第45話 そんなこと、してませんよね⁉⑧
レオナールは怒るかしらと尋ねたのだが、意外にも、打ち明けることに難色を示さない彼が、素直に当時の話を聞かせてくれた。
「エメリーは覚えていないだろうけど、昔、この湖でエメリーに助けられたんだ」
「誰が?」
「俺が」
「え? 私なんかが、どうしてレオナールを助けたのかしら?」
「はしゃいでボートから落ちた妹を、俺がボートへ押し上げたところまではよかったんだけど、パニックを起こした妹の足で顔を思い切り蹴られてしまい、意識が飛んだんだ。その俺をエメリーが助けてくれたから」
「私が水に飛び込んで?」
「うん。今考えても、令嬢が水に入って泳ぐなんてあり得ないよな」
「小さい頃は、この湖へ兄とよく遊びに来ていたらしいもの、泳ぎが得意だったんでしょうね」
「俺に呼びかける女の子の声で目が覚めたら、エメリーの顔が目の前にあって──。空を背景にする姿が天使に見えたんだ。その瞬間、俺には一生この子しかいないなって確信した」
「ふふっ、大袈裟ね。私が助けにいかなくても、誰かが助けてくれたでしょう」
「いや、それはない。一緒にいた従者がカナヅチだったから、エメリーが助けてくれなければ、死んでいたかもしれない。今でも感謝しているんだ。ありがとな」
何よ、嘘ばっかり──。
今まで一度も聞いたことがないわよ。
本当にそう思っていたのなら、どうして言ってくれなかったのしら⁉︎
そう思って、彼の横顔をじっと見つめるけれど、妙に演技がうまい。やけに真剣な顔をしているんだもの。
だけど……。
こんなことを言ってくれる恋人が、本当にいたら良かったのにと、胸にちくっと何かが刺さったような気がした。
そんな風に考えていると、彼に振り回され続けているこの状況が、なんだか悔しくなってきた──。
私の心をかき乱さないでよね!
そう思った私は、湖の水面に手を伸ばし、水をすくうと、レオナールにパシャッと水をかけた。
「冷たいっ!」
驚いた彼が叫ぶ。
「ふふっ、一生懸命漕いでくれているから、涼しさのお裾分けよ」
表情を失ったレオナールが、しばしの間、硬直する──。
それから、ゆっくりとこちらを見た。
よし! いつもの調子で罵倒してくるはずだと期待したものの、なぜかうまくいかず、くつくつと笑い始めた。
「くくっ。記憶がなくてもエメリーは、やっぱりエメリーのままだな」
「え? 以前もこんなことをしていたのかしら」
「まあな。俺にはいつも自由奔放にやりたい放題にしていたさ。だからかな……。エメリーを見ていると、いつも楽しかった」
「やりたい放題って……」
「いつも俺に遠慮の欠片もない言葉を浴びせていたんだぞ。なんだかいつもの調子が戻ってきたようで嬉しいよ」
笑顔で言った。
彼の言葉を嘘だと思う私は、お願いだから正気に戻ってくれと願い、もう一度水をかけようと、水面に手を伸ばそうとした。
すると、ゆらゆらとボートが大きく動き、その拍子に体のバランスを崩して大きくぐらついた。
あっ! 危ないッ、湖に落ちる!
そう思ったそのときだ──。
彼が私の身体を、いともたやすく片手で抱き寄せたかと思えば、そのまま、ぐいっとレオナールの体に密着させられた。
「こら、こら。楽しいのは分かるがはしゃぎすぎた。今日は風もあるんだ。こんな不安定な場所で急に動いたら危ないだろう」
散々謎な話をぶっ込んでいたレオナールが、至極真面目な正論を言い出した。
さすがに今のは自分が悪い。
彼にいたずらしようとして、湖に落ちたのでは、全くもってしゃれにならないもの。
反省する私は、しゅんと小さくなり、素直に大人しくなるしかなかった。
「ごめんなさい。レオナールが押さえてくれて助かったわ。ありがとう」
「謝らなくていいさ。俺の横で楽しんでいるエメリーを見るのは嬉しいからな。前回会ったときよりも元気になっているし、湖に来て正解だったのかな」
否定しきれない私は、「そうね」と、答えておいた。
◇◇◇
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お読みいただきありがとうございます。
作者の瑞貴です。
次話は、サブタイトルが変わります。
それと……毎日2話ずつ投稿してきましたが、1話ずつにペースを落とします。
申しわけございませんが、ご理解ください。
本作が、面白い、先が気になるなど、心にとまりましたら、ブックマーク登録や★、♥などで応援をいただけると、とっても嬉しいです。
……投稿の原動力になりますので、よろしくお願いします。
瑞貴
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