春、旅立ちの季節
下東 良雄
翼を広げて
春、それは旅立ちの季節。
進級して自身の成長を喜び、心に希望を
進学して新しいステージへ進み、その目にやる気を
就職して立派な社会の一員となり、その未来に胸を膨らませる者。
共通しているのは、新しい世界への旅立ちだ。
未知の世界へ足を踏み入れる不安もあるだろう。
本当にこの道を進んでいいのかと葛藤もあるだろう。
しかし、それ以上に心に湧き上がる未来への希望が、そんなマイナスの感情を塗りつぶしていく。
誰もがそんな光り輝くものを心に灯す季節。
それが春だ。
そういう僕もそんな光り輝くものを胸に灯し、春を迎えた。
穏やかな春の暖かさが、浮き立つ僕の心をさらに軽やかにしていく。
希望の高校には入れなかったけど、僕の心は希望に満ち溢れていた。
何事にも前向きに捉えれば、後ろなんて振り向く暇はなくなるのだ。
「いってきます!」
駅までの道のり、通学中のたくさんの子どもたちや、僕と同じように駅へと向かう学生、スーツを着たサラリーマンさえも、何やら足取りが軽く見える。誰にとっても春は、やっぱり春なのだ。
ガヤガヤとした雑踏を抜けて、駅に到着。自動改札機にICカードをかざす。
ピッ
ふふふっ、こんな電子音すらとても新鮮に聞こえるのが不思議で、思わず笑いが漏れてしまう。周りのいた何人かに見られてしまい、ちょっとだけ恥ずかしい思いをしてしまった。まぁ、これも良い思い出としておこう。
多くの通学客や通勤客で賑わう駅のホーム。
ここにいるみんなが希望に胸をときめかせているかと思うと、ただ混雑しているだけの駅のホームの様子にも少し興奮した。
あっ、そうだ! あれをやってみたかったんだ!
「すみません、あんぱんと牛乳ください!」
駅のホームの売店で買い物。
売店のとなりに設置されていたベンチに座って朝食タイムだ。
おぉ! あんぱんと牛乳の組合せって最強だな! 一度やってみたかったんだ! これも僕にとっては新しい世界なんだよね。
たくさんの乗降客が僕の目の前をせかせかと行き交う中、このベンチだけが別世界。
次々に電車が到着しては、たくさんのひとが降り、たくさんのひとが乗る。そして、電車は次の目的地へ向けて走り去っていく。
そんな当たり前の風景を、どこかテレビでも見ているような感覚で、あんぱんを食べながら眺めている僕。当事者でもあるはずなのに、その風景を俯瞰的に見ているのだ。春の魔法かな? 不思議な感覚だ。
何本かの電車を見送ったときだった。僕の心が高鳴っていく。視界に中学時代憧れだった
わぁ、中学時代のセーラー服も可愛かったけど、高校のブレザーの制服姿も可愛いなぁ。背中まで伸びた美しい黒髪も変わっていない。あれだけ可愛ければ、高校デビューも必要ないね。まぁ、陰キャだった僕は、同級生ではあったものの必要最低限の言葉しか交わしたことないし、きっとカッコイイ彼氏とかがいるんだろうな。身の程は知っているけど、やっぱりちょっと悔しい。
わっ、目が合った! 笑顔で会釈してくれた! 僕もあんぱんと牛乳片手に頭を下げる。クスリと笑われちゃった。でも、嫌味のない笑われ方。
さぁ、僕もそろそろ行かなきゃな。
視界の片隅に、友達と楽しそうにおしゃべりする
〜♪
ヘッドフォンから聞き慣れた僕の大好きな曲が流れてきた。
そうさ、僕もここにいるみんなと同じなんだ。周りから見れば、僕も進む道に不安を抱えながら、期待に胸膨らませる若者のひとり。もしかしたら浮かれて見えるかもな。うん、実際に浮かれているかも知れない。
だって、僕の背中には翼が生えているから。
いや、僕だけじゃない。ここにいるみんな、
でも、僕は認めるよ、自分の翼を。
とっても美しい純白の大きな大きな翼を。
浮かれて見えたっていい。
僕はこの背中の翼を目一杯広げるのさ。
僕は何物にも束縛されない。
僕の目の前には自由という名の空が広がっている。
どんな航路を飛んだって、すべて僕の自由なんだ。
ようやく得た自由。
そうだ、もう僕を束縛するものはないんだ!
だから僕は行くのさ。
景気付けにヘッドフォンのボリュームを目一杯上げる。
翼を大きく広げて、さらなる自由を求め、新しい世界へと旅立つんだ。
ちょっと照れるな。
見ていて、僕の羽ばたく姿を!
そして、僕の旅立つ姿を!
線路の上に落ちている真っ赤に染まったヘッドフォンからシャカシャカと音が漏れている。澄み渡った春の青空にその音楽を聴かせるかのように。旅立っていった持ち主にその音楽を聴かせるかのように。
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