第54話 断わられた舞踏会③

「は~あ。レオナール様がお可哀想だわ」

 そう言ったアネット侯爵令嬢が、私とアリアの会話に横から話に入ってきて、蔑む視線を向けてくる。


 何かをやりかねないアネット様に顔を向け、正しく否定する。


「アネット様、それは誤解ですわ」


「言い訳は見苦しいわよ。令嬢の風上にも置けない姑息な手で騙して、レオナール様を苦しめていることは、ここにいるみんなはきちんと理解したわけですしね。レオナール様はあなたが盗賊に襲われたときに、死んでくれたら良かったと思っていることでしょうに。心から彼を気の毒に感じるわ」


「本当ですわ。お兄様の本音では、婚約早々に汚名が付いたあなたなんかとは、婚約の解消をしたいのに、我慢しているんですもの」


「婚約は、レオナールが望んでいることだから、アリア様には関係ないわ」

 そもそも、自分が独身貴族を謳歌したいがために、私との婚約を言い出したのはレオナールだし。


「お兄様は我が家のために、あなたと婚約したみたいだけど、あなたとの結婚なんてなくても、ダニエル様との契約に問題ないことを私は知っているんですからね」


「契約……?」

 何の話かしらと、首を捻る。

 言葉に詰まっていると、アリアが話を続けた。


「本当にとぼけるのがお上手ですこと。あなたのお兄様が所有する山が、とても魅力的だとしても所詮、それはあなたの功績ではありませんからね」


「お兄様の山?」

 あの能天気な兄は、また山を買ったのかと考えたが、そんなことはないだろう。これ以上借金は作れないもの。


 そうなればきっと、我が家を窮地に陥れている、あの温泉レジャー施設のことだろうと察するが、ハッとしたアリアが話題を変えた。


「あなたが記憶喪失のふりをして、お兄様の気を引いていたって知ったら、軽蔑するでしょうね」


「レオナールに限ってないわよ」


「ふふっ、ご自分のことを買いかぶりすぎだわ。今日だって、お兄様はあなたと舞踏会に来るのが嫌で、用事もないのにお屋敷にいるんですわよ。それが証拠じゃない」


「え? 今日は用事があるのでは……」


「ないわよ。だから伝えたでしょう。あなたは愛されていないって」

 そう言い切った直後。アリアとアネット侯爵令嬢は、右側から近づく人の気配を察して、去っていった。


 再び、ぽつんと壁の枯れ木になった私は、この会場に来てから聞いた言葉を反芻する。


 兄が自信過剰な話をするのはいつものことだ。

 だがその兄が、この会場に到着してすぐに、新規事業の話をしていた。


 ──もしかしてだけど、兄が買った何の価値もない山から何か見つかったというのか⁉


 前回アリアに会ったときに、「お金で買った結婚」と言われたが、そのときにはすでにラングラン公爵家の耳には届いていたのだろうか⁉


 ──あれ?


 そうなれば、レオナールが私を婚約者にした話が全て綺麗に繋がるわ。


 心底嫌いな私との結婚だとしても、ラングラン公爵家の事業のために、目を瞑ったのかもしれない。


 だからか……。


 嫌いな私とは、すぐに結婚したくないから、婚約期間五年という馬鹿げた期間を宣言していたのかもしれない。


 その間に、彼の中で私を妻にする妥協……いや、諦めをつけるつもりだったのか⁉


 私の「記憶がない」と知った彼は、大人しく懐柔できる私なら、許容できるかもしれないと考えて、急に優しくしたのだろう。


 人柄が変貌したレオナールが嘘をつくから「おかしい」と思っていたけれど、これで、ストンと腑に落ちた。

 なんだ……。そういうことか……。

 私との結婚は、兄の企みとラングラン公爵家のためだったのか……。


 そして分かったのは、もう一つある。


 私との婚約解消に関して、違約金なんていうお金問題は、全くもって関係ない。


 それは、私が逃げないために考えついた、ただの脅し文句のはずだ。レオナールの嘘である。


 そんな風に考えていると、真面目な顔の兄が戻ってきた。

「悪い、待たせたな」


「退屈はしなかったわよ」

「ははっ、なんだかすでに小姑からいびられているみたいだな」


「お兄様も聞いていたんでしょう」

「まあな。凄い気迫だから、声をかけるタイミングを逃した」


「アリア様ってば、私の前とレオナールの前で見せる態度が違いすぎるのよ」


「俺はあんな風に気の強い令嬢は嫌いじゃないぞ。むしろタイプだな」


「は? お兄様って、モテないだけじゃなくて、趣味も悪いのかしら?」


「言っておくが、エメリーは圧倒的に、気の強い分類に入るぞ。気の強い令嬢のトップに君臨しておきながら、俺の趣味が悪いと言うのは、自分が残念な令嬢だと認めているようなものだぞ」


「こんな謙虚な妹に何を言っているのかしら?」


「謙虚な妹なんぞ見たことがないな──」

 べらべらと話を続けようとしている兄の魂胆が見えたため、話を遮った。


「ちょっとお兄様は話をすり替えて、山の話を誤魔化そうとしているでしょう。そうはさせないから」


「そうきたか……残念な妹よ」

「ふざけていないで、何のことなのか、聞かせなさいよね!」


「それは家に帰ってからだ。ここでは話せない」


「あ~、そうですか」と答え、この日の舞踏会は、早々に帰宅することになった。


 ◇◇◇

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