両手の指で数えられるくらいしかない。だからみんな顔見知り。トラクターに乗ってるおじいちゃんに、こんにちはーって挨拶する。猫や鳥がニャーニャーピーピー鳴いている。


 変だなーって、おねーちゃんの顔を見る。おねーちゃんは歌が好きだ。いつもならもう歌を歌いながら歩いてる。なのに、今日は静かだ。ひょっとしてあれかな? 


「おねーちゃん、ランドセルの色のこと気にしてるの?」

「んー、そういうわけじゃないけど。どうして?」


 おねーちゃんがわたしをじっと見る。ルカちゃん人形より可愛い顔。


「だって、歌わないんだもん」


 わたしはおねーちゃんの歌が好き。優しくてきれいな声で、とても楽しい気持ちになる。しかも、すっごくうまいんだ。おねーちゃんが歌うと、みんな褒めてくれる。褒められてるおねーちゃんを見ると、わたしも嬉しい。


「青色でも別にいいじゃんね。お父さんは、男の子みたいってからかわれるかもって言ってたけど、そんなのからかう人が悪いんだし」

「……うん。ありがとね、由花」


 そう言って、おねーちゃんは歌い始めた。すっごく高いのにキンキンしてなくて、鳥が鳴いてるみたいにきれいな声。うっとりと聞いているうち、わたしもつい歌い出してしまう。おねーちゃんと比べたら全然だけど、一緒に歌っている時の方がおねーちゃんも楽しそうだ。


 キヨにいの家に到着すると、ゴンタがわんわん吠えながら飛びかかってきた。びっくりしてパンチを素振りする。えいえい。ゴンタは自分から飛びかかってきたくせに困った顔をで耳を下げてる。


「こら、ゴンタを虐めちゃダメって、いつも言ってるでしょ」

「だってゴンタが脅かすんだもん」

「でも、暴力はダメ。由花はすぐに手が出るけど、悪いクセだから直した方がいいよ」

「はーい」


 でもわたしだって、ゴンタが脅かさなかったら叩かなかったもん。まあ、おねーちゃんが言うから、そうしようかな。


 玄関の前で、せーのでこんにちはーって挨拶する。おばさんが出てきて、あらミズキさんとこの、って呟いて、キヨにいを呼んでくれる。


 キヨにいが出てきた。今日も背が高くて、ひょろっとしてて弱そうだ。ブカツって言うのをすれば、もうちょっと強そうになるかもしれないのに。ま、わたしが好きなのは優しいキヨにいだから、いいんだけど。


「キヨにい、遊ぼー」

「うん、わかった。何して遊ぶ?」

「外!! あのね、縄跳びする!!」


 わたしは最近、縄跳びにハマってる。保育園で、あっくんがあやとびができるのをジマンしてきたからだ。キヨにいがおねーちゃんを見て、おねーちゃんがそうしよっかって言って、決まり。


 キヨにいの家はおっきい。庭で縄跳びをする。なかなかうまくできない。でももう少しでできそうな気がする。だんだんあきてくる。


「それでね、あっくんがすみれ組の子が使ってたブロックを取ったから、わたしがダメって言ったの。そしたらあっくんが、ちょっとくらいいじゃんって言ってね、」


 いつの間にか、保育園であったことをおねーちゃんに話していた。おねーちゃんは、うんうんって聞きながら、時々二重跳びに挑戦している。二重跳び!! わたしも小学生になったらできるようになるのかなあ。……そうだ!!


「おねーちゃん、一緒に跳ぼうよ!!」


 わたしはあやとびがまだできないけど、おねーちゃんはヨユーでできる。なら、わたしとおねーちゃんが一緒に跳べば、わたしもあやとびができるはずだ。


 おねーちゃんは、ちょっと心配そうな顔をすると、振り返ってキヨにいを見た。


 キヨにいは、いつもみたいにエンガワに座ってわたしたちを見てた。おねーちゃんの視線に気づくと、


「見ててあげるから、芝生の柔らかいところで、気を付けてやるんだよ」


 って言った。おねーちゃんはホッとした顔で、わたしを庭の真ん中に引っ張ってって、後ろに立つ。


「せーのっ」


 ジャンプ!! ……失敗。


 何回か挑戦したけど、全然うまくできなかった。おかしい。なんでかな。うーんと頭をひねる。


「ねえ、キヨにいとやったら?」

「そうだ、キヨにい、あやとび教えて」


 おねーちゃんに言われて気付く。キヨにいはおねーちゃんよりも縄跳びが上手だから、今度こそ上手にできるはずだ。


 キヨにいにわたしの縄跳びを貸してあげると、ちょっと困った顔をした後、長さを調節してぴょんぴょん跳び始めた。キヨにいがやると、すごく簡単そうに見えるから不思議だ。


「じゃあ、やってみようか。せーのっ」


 おねーちゃんに頑張れって応援されながら、えいやってジャンプする。思わず目をつむっちゃったけど、びゅんっって縄が回る音がする。上手くできた!!


 何回もジャンプする。わたしは楽しくなって、けらけら笑って、笑いすぎて引っかかってしまった。


「由花、わたしもやりたい!!」

「いーよっ!!」


 おねーちゃんと交代する。おねーちゃんとキヨにいは、なんと向かい合って飛んでいた。お互いに縄が見えないのに、どうして跳べるのかさっぱりわかんない。びっくりしすぎて目がまんまるになっちゃった。


 いっぱい縄跳びした後、エンガワでぐでーって猫みたいになる。つかれたー。


 庭では、キヨにいが一人で二重跳びをしてる。隣で一緒にぐでーってしてたおねーちゃんが、ふとわたしを見る。


「ねえ由花、男の人って、背が高くて、力もあって、いいね」

「でも、キヨにいみたいに弱そうな人もいるよ。おねーちゃんは、歌が上手で、可愛いから、すごいじゃん」


 キヨにいは、二重跳びをやめると、わたしたちを見てちょっと笑った。


「由花ちゃんは、お姉ちゃんのことが大好きなんだね」

「うん、わたし、おねーちゃんのこと大好き!!」


 笑顔がどーんって出てくる。わたしはおねーちゃんが大好きなんだ。大好きだって思うだけで、幸せでいっぱいになるくらい。


「うん。姉妹の仲がいいことは、いいことだよ」


 キヨにいは、なぜかちょっと困った顔で笑いながら、わたしの頭に右手を伸ばす。けど、そのまま下ろした。キヨにいなら頭を撫でられても嫌じゃないんだけどな。


 時々こういうことがあるから、キヨにいに嫌われてるのかなって思う時がある。まあ、いつも優しいんだし、気のせいだよね。


「ありがと、ワタシも由花が大好きだよ」


 おねーちゃんに後ろから抱きしめられた。大好きなおねーちゃんが近くにいる。幸せが爆発した。


「うわはははっ」


 だから、笑う。


 幸せで楽しくて仕方ない。


 明日も明後日も一週間後も、その先も、大人になっても、わたしの幸せは、きっと変わらないんだろうな。

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