第2話 武装

 気づくと森の中にいた。

 私はまず、自分の記憶が残っていることに驚く。

 これまでの転生では、記憶を失った状態で赤ん坊からやり直しだったのに、今回は何もかも覚えている。


 さっきまでの光の滝とのやり取りもそうだ。

 光の滝は私の望みを聞いてきたが、この世界が本当にラグナロクの中なのかは分からない。


「現状確認をしないと。私の体はどうなっているんだ? 目線の位置は最後の私とあまり変わっていないようだが……」


 辺りを見回すと都合よく池があったので、自分の顔が映るように水面を覗く。


「これは……最初の私だ」


 転生する前の、一番初めの私の姿になっていた。三十代のおっさんではあるが、正直しっくりくる。


「キャラクターの姿ではない。……となると、ここはラグナロクの世界ではないのかな? ステータスは出るだろうか? ……おお、出てくれた」


 ゲームの時と同じで、目の前に薄透明の画面が展開された。


 名前:モチモチおもち

 Lv :100

 種族:半神半人デミゴッド

 職業:ソウル・クラフター



「ステータスはラグナロクの時と同じなのか。つまり、私の体に、キャラクターの能力を授けてくれたわけだ。光の滝には感謝しないといけないね。ただ……いくらなんでも名前がプレイヤー名なのは困るよ」


 名前って変えられたかな? なんて思いつつステータスを弄っていると、可能だったので変更した。


「トーマ・ムコウダ。やはりこれが私自身な感じがする」


 今の姿と一緒である、一番初めの私の名前だ。


「さて、他の確認に移ろう」


 まずはレベル。

 これはラグナロクの限界値である100なので、それなりに戦えるだろう。特に言うことはない。


 次に種族であるデミゴッド。

 これは神系に属するボスモンスターを討伐した者だけがなれる種族で、ステータスの数値やスキルの威力を底上げしてくれる。デミゴッドだからこそ覚えられるスキルなんかも存在する。公式の設定では不老だ。


 そして職業はソウル・クラフター。

 生産職だ。

 ラグナロクにおける職業というのは進化式で、初期の錬金術師アルケミストからウェポン・アルケミスト、派生してアイテム・クラフター、オーパーツ・クラフターなどと積み重ねた最終職業がソウル・クラフターとなっている。


 その最終職業にも様々な種類がある。

 検証組から買った情報によると、その総数は生産職だけでも200を越えるらしい。


 中でも私が取得したソウル・クラフターは、特殊中の特殊。

 恐らくだが、サーバー内で私が初めて取得した職業だと思う。いや、もしかしたら私以外は誰も取得できていないかもしれない。

 それほどソウル・クラフターの取得難易度は高い。


「とはいっても、所詮は生産職だ。戦闘面での強さはアイテムに依存する。頼むよ、残っていてくれ。……ああ、よかった。ログアウトする前の持ち物は全てある」


 アイテムボックスを確認すると、中には無数のアイテム群が存在した。

 武器に防具、装飾品、各種ポーション、素材、金貨、宝石類、その他諸々がすべて揃っている。

 私は安堵から深く息を吐き出した。これで一息つけるだろう。


 というのも、ラグナロクのアイテムは強さに応じて区分される。下から三等級、二等級、一等級、超級、古代級、異次元級の六つだ。


 そしてソウル・クラフターである私は、素材と特殊な作業台さえあれば最高位の異次元級まで作れる。

 これこそが生産職の強みであり、私が錬金術師を選択してゲームをプレイした理由のひとつでもある。


 アイテムを作りまくり、その圧倒的な物量で戦闘職を押し切る。生産を楽しみながら冒険もできるという欲張りセットだ。

 もちろん、それが可能なのは、私が職業をソウル・クラフターまで押し上げたからこそではあるが。


 しかし、そんな私でも作れない物が存在する。

 それは番外に位置付けられているアイテム、"星級宝器"。ゲーム内に100個しかなく、プレイヤーからはぶっ壊れと称された代物だ。


 有名どころだと、ゲームのタイトル名と同じであるラグナロクという、強制的にサーバー内で最終戦争を引き起こすものがある。


 そしてそんなアイテムを、私は八つも所持していた。


「右も左も分からない状況なのだから、八つとも装備しておきたいが……。そうはいかないか」


 たとえば私が所持する内の一つである、【勝利へ終息す剣エクスカリバー】という星級宝器は、装備して使用すると自動戦闘モードに入り、効果時間内であれば、どれほど強大な相手だろうと必ず勝利を収めてくれるという力を内包している。

 それは敵が複数──プレイヤーの軍勢だとしても、おそらくは薙ぎ払えるだろう。


 ただし、その破格すぎる性能のために、剣という形態であるにもかかわらず、一度で使いきりのアイテムとなっている。


 このように、星級宝器には何らかの制限が設けられていることが多いので、使いどころはよく考えなくてはならない。


 しばらく長考した私は、早着替えのスキルを使用して、漆黒のスーツ、フード付きのガウン、目だけを隠す仮面、左手の薬指に指輪、両腕にそれぞれ違った腕輪、背中に太刀を差して、瞬時に身を固める。


 刹那、私は凄まじい能力値の上昇に見舞われた。

 脳裏に無数の情報が映し出される。



 HP+312%

 MP+160%

 物理攻撃力+208%

 物理防御力+264%

 魔法攻撃力+150%

 魔法防御力+259%

 敏捷性+204%

 五感+100%

 第六感+100%

 運+50%


 全属性耐性Lv9を付与。

 物理耐性Lv9を付与。

 魔法耐性Lv9を付与。

 状態異常無効を付与。


 【不屈の衣アイギス】、【B8】により14種のスキルが使用可能、さらに7種のパッシブスキルを発動。


 【バングル・オブ・バエル】により10種の魔法が使用可能。


 【不死鳥の因果律】により2種のパッシブスキルを発動。


 ……etc。



「な、なんだこれは……」


 圧倒的な充足感に満たされて、私は絶句する。

 体の底から爆発するように力が湧き出ているにもかかわらず、不思議なことに心は落ち着いていた。

 これが武装するということなのか……。


 私は改めて自分の格好を確認する。



 着用した装備品の中で、星級宝器は二つ。

 漆黒のスーツと、左手の薬指に嵌めた指輪だけだ。


 前者は【傲慢】。

 あらゆる状態異常を無効にするなど、複数の効果を保有する。

 本来であれば光属性の魔法やスキルが使用不可能になるなどの制約が存在するが、デミゴッドである私はそのリスクを受け付けない。

 公式の設定によると、神と人の血が混じったその有り様を、傲慢の魔王はいたく気に入ったらしい。


 後者は【ラーの指輪】。

 サーバー内に二十体しか存在しない裏ボスモンスターのうち、とある一体を召喚するという、バランス崩壊必至のアイテムだ。

 ただし、これを使用すると、そのボスモンスターを召喚している間、毎秒単位でものすごい量の経験値を吸われて、どんどんレベルが下がってしまう。そのためこれは保険の意味合いが強い。


 ちなみに、私がラーの指輪を用いて召喚する裏ボスモンスターは、100レベルのプレイヤー32人と互角の力を持つ。



 その他の装備品は、私が作成した異次元級のアイテムとなっている。どれも選りすぐりの品々だ。

 星級宝器には叶わないとしても、異次元級の装備品というのは強大だ。なにしろ、100レベルの戦闘職のプレイヤーでさえ、全身の装備箇所を異次元級の武装で埋められなくても不思議ではないのだから。


 よし、これで準備は万端だ。


「ひとまず、森の外に出よう。この世界がラグナロクの中なのかを確かめるんだ」


 私は周囲を警戒をしながら歩き始めた。


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