22 騎馬民族ゲドと使役魔タクン

 早朝の訓練場、ゲドの剣はロレッツァに弾かれ宙を舞った。

 ロレッツァの本来の役割はユージーンとディファストロの剣技指導だが、ゲドの厄介な使役魔を抑制しつつ指導するには、親和力に長けたロレッツァが適任で、ずっとゲドにかかりきりになっている。


「学校に行く。ディファ、起きろ」

 立ったまま寝ているディファストロを揺すれば、ロレッツァはそれに気づいて、

「誰かディファさまを背負っていけるか?」

 ようやく剣をおさめるとこちらを向いた。

 「ロレッツァはディファに甘すぎるぞ!」

「寝る子は育つから偉いです。俺は育つ子には無条件で甘いんですよ」

「俺だって育ってるけど、ロレッツァは甘くないじゃないかっ」

 思わず言葉にしてウッと息を飲む。


 なんたるカマッテ発言、うぅ恥ずかしい・・

 ユージーンは逃げ出すように踵を返し、礎寮塔へと走っていった。


  ▽


「ジーンさまに嫌われた?それが思春期だ」

 熱が出てもご飯を残しても思春期で片付けるサラは、執務室の未決済書類に埋もれ、お悩み相談どころではないよと鼻を鳴らした。

 麗人の薄紫の髪は今朝も煌めき、玉のお肌もツヤツヤだ。手入れに時間がかかるから慢性寝不足だとブツクサ言うが、その時間を睡眠に充てれば改善するのではとロレッツァは常々思っている。


「それで騎馬民族の太刀は役に立ちそうかい?」

「馬上剣技は馬を狙われるリスクが高くて接近戦は苦手だが、ゲドには覚悟があるから修得が早いな。問題は、」

「ああ、厄介な使役魔か」

 ゲドの使役魔は稽古だろうが対峙者を見境なく襲う。

「人語を操る希少種だから、手なずければ利用価値は高いだろう」

「人外は人外に聞くのがよろしい。人外もどきシャラナの帰還を待とう。それまではディファさまの護衛とし、二心を監視するように」

 戦争は多くの騎士を奪い、王家の身辺ですら手薄であるのが現状だ。


「ディファさまでお試しってひどくない?」

「次代王はユージーンさまだけでよろしい。ディファさまはここぞの駒になるのが役割だよ」

「あーあ、またサラちゃんのアマノジャクだ」

 頬を指で突かれたサラは、キッとロレッツァを睨みつける。

「すでに多くの友を駒にして死なせた。それがウィラサラサ卿の本質だ」

「だがサラは誰より大きな犠牲を払っている。この話は嫌いだったな。それでいつになったら俺とガラルーダを駒にするんだ?」


 朝陽が照らすロレッツァの緑の瞳は透けるように薄い。

「そう遠くはないだろうよ」

「そうか。・・なあサラ、喧騒を忘れてしばしの眠りにつくのってどう?」

「おや、私の目と耳を塞ぐつもりかい」

 人聞きが悪いとロレッツァは小声で囁いた。


「銀を消すわずかな間だ」

 ゾクリと背筋が凍りつき顔を見れば、白金に変わった瞳孔からロレッツァの残滓が消えていく。

「銀を消すんだ。サラを縛る金の環も、ガラルーダを拒む永久も、全部俺が壊してやる」


 緊迫する狂気は本気の証で、しかしコンコンと扉を叩く音が雲散霧消させる。

「おっ、うちのお嬢さんが戻ってきたな。おいでおいで」

 扉を開いたのはファームから戻ったイリュージャとガラルーダだ。

「ただいま、ロレッツァ」

「おかえり、イリュージャ。バターみたいにうまそうな金髪になっちゃって。よし、俺パンになる。ぎゅう~」

「うげっ、コラ、挟むんじゃない!」

「やめろっ、変質者」

 バターイリュージャを胸にぎゅううと挟んだパンロレッツァを、ガラルーダは力いっぱい蹴飛ばす。


 サラは眉間を揉んで手招きし、イリュージャはスチャッと縄抜けの特技を披露して駆け寄った。

「ここはサラ先生のお部屋ですか?」

「宰相執務室だ。まずは瞳にかけた奇妙な魔法を解きなさい」

 魔法耐性が高いサラが不快そうに目をすがめたことに、ロレッツァは怪訝な顔をする。

「瞳がどうかしたか?」

 するとイリュージャはシッと指を立てた。


「ロレッツァの瞳はキャベツ色ね。胡瓜の緑よりおいしそうよ。そして私の瞳は晴れた日の海の色」

「海の色?金髪、青い瞳・・もしやガラルーダの子だったのか!」

「惜しいな、妹だ。羨ましいだろう」

 鼻高々になったガラルーダに、神の裁きを受けてみよとニワカ牧師が追い回し、呆気に取られているサラの袖をイリュージャが引く。


「サラ先生は宰相さまだから、もう図書館の本を読んではもらえませんか」

「宰相は兼任で本業が司書だ。昼休みに訪ねておいで。先にガラルーダに聞かねばならないことがあるからね」

 途端にガラルーダの顔色が青くなり、可哀そうなほど意気消沈したのであった。


  ▽


 登校したイリュージャは薬草学ローラ先生に髪色を戻してもらい、鏡に映る銀の髪と瞳は氷のように寒々しいとしみじみ思っていた。

「金髪碧眼に比べたら地味よね」

 北の住人は白灰色の髪が大多数で、北の地によく似合う色だけど、銀と同じで温かみがない。

「止まれ、イリュージャ。北の住人がいるぞ」

 温室の入り口で言い争っていたのは、制服を着た白灰色の髪の男子と民族衣装の女の子だ。


「ゲド!みんなのとこ帰ろう」

「俺はここにいる」

「ナンデ!首領のアンタが、オヤジさまじゃない奴の言いなりイヤ!」

「オヤジ殿は死んだ。騎馬民族はもう終わりなんだよ、タクン」



「どうやらファームを襲撃した騎馬民族の残党のようだ。よく見ろ、女は人で無い」

 顔は人だが翼があり、衣装の裾から鳥の脚と鉤爪がチラチラ覗いている。

「あれも妖魔?」

「怪鳥。人になりたがった妖魔の成れの果て」

 黄色の声には侮蔑の響きがある。

「人を真似て言葉を得る代償に魔力を減らした。嘘が得意で人を陥れる」

 精霊や妖魔は嘘をつかない。ならば黄色にとってあれは魔物に近い忌避すべきものだろう。


「みんなゲドの敵だ、剣!あれでアンタを殺そうとしてる」

「何度も言わせるな。接近戦の稽古だよ」

「ゲドはアタシのいうこと聞かない!ホントに敵がいるんだから」

「いい加減にしろよ、タクン。いるならここに連れてこいっ」


 黄色は毛を逆立て不快をあらわし、天井窓を開こうとハンドルがある二階へ地を蹴った。

 温室を照らす太陽の眩しさに、イリュージャが手をかざして怪鳥から目を離した瞬間、白い腕に首を拘束される。


「銀だ!敵がいた!」

 鳥の鉤爪がイリュージャの頬を切り割き、目の前が真っ赤に染まると同時に、咆哮をあげた黄色が怪鳥を地面に縫い付けて、翼と腕をもぎ取ったのが見えた。

 ホッとしたのも束の間で、突如の殺気に振り返ればゲドの長太刀がイリュージャの体を貫通し、二つに裂こうと力をこめる。

「銀の髪、銀の瞳。殺してやるっ!」

 バリーンとガラス戸を割ったのはマーナガルムで、ゲドの頭を咥えると高く放り上げた。


 ドクンドクン

 鼓動のようなこれは魔力暴走の兆しで、制御出来ずに放出された魔力が飽和して、支えきれない大気が鉄砲水のようにうねり出す。

 温室のガラスは飛び散って鉄骨は溶け、精霊は力に酔ったように金切り声をあげた。

「誰も動くでないぞ」

 絵に描いた扉を通ってきた校長先生が場を掌握し、使役魔セルキーが超音波で私を縛ろうとしたが、制御を失くして手に負えない。


「余剰の魔力を放たねば血肉が弾けるぞ!」

 黄色の言う通りでも、それをすればロレッツァの故郷のような100年の死地にしてしまう。

「我では足りぬ。耐えろ、すぐに戻る」

「黄色、行っちゃ嫌!」

 黄色を追うつもりで手を伸ばせば、炎が渦巻いて辺りを火の海にし、ああっと吐息を漏らせば、風が吹き荒れ氷の槍が地表に降り注いだ。


 カチリ

 時間が止まる。景色が静止し、私は絵の人物のように曖昧になる。


「イデア・イリュージャは死ぬかもしれん」

 時間を止めたのは校長先生で、跡形も無くなった温室を見回すと、土に刺さった氷の槍をパリンと折った。

 私はすでに瀕死で、喉がヒーヒーと鳴り視界は狭まっていく。


「動けるのは術者のワシと、留めたイデア・イリュージャだけのはず。ではロレッツァ、お前さんはなぜ動いとる」

 散らばるガラスの破片を踏んでやって来たのはロレッツァで、イリュージャの顔を覗きこんでいた。


  ▽


 ロレッツァは裂かれたイリュージャの顔と腹の血を拭うと、血濡れた首に手をかける。

「俺の内にはこの子の『ふたつ』だった妖魔がいる。俺は人であって妖魔であり、『みっつ』のようなものだろう」

 朦朧としていく意識でも、それがロレッツァの声であるのは間違いない。


「子供を殺すかね、ロレッツァ」

 しかしロレッツァは手を離すと校長を振り向いた。

「俺が人ではないと知っていたのですね」

「何であるかまでは知らんよ。小隊が湖畔で全滅したあの時、サラは半狂乱でお前さんの生命を維持しようとした」

 それが成功したとしても、命は神の領域で一時凌ぎに過ぎないはずだ。

「ところがひと月の後には討伐に出たという」

「そりゃ怪しまれて当然だけど、みんな戦争で死んで人手不足でした」


 ロレッツァは立ち上がりイリュージャを見下ろす。

「俺はこの子供を愛そうとしました。そうすれば『ふたつ』として生きたでしょう」

「そうはいかぬか」

「ええ。銀は家族を、故郷を、仲間を俺から奪った。ここで息の根を止めたいが、俺にも願いがあるんです」


 その願いが叶えばいいのにと思ったのを最期に、意識は深く深く堕ちていった。


  ▽


 私は眠っているだけで、意識も痛感もしっかりとしている。

 これは人並みの体力に底無しの魔力を保持するからで、並々と注いだコップの水をこぼさないように、そろりそろりと動いており、それが眠っているように見えているのだ。


 そろりそろりと痛がってはいるのだが、お医者の目にはそう映らずに、長剣が貫通した腹をザクザク縫うものだから、悶絶して息は絶え絶えだ。

「ゲドくんだっけ?怒られたかな。うーん、銀の魔女をやっつけた英雄になってたりして」

 自虐ネタはツッコム相手がいないとダメージ倍増で、

「私が死んだら相方のなっちゃんを棺桶に入れるよう遺書を作ろう」

 なっちゃんの意見は無視である。


 ここは意識の深淵だから考えるには最適な場所だけど、誰も立ち入れないというのはジャマも慰めもないことで、全ての責任を負う場所でもある。

「ロレッツァが身に宿しているのは私の妖魔『ふたつ』。故郷と仲間の仇を取りたくても、私が死ねば『ふたつ』としてガシャルに還らねばならず、だから私を殺せない」

 あの体を維持しているのは『ふたつ』の魔力で、供給源を断たれれば命は尽きるだろう。


 元より感じていた違和感が決定的になったのは、人にしか効果のないカゲロウの魔法が、ロレッツァに効いてないと知ったときだ。

「大切にしてくれた。だから恨むものではない」

 愛情が嘘か誠か、私にはそれを比較する術がなかっただけのこと。


「ヒイイ!」

 素っ頓狂な声を出したのは顔をチクチクと縫いはじめたからで、麻酔もせずにカガリ縫いとはあんまりではないか。


『鶴のフリした恩返し』

 鶴の恩返しの初版がバカ売れで、一躍時の鳥となった鶴を羨む羽自慢のタカは、物語に倣って布を織りあげ飛び立とうとしましたが、丸ハゲで飛べません。すると精霊が羽が無くとも飛べる奇跡を起こし、羽自慢のタカはなんとハゲタカになりましたとさ。

 そんなふうに世の中は、当事者の意見などお構いなしである。

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