ペトロ・シャーク ~~原油怪獣とイルカロボ~~
武州人也
第一話 帰ってきたドラ息子
「ち、ちょっとケンくん……ホントにこんなところでするの?」
「だってそりゃ、エミちゃんがかわいいから。もう俺、ホテルまで我慢できねぇし」
男の手が、ビキニの肩紐にかかる。そのとき、女の顔色がサッと変わった。女はスンスンと鼻を鳴らして、匂いを確かめている。
「ケンくん……なんかこの辺ガソリン臭くない?」
「えっ、そうか? ……うわっマジだ。誰かいんのか?」
アツアツだったカップルの熱は、突然の異変によってすっかりと冷めてしまった。
異変はこれだけに留まらない。海の方から、バチバチバチ……と爆ぜる音がする。まるで
「ねぇ、あれ!」
「うわっ、何だあれ!」
カップルが揃って叫んだ次の瞬間、ものすごい大火が彼らを包んだ。
*****
羅鱶島に勤務する警官、
悩みの種は、発見された二体の焼死体だった。県外から観光でやってきたカップルが行方不明になっているため、このカップルのもので間違いない。
しかし……ただの焼死体ではなかった。なぜか腹を食い破られている。燃やされた上で大型の肉食動物に襲われた……そんなバカな話があるはずはない。そもそも島にいる大型動物といえば、牛や馬、羊といった家畜ぐらいなものだ。
「はぁ……どうすりゃいいんだよこれ」
寛二はテーブルに向かって、深くため息をついた。食べ終わった弁当箱を閉じたそのとき、駐在所の引き戸がガラガラガラッと勢いよく開けられた。。
「父さーんおヒサー! ボクのこと覚えてるぅー?」
意気揚々と入ってきたのは、長い黒髪をポニーテールにした、中性的な容姿の美男子だった。彼は寛二がよく知る人物だった。
「
この青年こそ寛二の息子、伊織だった。前よりも日焼けしているが、見間違うはずはない。国立大学に入学し、親元離れて下宿していたが、入学して半年後、スマホのメッセージアプリ上で「大学中退した。アメリカ行く」とだけ伝えてきて音信不通になった息子だ。直接顔を突き合わせるのは、実に三年ぶりのこととなる。
「いやぁ、いろいろとやっててね。アメリカのシリコンバレーでスタートアップ企業の立ち上げにかかわったり、ベトナムのメコンデルタで巨大化しすぎた養殖ナマズを退治したり、イタリアでお化けロマネスコと戦ったり……まぁー充実した三年間だったね。外国の友達もたくさんできたし」
「ワケわからん……」
ジョークとしか思えないことを飄々と語る息子に対して、寛二はぼそりと返した。
息子の顔を見たとき、寛二の胸には様々な感情が湧いてきた。戸惑い、憤り、懐かしみ、安堵……そのどれもが心の中で渦を巻いているが、結局それが具体的な言葉となることはなかった。
「父さん、浮かない顔だね。せっかく息子が顔出しに来たってのに。……知ってるよ。サメが人燃やしたんでしょ?」
「は?」
「カップルがサメに燃やされて死んだんだよね。父さん、それのせいで悩んでるんでしょ。いやー、怪事件だもんね。どう報告上げたらいいのかわかんないもん。ここは一つ、孝行息子が手伝ってあげようかな」
「バカなことを言うな!」
寛二はつい声を荒げてしまった。すでに人死にが出ている以上、この件は軽薄に扱うべきではないのだ。だからこそ、息子の態度は許しがたいものであった。
……が、伊織は全くそれを無視して、下ろしたリュックからタブレットを取り出した。何度か画面をタップした後、その画面を見せてきた。画面に映っていたのは……岩場で抱き合いキスをする、若いカップルの姿だ。
「なんだこれ、盗撮か?」
「いやいや、定点カメラを設置していたところにたまたま来ちゃっただけなんだって。大事なのはこの続きだから」
言われた通り、画面に視線を戻した寛二。すると、突然カップルが騒ぎ始めた。そして……カップルは突如画面外から炎を浴びせられ、あっという間に火だるまになってしまった。
この火だるまになったカップルが、例の焼死体ということになる。
「他殺だった……ということか? でも火炎放射器なんてどこから」
「まだ続きがあるんだよ。次の動画を見て」
伊織はタブレットの画面をスワイプして、別の動画を再生した。そこには水面から顔だけ出した巨大な生き物が大口を開けて、まるで特撮の怪獣みたいに火炎を吐いている様子が映されていた。遠くから撮影されていて不鮮明だが、火炎放射の能力をもつ怪物が海に棲んでいるらしい。
……こんなもの、信じられるはずがない。怪獣映画じゃあるまいし。
「フェイク動画か何かじゃあないのか!?」
「でもさぁ、豪勢にカップル丸焼きにして食うなんて、コイツ以外にできないでしょー?」
「し、しかし……信じられん」
「やっぱりアタマが固いなぁ父さんは。でもさボク、ここに来る前に独自調査しててさ、ヤバいこと知っちゃったんだよねー。ちょっと事件現場に場所移そっか」
とてもじゃないが、息子の調子にはついていけない。とはいえ……もしもの話だ。迷宮入り必至ともいえる怪事件の手がかりを、このドラ息子が握っているのだとしたら……
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