21 銀攫いと馬のポックリ
イリュージャが次に向かったのはファームの北で、お馬のポックリがぽっくりぽっくり歩く。
「私はインセリアという名を与えるつもりでいたが、妹のイリュージャが、」
-このお馬さんの名前はポックリよ-
そうきっぱり言うなら兄としては受け入れるしかなく、これに意見すれば妹のネーミングセンスを疑い、自主性の芽を摘みかねないとガラルーダは苦渋の決断であった。
「ファームはどこも農園と牧草だけど、この辺りは殺風景ね」
北の区域は倉庫が並ぶ配送ターミナルで、荷を積み上げた馬車が行き交い、遠距離用の動力車が汽笛を鳴らして過ぎていく。
「本来は自治区との交易で賑やかな地だが、少し前に騎馬民族の襲来で封鎖がされた」
襲来は食糧を狙ったもので、生々しい抗争痕にガラルーダは眉を顰めた。
「銀の魔力痕がある。目的はこれを確かめるためかい?」
「抗争で穢れた大地を清浄に戻すには銀の力が必要よ。それなら銀攫いもいるだろうと思ったの。街中で遭遇するより被害は抑えられるし」
銀の魔女はノルムのものだから、『どんな無茶をしたって』条約を反故にするものではなく平気と口端を弛めれば、
「あなたはレディで、私はあなたを守る騎士だと忘れないで欲しいな」
さらっとカッコイイことを言うが、ガラルーダは天性の女タラシだから気をつけろとロレッツァに吹き込まれており、これがそうかと気を引き締めた。
「イリュージャ、鉄と血に酔う妖魔がいる」
黄色が警戒し、あらまあとイリュージャの瞳が輝きを増した。
「妖魔を狩れば狩るほど人助けね」
「・・魔石を売れば売るだけ大儲けだろう?」
さすが相棒なっちゃん、その通りである。
「人が来る」
黄色がスッと消えた地面を凝視するのは馬上の女剣士で、ポックリの手綱を取って制止し、ここで何をしているのかと詰問した。
女剣士は銀色の髪をしており、『さっそく釣れた』と呟く私に、ガラルーダは嘆息すると、
「旅行者だ。珍しい市があると聞いてな」
そんなふうに調子を合わせた。
キイ!と声をあげたのは肩に乗せたリスのように尾が太い妖魔で、毛をブオッと膨らませて地に潜り、女剣士は怪訝な表情を浮かべてイリュージャの足下を指差す。
「影にいるのはお嬢ちゃんの使役魔か?帽子を取りなさい、銀の有無を確かめる」
金髪に染めた髪はふたつに結ってあり、女剣士は三つ編みを解いて銀の欠片がないことを確認すると、今度は瞳を覗き込もうとし、
「『私の瞳は晴れた日の海の色』」
「瞳は『晴れた日の海の色』か。妖魔が怯えるから銀の子供かと思ったよ」
紡いだ言霊は、間一髪で女剣士を幻に縛りつけた。
「お姉さんは魔法剣士なの?」
「そうだよ。戦で穢れた地を浄めている」
頭を撫で、街の方角を指差すと、
「市が立つことは当分ない。街に戻りなさい、使役魔がいる者は銀を疑われる」
銀の子供でなくて良かったと、もう一度頭を撫でた。
▽
銀攫いのお姉さんがいなくなると、ガラルーダは何度も瞬きをして銀の瞳を見つめた。
「カゲロウよ。銀だけど『晴れた日の海の色』だと思い込む魔法」
海よりターコイズだとガラルーダは思ったが、
「晴れた日の海の色のよう・・あれ?晴れた日の海の色・・。口が勝手に動く」
「人にしか効果がなくって、黄色がリスの妖魔を遠ざけてくれたからうまくいった。なっちゃんはどう?呪い人形にも効くのかな」
「晴れた日の海の色だ。俺は人だから効いてるぞ、青でちょい碧とは言えないもん」
言えてるから人外だ。
「ふむ。これなら人目を気にせず美味しいものを食べにいけそうだ」
「なっちゃん大賛成だぞ!」
人目を避けるためにお弁当続きで、なっちゃんは元々食いしん坊だし、ガラルーダはお貴族だから口に合わないのだろう。
「この魔法はメガネみたいな違和感が・・、メガネだと?」
不吉なワードを口にして、背筋がゾワリとした。
「ハイハーイ、なっちゃんは行きたいとこある!じゃーん」
マーナガルムが背負ったリュックから取り出したパンフレットは、
『カメかカメみたいかカメっぽいがイッパイダヨ博物館』
「行きたい、行きたい、行きたいっ」
「はいはい、調整するから」
ディファストロに鍛えられ、ガラルーダのスケジュール調整能力は天下一品だ。
「うーん、うーん・・メガネか。黄色、イヤな予感がする」
どうにもこうにもこのメガネ感。なんだかもうイヤな予感が満載だ。
▽
『カメかカメみたいかカメっぽいがイッパイダヨ博物館』会場に入った途端にワニがいた。
「ワーニィガメだ!」
カメじゃなくてもなっちゃんは大興奮で、展示ガラスにペタリとへばりつく。
そのお隣で笹をムシャムシャ噛むパンダの柵には、『笹を噛め噛め、カメパンダ』と札があった。
前を行く子供が、水のたっぷり入った器を指差し、
「ねえパパ、これはなに?」
そう訊ねれば父親は説明書きを見上げ、
「水ガメだね」
「ぷっ」
ガラルーダはたまらず吹きだす。
「おや。トクガワン地方の妖魔マイゾーキン、いえガラルーダではありませんか」
そんな愉快を一蹴したこの声は、
「げっ、シャラナ!?」
やっぱり生物学のシャラナ教授で、ガラルーダの頬が引き攣った。
「ポケットを叩くと眼鏡がよっつ♪」
よっつと歌いながら、取り出すのは亀甲柄の一本だけで、こうもきっちり期待を外すとは実にシャラナらしい。
「はてな。私の生徒に、白髪染めしたらこんなふうな者がおります」
「当たり」
「晴れた日の海の色と、瞳に魔法をかけているような」
「さすがっ」
「初めてお会いします、こんにちは。それはともかくノルムではカメが大人気!なぜか知っていますか?」
「初めてじゃないけど、こんにちは。えーと知りません」
「正解!知ってるはずありませんからね。ノルムにカメはおりません。いないからこそ夢いっぱい。勇者カメに女神カメ、金持ちカメに健康カメ、まったく盛りだくさんだカメ?」
「よくわかりません」
「今度は大正解、イデア・イリュージャ。よくわからないからこそ夢いっぱい」
夢は広がりカメは伝説の生き物であるのがノルムの常識で、カメの展覧会は怪しげなほど大盛況ですと説明すれば、ガラルーダは胡散臭い表情になった。
「お前の監修ではなかろうな、シャラナ」
「『タッチしよう。触れたが最期の攻撃生物』を提案しましたが却下されましてね。腹いせクレーマーとして、遠路はるばるやって来たわけです。おや、変な人形が飛んでます」
「イリュージャ、あっちにオカメが・・」
パタパタ飛んできたなっちゃんは、シャラナの姿を見て墜落した。
「なんとまあ。火精霊のつもりだったけど、創造力の欠如、欠損、欠落で大失敗大作であるこちらの呪い人形は誰でしょう?」
シャラナの勘は野生の妖魔の三倍鋭い。
「ボ、ボクは、なっちゃんだぁ」
そして今さら精霊ぶってるなっちゃんは痛々しい。
「ガラルーダ。これはおかしな君にふさわしいおかしな使役魔かね?」
「いや、なっちゃんはイリュージャの・・使役魔かい?」
ガラルーダがなっちゃんの正体を、今の今まで気にしてなかったことに驚いた。
「さては黄色の爪研ぎ、もしくは歯ブラシ?おんや、どこかでお会いしたような欠片ケラケラお目々さん」
なっちゃんは急いで銀の欠片がさざめく瞳を閉じたが、これでは白状したも同然である。
「シャラナ。新学期が始まっているはずだが」
「ええ。ボンクラナクラの消えた使役魔を探し、公費で遊びにきたのです」
すでに妖魔を超越した野生の勘の持ち主だ。
「さあ、なっちゃん。帰りますよ!」
なっちゃんはガラルーダの背に隠れて、ガタガタと震えている。
「帰るのは私たちだけでお前は帰って来るな。イリュージャ、国際問題に巻き込まれる前にここを離れよう。ポックリに乗りなさい」
草を食むポックリの手綱を握れば、シャラナのメガネがキラリと光る。
「ポックリっ!馬の名はポックリなのですね、どれぽっくりぽっくり。ブラボーです、馬の特徴を知り尽くしております、そして馬は、」
このいつぞやと同じ展開は。
「歯茎が急所です」
ステッキでポックリの歯茎をぐいっと引っ張れば、ヒヒーンと嘶き一目散に逃げだした。
「うわっ、なんでアンタは余計なことばっかするんだよ!」
なっちゃん、元実技担当ナクラ教官は、培われた条件反射でポックリを追って猛ダッシュだ。
「はっはは。ナクラ、他国民を蹴飛ばしたら国際訴訟で面倒だから速やかに頼むよ」
「わかってらあ!バカシャラナっ」
まあそんなふうに、なっちゃんの正体はバレたのである。
▽
エボルブルスに戻る私たちは、ポックリを売りに市場にやって来た。
乗馬が趣味のガラルーダはもう二時間も馬を見ており、なっちゃんはポックリと離れるのが寂しいと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「ほんとに売っちゃうの?連れて帰ろうよ」
「ポックリは農耕馬だから、お城の脚が長いお馬さまとは気が合わないよ」
こればかりは訓練でどうにかなるものではない。
「イリュージャの家には畑があるじゃないか」
「うちにはすでに、ロが付く10馬力がいるからね」
10馬力のロレッツァが農耕馬を手に入れたら、完全に農地化される。
「目が見えない俺に、世話は無理だし」
学生時代のナクラは獣医師を目指していたが、前任の実地担当教官が事故で引退し、行き場を失くした妖魔を守るために教員になったという。
「なっちゃんはこのままノルムに残ってもいいんだよ」
エボルブルスにいる限り、銀の欠片をもつ者は一生監視され続けるのが決まりだ。
「人形の限界はどれくらいだ?」
「三年。ときどき魔法の糸で縫う必要はあるけどね」
「縫うの!?」
顔をしかめてまた泣きそうだ。
「俺の本体のほうは?」
「魔力を使い果たすのはまだまだ先だけど、魂と体が分離された今の状況は命を縮める。ここに残るなら、私が何とかできる」
そうかと呟いたなっちゃんは、イリュージャのフードに潜り込んだ。
▽
▽
二学期の初日、明け方に宿題を終えたディファストロは、サラにほっぺたを抓られ目が覚める。
「今日から騎馬民族の首領を護衛に付ける」
首領は14歳、少々厄介な使役魔がいるという。
「戦力の男達は屠られ女子供と老人の39人。首領の名はゲドだ」
難民の受け入れには一波乱があったが、ロレッツァが積極的に働きかけ、身の振り方は定まった。
『役に立たないだって?年寄りは縄を縒れるし刃も研げるぞ。女は家畜の扱いに慣れてるし、子供はそこにいるだけで笑顔になるじゃないか』
それぞれの事情を鑑みて、ちょうどいい働き口を斡旋する。
「ふーん、罪を犯した難民じゃノルムへの対抗札にもならないじゃないか。ロレッツァには国の利より優先するものがあるみたい」
「ディファさまは護衛騎士の忠誠心を疑うか?」
薄紫色の瞳をすがめれば、冷水を浴びせられたように唾を飲む。
「まあ苦言は留めておこう。ほら、遅刻するよ」
シッシと追い出して眉間を揉んだ。
「勘が鋭いことだ」
正直で裏表のないロレッツァ一世一代の大嘘を、気付かぬふりで花をもたせてやりたいが、
「そうもいかないのだよ」
それっきり黙りこみ、北の方角を見ていた。
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