11 お茶とお菓子と非常識

 行き過ぎた実技指導を猛省したナクラは、お茶とお菓子で席を設けると、イリュージャに深々と頭を下げる。


「旅に出るなら、お詫びに俺が護衛するぞ」

 ありがた迷惑な提案に驚いたのは校長先生も同じで、旅は道連れ世は情けと三度呟くと、

「シャラナ、お前さんの力を貸しておやり」

 厄介払い・・いや、校長の提案にシャラナはまんざらでもない表情で、

「妖魔使い、妖魔使い、妖魔使い、妖魔。パーティーバランスはいまひとつ、しかし犠牲の盾がいるならまあよろしい」

 盾とはナクラのことで、よろしくないとちぎれんばかりに首を振る。

 ところで黄色は今さら『できる使役魔』ぶって、私の熱々のお茶にフゥフゥ息を吹きかけ冷ましているが、これは使役の管轄外で追加点にはならないだろう。


「イデア・イリュージャと黄色の判定は後日かの。心配せんでよいぞ、妹御とマーマもそうじゃが、条件付き合格の生徒が大半じゃ」

「アリシャの妖魔は極海のマーマですか?」

「その通り。マーマの幼体は透けるヒレがクリオネのようで人気ですが、成体するとこんなです」

 シャラナの図鑑に載るマーマの成体は、顔が人で尾は魚、手足はタコにそっくりで、内臓がスケスケ透けた妖魔だった。


「劇的ビフォーアフターでした・・」

 しかしアリシャは風の加護で、なぜ水の妖魔と契約したのだろうと首を傾げれば、シャラナ先生はメガネのフレームを指差す。

「このメガネのモチーフは昆布です」

 自慢されても意味はさっぱりで、ナクラはレジャーシートを捲り上げ、シャラナを転がした。


「戦闘妖魔でもない限り同属性の必要はないよ。それに今回は危険性を計るのが目的で、条件付き更新の生徒が多いんだ」

 使役魔に相応しくあろうと努力する猶予期間だと言う。

「黄色の体躯には風、雷、地の特徴と、セルキーを無効化した水と氷の属性もあるね。注目が耐え難ければ俺を頼っていいぞ」

 人にとやかくいわれる筋合いはないと言うナクラに、イリュージャはありがとうと口を開き、しかし紡いだ言葉は意図しないものだった。

「ナクラ先生の瞳に銀の欠片がある。北へ、ガシャルに還るの?」

 さざ波のような銀の欠片に目を奪われて、脳裏に銀色の枝が浮かんでくる。

「黄色。銀色の枝を大きく広げた大樹を知っている?ガシャル、銀が還る場所」

 黄色は白濁の瞳に光を宿し、ペロリと頬を舐めたのだった。



 数年ぶりに薬草学の教室を訪れたロレッツァは、懐かしさに目を細める。

 薬草の生育には、養分、水分、温度管理、害虫害獣駆除と、慣れた農業と同じで唯一の得意科目であった。

「ジーンさまの名がある。薬草に祝福を追加しとこうかな」

「ロレッツァ。ズルはいけませんよ」

 ユージーンが撒いた種に手をかざせば、薬草学のローラ先生に叱られる。


「立派な農場主の傍らで牧師をダブルワークですってね。教え子の活躍が嬉しいわ」

「いやだなあ、牧師が本業ですよ」

 あらまあと、ローラはクスクス笑う。

「あなたときたら、会う度に肩書が変わるのだもの」

「今は王子の護衛と北の魔女の世話係、それに密偵もはじめました」

「落ち着きのない子ね」

 ロレッッアの背をさするローラの指が、硬くなった古傷に触れた。


「10年分働けって二人が容赦なくって」

「相変わらずガラルーダとはコンビ漫才、卿が加わればトリオ漫才かしら?」

「俺と同列じゃ、アイツらが可哀そうでしょう」

 牧師のフリでのどかな10年を送る間、国政を担う旧友は怒涛の日々を過ごしていたのだ。

 

「あら、校長がいらしたわ」

 ローラが絵に描いた扉に魔力を与えるとググッと盛り上がり、校長の三角帽子が現れた。このように校長は、学校のあちこちに非常用通路を創っており、それは大抵予測できない場所にある。

「待たせてしもうたの。ほうほう、あれやこれやの匂いがプンプンじゃ」

「ごきげんよう、校長先生。生徒達が試行錯誤で拵えた肥料ですもの、勉学の香りでございましょう」

「素晴らしい!王国語彙録に追加しましょうぞ」

 校長の思い付きで語彙録はどんどん増えて、若者語録に「エッ?」と聞き返すことが増えたロレッツァは、時代に取り残されたようでちょっぴりせつない。


「ロレッツァに頼みがあってのう。お上の判断をひとりごとで呟いておくれ」

 他者に漏らすのはアウトだが、呟くのはセーフだ。

「イデア・イリュージャとユージーンさまの力比べはいかがか」

「北」

「イデア・イリュージャと黄色い妖魔はいかがか」

「北」

 しかし隠された能力まではわからないと付け加える。

「イデア・イリュージャは、護衛か監視か」

「監視。俺が育てたあの子は上にとって厄介でしかない」


「校長、ロレッツァを苦しめるのはおやめくださいまし」

 いたたまれなくなったローラが口を挟み、ロレッツァの手をそっと包む。

「平気ですよ、ローラ先生。俺もイリュージャも生きていることが奇跡みたいなもんだから」

 憐れな子供を葬送する日々が、己を顧みる機会だったと静かに話した。


「うむ。お前さんに牧師が務まるかなどとは杞憂であった。おおそうじゃ!ナクラの懺悔を頼めんかの?」

「まあ、あのオッチョコチョイが何をしましたの?」

 見知らぬ国に来た幼いナクラに、ローラは何かと世話を焼いたものである。

「イデア・イリュージャにマーナガルムを召喚しての、シャラナにからかわれ出奔しかねんのじゃ」

「またシャラナ教授なのね」

 いつものことと笑ったローラと、腰の剣をスルリと抜くロレッツァ。


「懺悔なら冥土でするのが手っ取り早い」

「えっ!?ちょっと待て、ロレッツァ。語弊が・・あ、行っちゃった」

「あらあら、忙しない子ね」

 剣を手に駆けて行くロレッツァと、その後を追いかける校長先生を見送るローラは、温室の隅っこで悪だくみをするロレッツァとガラルーダ、サラに改名したウィラサラサ卿を思い出し、深くため息をついた。


  ▽

  ▽


 学校とトンガリ屋根のおうちを繋いだ転移陣は、図書館の小部屋にある。

 この塔の最上階には賢くしてくれるニンフがいるが、このニンフは気紛れで、機嫌が悪いと石化の呪いをかけて、塔の建材にしてしまうそうだ。


 図書館でまず目に入るのは今週のベストセラーの棚で、有名デザイナーのパーティードレス、王都食べ歩きマップには人だかりが出来ており、イリュージャはロビー中央にある案内図へと向かった。

「童話の本を借りるのではないのか?」

「今日は調べものよ」

 案内図に手をかざせば羽虫が浮かび、目的の本がある場所への導き手になる。これは図書館の案内虫『ミチシルベェ』で、音もなく羽を震わせ、軋む床を回避し、遠回りなど知ったこっちゃない『図書館ではお静かに』がモットーの虫だ。


 ミチシルベェの後を付いて階段を上り自習室を横切り、積み上げた専門書の谷間で頭を抱える上級生の邪魔にならないよう、本棚の裏を忍び足で進んでいく。

 ミチシルベェはさらに扉を三回くぐり、円柱の部屋に入るとポンっと煙になって、『図書館ではお静かに』と印刷された利用票をヒラヒラと落とした。


「他に人はいないな」

 黄色は周囲の気配をさぐると、壁にある世界地図のタペストリーを興味深く眺めている。

「黄色は北のノルムに行ったことがある?」

「ノーコメント」

 ケチと口を尖らせたイリュージャが攻略せんとするのは、北の大国ノルムの棚だ。

 ノルムは極北を含め世界一の広大な国土をもっているが、人が住める土地は少なく、人口は他国とさほど変わらない。


「それなのになんでこんなに本が多いのよ」

「ノルムは世界最古の国であるうえに、多民族国家だからな」

 黄色は飽きもせずタペストリーを見ており、イリュージャは一番薄い本を手に取ってはみたが、すぐにパタンと閉じた。

「ちんぷんかんぷんだあ。私もパタン」

「諦めたなら帰るぞ」

 黄色は私の調べ物を知っていて、それを知ることを良しとしないのだ。


「ねえ、黄色。北の魔女のことを教えて」

「北に魔女がいた」

 試験の合格通知が届いた途端に出来る使役魔ぶるのをやめ、背の鱗をカチカチ鳴らし、気に入らないことを隠しもしない。


「お手伝いがいるようだね」

 いつからそこにいたのか、薄紫の髪色の美しい男性が微笑んている。

「サラ先生、こんにちは」

 サラ先生は児童書架の司書さんで、オススメされたどの本も、手に汗握る抱腹絶倒の物語、敏腕司書の先生だ。


「こんにちは。その本は難解だろう、ここにあるのは古き理、想いが遺した未練の残滓だもの」

「私が探しているのは、カラスになった美魔女の分かりやすい物語です」

 分かりやすいを強調すれば、サラ先生は薄紫の瞳でじっと見つめた。

「カラスか美女かの魔女語り。今はこれだけだよ」

 棚のずっと上から、赤い装丁に金の鎖が施された一冊を手繰り寄せる。


「好奇心を満たす前に、大切な人を思い浮かべなさい」

 サラ先生は禁書の鎖をするすると解いて妖艶に微笑んだ。


  ▽

  ▽


 世界には喋る鳥がいる。その鳥は大人の肩にちょうどいいくらいの大きさで、頭には立派な飾り羽があるそうだ。

「ポッポとよく似ているねえ?」

 我が国の智の結晶サラは、美しい顔でそう微笑んだ。


 礎寮塔に戻ったユージーンは、期待に目を輝かせてポッポを見つめ、ポッポは異様な気配に緊張している。

「ジーンって呼ぶんだよ、ポッポ」

 ポッポが「ジーン、ジーン」と囀りながら手紙を運んでくるのを想像するだけで、頬が弛んでくる。

「ジ・イ・ン」

 ポッポが覚えやすいようにと、歯茎が見えるほど大きく口を開いて繰り返した。


 ポッポは戸惑って落ち着きを失くし、ユージーンがぐいっと距離を詰めれば、止まり木から片脚がズルっと滑る。

「ジ・イ・ン」

 どうにか踏みとどまって、脚を出したり飛翔の構えになったりパニックだ。


「何してんの、ジーン」

 図書館に寄って戻ったディファストロは、怪訝な顔でソファに座った。

「お帰り、ディファ。サラが、」

「サラ!?聞いてジーン。世界には大人の肩にちょうどいいサイズで、頭に飾り羽のある鳥がいるっていうから、まるでポッポみたいって言ったらさ」


『手紙鳥が送り主の名を連呼しながらラブレターを配達すれば、魔法再現ユー・チープに投稿されるだろうよ』

 絹糸の輝く髪をなびかせると鼻で笑い、

『ラブレターは心より質だよ。ディファさまのショボい文才では、晒されて恥をかくからやめなさい』

 そんな助言でからかわれたのだとプンスカだ。


「信じるはずがないよ。手紙鳥が喋ったら咥えた手紙を落とすじゃないか。ねえ、ポッポ」

 ポッポはコクコクと何度も頷いて、ガックリと肩を落としたユージーンから、そっと目を逸らしてポーと鳴いた。

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