10 使役魔実技検定修了証明取得会場
王子の実技を観戦しようと会場は生徒で混雑し、担当教官のナクラは「注目!」と拡声魔法を放って開会を宣言した。
「校長、挨拶をお願っ、ぐえッ」
そっと忍び寄ったシャラナは膝カックンで出鼻を挫き、
「さあ生徒諸君、校長の格言、方言、時世の句を拝聴したまえ」
これは通常通り、平常通り、日常通りの出来事で、びっくりしているのは一年生である証だ。
「ほほ、時世の句は追々考えようかの」
「ええ~っ!?」
残念そうなシャラナに頭突きを喰らわせたナクラは、何もなかったように背を正した。
「校長、まずはお二人の王子、その後にイデア・イリュージャの試合です」
「うむ。シャラナもおるで大事はなかろう」
シャラナは真剣な表情で指人形を作り、
「ナクラちゃんがパリパリ喰われちゃったら、アタチのデバンでちゅ」
このプロ顔負けの腹話術に校長は拍手喝采で、格言と方言で開会が宣言された。
「ディファストロさま、前に!」
「いいえ、ユージーン兄上をお待たせすることはできません」
ディファストロの固辞は政治的な意味合いによるものだが、学校は中立で政に関与しない機関だ。
「学校は公平なる・・」
「わかりましたぞっ!」
メガネを煌めかせたシャラナは、ナクラの諭しなどこれっぽちも聞かずに頷いた。
「私は一人っ子ですから、双子の気持ちがよく分かります」
誰もが首を捻ろうが、これこそがシャラナだ。
「頑張るあなたには、赤点居残りパスプレミアムチケットを進呈します」
「赤点とか居残りとかじゃないチケットがいいです」
ディファストロの最もな意見に、シャラナはチッチと指を振る。
「なんと欲のない。次の番号は6桁8のゾロ目ですぞ」
「えっ、なんてプレミアム!それ貰ったっ」
人は一点モノとか限定モノに弱い生き物で、さすが心を読む術に長けておると校長は感心するが、教職として6桁もの赤点を出すなとナクラは思うのである。
▽
ナンバー888888プレミアムチケットを入手したディファストロは、リヴァンに戦闘形態を指示した。
戦闘妖魔であるリヴァンの資質は試すまでもなく、隙を狙ったナクラの使役魔を万力の尾でギリリと締め上げる。
「解放を指示せよ」
「リヴァン、放て」
すると尾をブンと振って壁に叩きつけ、鱗を濃く染めた警戒態勢に変わる。
「戻れと指示」
「リヴァン、戻れ」
しかしそれに従わず、妖魔を使役するナクラを威嚇する。
「再度の指示」
「リヴァン、影に戻って」
ディファストロは喉に手を置き諫めた。
「ほお、戦闘最中に喉に触れさせるとは、信頼関係はバッチリじゃの」
校長は感心し、しかしシャラナは疑問を呈してメガネを替える。
「リヴァンは合格でよろしいが、成体化を阻む契約者はいかがなものか」
「ユージーンさまへの遠慮じゃろう」
「リヴァイアサンは戦闘妖魔ですぞ。人の思惑で進化を妨げるとはあきれます」
成体したらアレとかコレとか実験出来るのにと本音が漏れる。
ナクラの妖魔に追いこまれたリヴァンの鱗がいっそう濃く染まり、意図せず成体する可能性に、ディファストロは降参と手をあげた。
「赤点居残りパスプレミアムチケットでリタイヤしまーす」
「よろしいでしょう。正式名称、赤点取るヤツ補習の価値ナシ居残りムダムダパスプレミアムチケットを使用しての合格です」
契約者の危機回避を優先したリヴァンは賢い妖魔ですねと思案し、
「このレンズは左右に0.0025ミリの誤差が生じております」
そう言って拍手を送る。思案と言葉が逆であるが、過ぎたことなどシャラナは気にしない。
「あっ、ジーンが来た!ディファはここだよっ、ジーンジーンジーン!」
どれだけ同じ制服がいようと、ディファストロがユージーンを見つけるのは造作なく、7人兄弟の末弟の自分みたいだと、二度と帰れぬ故郷に胸が痛むのだ。
▽
ユージーンの使役魔ポッポは手紙鳥で、幼体なら鳩、成体でもトンビほどの鳥だが、すでに全長1メートルを超えている。
「準備はいいか、ポッポ」
ポーと鳴いたポッポは、喉を赤く染めると戦闘形態に変わった。
「飛翔を指示せよ」
「飛べ」
ユージンの指示で空中で制止し、次の指示を待つ。
「素早い飛行を指示」
「塔を最短で旋回して戻れ」
バサッと茶色の翼をしならせ塔に到達し、ぎゅーんと反転したところをナクラの妖魔が遮るも、ポッポは嘴を錆色に変えて触手の隙をすり抜け、ユージーンの肩に戻った。
「服従を指示」
「ポッポ。動かず恐れず」
すると地中から現れた妖魔が、ポッポを鷲掴みに・・。
「・・すみません、二人に注意をしたいのですが」
ナクラに中断を求めたユージーンは、じっと出来ない観客席の二人を指差し、 すでに魔法発動を完了したディファストロは、慌てて証拠隠滅する。
「ディファ、ズルはだめ。それからイリュージャ、精霊はダメ」
イリュージャは精霊を背に隠しておいたのだが、増えすぎて隠しきれてない。
『地殻、ドッーカーンする?』
『ハリケーン、何本つくる?』
『人類めつぼー、ヤッちゃう?』
精霊(神の武器)は、使いどころが難しい。
検定は再開され、ポッポは妖魔の威嚇にも動かず恐れず指示に従った。しかしターゲットがユージーンに変わるや否や、ピッー!と劈くと鍵爪を開いて妖魔を攻撃し、妨害にあった妖魔はターゲットを見失う。
「戻れ」
ナクラが使役を影に戻すと、ポッポはユージーンの肩に直立不動で止まりシャラナを絶賛させた。
「合格ですっ!契約者の回避を最優先にした素晴らしい判断で、私、すっかりファンになりました」
シャラナに好かれるとは不憫じゃと、口にしそうになった校長は咳ばらい。
「ポッポはドラゴンに慣れてるもんな」
ユージーンが囁けば、ポッポはポーと鳴いて指を甘噛みした。
「最後はイデア・イリュージャだね。前へ出なさい」
「ハイっ!」
ナクラに呼ばれたイリュージャが立ち上がれば、
「ブーブー」
ディファストロはオノマトペで挑発し、ユージーンにめっと叱られる。
「カタスミ違いの王子さまに嫌われちゃった。こりゃまた願ったり叶ったりだわ」
高笑いのイリュージャに、ディファストロはベッーと舌を出した。
▽
演舞場に立ったイリュージャが剣を構えたことに、ナクラは困惑している。
「イデア・イリュージャ、使役魔がいないよ?」
「目的が契約者の力量なら、私がそれを証明します」
シャラナはフムフムと、フムフムを10回繰り返し、
「パブリックコメントです。大いによろしい」
「よろしくないっ!校長、メガネが何か企んでますっ」
ナクラは校長に助けを求めたが、
「広く意見・情報・改善案を求めるは、生徒参加型を促す公的機関のつとめよ」
校長といえどもそこは公務員、無下にはできないようだ。
「うぅ、やりにくい」
頭を抱えたナクラは黄色が足下にいることを確認すると、さっさと登場してもらおうと腹を決めて使役魔を喚んだ。
「おやまあ、ずいぶん大きいのを召喚しましたぞ」
それは毒を吐く沼の妖魔で、校長はふむと髭をしごく。
「当たらず障らずどころの良い選択じゃ」
「それではお手を拝借ですな」
「お手並み拝見じゃな。ところでイデア・イリュージャは堂々としたもの」
この妖魔は沼の泥で覆われており、ヌメってベタって毒をブヒュと吐くが、動きが鈍いと知るイリュージャはすばやく間合いに入り、しかしナクラの指示で泥に溶解して態勢を立て直した。
-銀が命じる-
大気を四角く切り取る言霊に校長は腰を浮かし、特注の剣は炎を纏ったイバラになるとシュルルと沼妖魔から水分を吸い上げる。すると沼妖魔から水分が抜け、泥は乾いてボロボロと崩れていく。
「これって狩ってもいいのかな?」
沼妖魔の見た目は悪いが魔石は琥珀のようで高値がつくから、学校では狩り禁止をうっかりしてたという言い訳はどうだろうか。
「召喚、ルフ」
戸惑っていたら沼妖魔は影に戻り、空を飛ぶ妖魔があらわれた。
「高価買取魔石が消えたっ!だけど契約者を壊したら・・うんマズい」
退いた妖魔を狩るには契約者ごと壊さねばならず、さすがにうっかりは通じないと諦めて、ガイコツのような骨鳥ルフを見上げる。
「あんなに細い首に魔石があるの?」
魔石が詰まるほど細い喉なのだ。
「ルフ、敵を拘束せよ」
滑空する骨鳥ルフが無数の針でイリュージャに攻撃を放ち、地脈から黄色の殺気が地鳴りを起こした。
「黄色、出ちゃだめ」
イリュージャが手の平をくいっと下に向ければ、大気はぶぉんと歪み、骨鳥ルフに負荷を掛け地に縫い付ける。
「なんとも細長魔石。こりゃ加工しずらく売りずらく」
ひしゃげたルフ鳥の魔石は針のようでガッカリしたが、続けてナクラが喚んだ妖魔に瞳が輝く。
「月と星の妖魔マーナガルムだ!」
月の瞳と星の瞬きをもつ闇の妖魔マーナガルムは、ヒョウのようなしなやかな肢体に獰猛な目をぎらつかせ、気配を隠して忍び寄る。
「アレ、絶対、いい魔石!」
すぐそこにある宝物に、イリュージャの目の色が変わる。
シャラナはフムと顎に手を当て、演武場に己の使役魔を忍ばせた。
「なんとまあ、ボンクラナクラが生徒にマーナガルムを焚きつけました」
「イデア・イリュージャの持つ銀は妖魔と同質の残虐が本質じゃ。ミイラ取りがミイラになってしもうたか」
魔力を便利な道具に変換したのは人の知恵で、イリュージャの魔力はより原初に近く人の手に余る。
校長が紗の膜で演武場を覆い隠せば、イリュージャは不機嫌になった。
これは結界とは違うがそれに近く、結界が水中ならばこの紗は雨、制限は無いから精霊は許容するが、水中も雨も同じだけ億劫に違いは無い。
「マーナガルムを縛る鎖が気に入らない。あれを断てば気に入らないが消えて、マーナガルムは還る」
しかしその行動は人のルールを破るもので、薄らぐ意識に集中したそのとき、
パリーンと炸裂音が響き、カマを振りあげた大蜘蛛の触肢以外の8本脚を、黄色が漆黒の爪で切り裂いた。そして潜んだマーナガルムに攻撃を仕掛け、月の妖魔は身を翻すと金の弓になって矢を放ち、反撃のカマイタチとぶつかって大爆発を起こす。
「そこまで!」
校長の諫めで、海原妖魔セルキーがゴゴゴと流氷を放った。
マーナガルムはセルキーの氷を金の矢で粉砕しナクラを守ったが、イリュージャはたらふく海水を飲み込んで、
「げほっ、ごほっ、うげぇー」
これまた淑女らしからぬ声をあげる。
「・・ねえ黄色、これは使役魔としていかがだろう」
「海水ごときで死ぬものか。マーナガルムの淘汰が先だ」
ヒタヒタと忍び寄るマーナガルムの足音に、黄色は珊瑚の角を4の方向に攻撃態勢を整えた。
そんな緊張の中をシャラナはどこ吹く風と横切ると、バラバラになった大蜘蛛の脚を指差し数える。
「ひい、ふう、みい、おや足りません。『治らない、治ります、治る、治るとき、治れば、治っとけぇ』」
語呂はよいが信憑性にかける呪文の効果は、対象をさっさと影に戻したから分からずじまいでモヤモヤだ。
「出ちゃダメだよ。黄色は凄い妖魔だから、一緒にいられなくなっちゃう」
「すまぬ。我は己の役目に愚直な掲示板と同じだ」
ガラガラと掲示板が走り去る音を思い出し、イリュージャは吹き出した。
「学校を追い出されたら、二人で世界中の魔石を狩り尽くそう?」
「ふむ、特等の妖魔が潜む場所を教えよう」
不穏な計画に寿命が長い校長は、老後の備えに投資してある魔石株が、市場の値崩れで下落するのではないかと肝を冷やすのだった。
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