第43話 そんなこと、してませんよね⁉⑥
そうして湖を見渡せるように設置された、おしゃれな木製の椅子に腰かける。
「空気が美味しくて、何時間でもいられるわね」
「だよな。俺も同じことを思っていた」
「でも、ここの食事は高すぎるわね。サンドイッチで四千マニーもするなんて、ぼったくりじゃない」
「いや、ここの食材は、フェアトレードで購入したものだから、値段が高いんだ」
「フェアトレード?」
「ああ。商人はたくさん売って利益を出したいと思うが、安くないと売れないからな。儲けを出すためには、作っている農家の取り分を抑えて、市場に出回る。それでは良い品を作るより、多く実の成る作物を、殺虫剤を多量に使って作る方に目が向いてしまうだろう」
「そうなの?」
「良質な食材は、病気になりやすかったり、害虫に食べられたりと手間暇がかかるから、それだけ高くなる。それに見合うだけの価格で、ラングラン公爵家が全て買い取っているから」
「……え、買い取っているって、どういうことかしら?」
「今は、湖を含めたこの一帯を、ラングラン公爵家で買収して、管理しているからさ」
「そうだったの……。でもどうして……。これだと庶民が気軽に来られないでしょう」
「そもそも、それが狙いだからな」
はて? と思う私は首を傾げる。
「この湖畔の周辺には貴重な動植物の生態があるからな。大人数が気軽に押しかけて、適当に芝生を踏まれてしまえば、本来の自然が失われてしまうだろう。守るためには、ある程度、制限をかけた方がいいんだよ」
「だからといって、貴族向けの場所にしなくても良かったんじゃないかしら……」
「貴族は、子どもだって『靴が汚れる』と言って、迂闊に芝生に足を踏み入れず、整備された通路しか歩かないからな。下手な看板を設置しなくても素直に従うのは都合がいい。それにこの場所を『高かろう、良かろう』思考の貴族相手にしておけば、四千マニーのサンドイッチだって飛ぶように売れる。農民も大歓迎って話だからね」
「レオナールって、自然保全に興味があるのね」
「う~ん、自然に興味があるというか、初めてここでエメリーと出会ったから、その場所が壊れていくのが許せないだけだな」
そう言われて思い出せば、年々湖畔にやたらと人が集まって、収拾がつかなくなってきていた。
賑わいすぎてしまい、せっかく静かな湖畔が残念だなと思っていた矢先、がらりと雰囲気が変わったのだ。
「私と出会った場所だからって、どうして?」
「ははっ、俺がそれだけエメリーに惚れているからだろう」
もしやこの場所を、公爵家の権力を使い、自分だけのものにする我が儘かしらと考え、『この我が儘令息めっ』と、無表情で見つめる。
すると、私の想像とは全く異なる言葉が返ってきた。
「ラングラン公爵家がこの土地を買収せず、あのまま黙って放っておけば、綺麗なこの場所に不釣り合いな黒い煙を大量にまき散らす串焼き店が、軒を連ねるところだったからな」
「そうだったんだ……」
それは意外なことを知らされたと、驚いた。
まあ、『私に惚れている』という言葉は嘘だろうが、単純にレオナールはここが好きなのだろうと理解した。
惑わされないよう気持ちを改め、目の前にあるサンドイッチをぱくりと頬張る。
「美味しい……。パンがふわふわだし、ほんのりと甘いわ」
「そうだろう。こだわって育てた小麦を仕入れているからな。良い品を作れば、ちゃんと高く売れると公爵領内に伝わってからは、各農家がこだわった品を作っている。除草剤を使えないから手間がかかって大変らしいが、それだけで小麦の味が全然違う。卵だって味が濃いだろう」
「うん。今度は違うのも食べたいわ。また一緒に来ましょうね」
絶品のサンドイッチはもう一度食べたいけれど、私の金銭感覚は、もっぱら庶民よりだ。
大きな財布であるレオナールが一緒でなければ、恐ろしくて注文なんてできない。食い意地に負けた言葉が、ぽろりと漏れた。
「もちろんだ」
「ただのぼったくり価格だと思っていたけど、違ったのね」
「まあな」と言う彼もサンドイッチを頬張り、目を細めている。
偽装婚約者の立場から逃れたくて、必死に嫌われようとしているのに、ちっともうまくいかないわねと思って湖を眺めていると、七番のスワンボートが桟橋に戻ってきているではないか。
あらら……。
一時間なんて、本当にあっという間だわと思う私は、二人で過ごす時間が幸せに思えてしまうのだから、彼の洗脳にかかり始めているのかもしれない。
だけど彼が優しくしてくれるのは、レオナールが私を懐柔する作戦に違いはないはずだ。騙されないんだから──。
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