第3話 さよならの海風《ヴェントゥス》

私の朝は、一杯のコーヒーとアニソンから始まる。冷蔵庫から父の淹れてくれたアイスコーヒーを取り出し、その場で一口含む……にっが!あいつブラックコーヒー淹れやがったなっ!?

そして、お気に入りの美少女アニメのアニソンを流す。窓から差し込む柔らかな光を浴び、ゆっくりと時間が流れるのを感じる。


父親が淹れてくれたコーヒーを啜りながら、スマホを開いてみる。5月21日、13時26分。父からラインの通知が来ていた。


「ごめん、お前をしばらく一人にしてしまう。」


そういえば、父の姿をまだ見ていない。なにか嫌な予感を感じ、窓の外から父の車を探すが見当たらない。


まるで寝ようとしていたら明日提出の宿題を思い出した時のようなゾッとする感覚。私の視界の端に、テーブルの上に置かれた置き手紙が映った。


乱雑に封を切り、紙を取り出す。そこには、父が母を救いに海からリミナルスペースに行くという訳のわからない内容が書いてあった。母の死因は交通事故だし、異世界に放り込まれて死んだわけじゃないはずだ。私に理解できたのは、「ここで父を探しに行かなければ一生後悔する。」ということだけだ。私と父の中で、海といえば一箇所しかない。母が生きてる頃はよく家族で来ていたらしい、清水浜だ。


私は自転車に乗ると、夜の暗闇を少しの不安も持たずに駆ける流れ星のように、清水浜へ向かった。


私が太宰治の著書『走れメロス』の主人公、メロスのような速さで清水浜に着くと、海に映えるジーンズ姿の父が砂浜を歩き回っていた。


『父親っ、なにしてんのっ!めっ!あんま勝手なことしてるとドッグフードあげないよ!』


リミナルスペースへと向かうための石を探している俺の耳に、聞き慣れた声が聞こえた。しかし、15歳になった娘、ユキミの声は少し大人びている…冗談のセンスは昔から成長していないが。


「ごめんな、ユキミ。自分勝手だよな、俺。でも、俺はどうしても、ママを救いたい。大好きだから。あんな死に方してほしくなかった…!」

 

 ユキミはきっと俺が何を言っているかも理解できていないだろう、しかし、涙を堪らえる俺を慰めようと、声をかけてくれた。


『父親、いや。足達ライト!だっさいぞおまっ…娘を置いてくなっ、あと勝手に進めんな!』


娘の言葉は決して慰めなんて優しいものではなかった。俺はずっと娘の気持ちよりも、妻の事を優先してしまっていたのだ。


『そんな悲しそうな顔すんなよもぉ…。ほら、私もその石探してやるからさ。』


それから俺は、娘と石を探しながらいろんな話をした。ゲームの事、ユキミがハマっている美少女アニメの事、そしてユキミの母であり俺の世界で最も愛する妻、シンヤの事を。


小さい頃に通称、深夜街という街で知り合った女性で、俺を家に泊めてくれたのが出会いだった。


深夜街にいたのは2ヶ月ほどだったが、街を出ても頻繁に会いに行き、よく遊んでいた。

というか、俺で遊ばれていた。そして一人称が『僕』から『俺』に変わる頃、俺はシンヤに告白し、付き合った。付き合って何か変わったか、と聞かれれば、大して変わってはいない。…刺激的な夜が増えたくらいだろう。


そんな話をしていると、娘が「もしかして、これ?」と石を指さした。


うん。たぶん、それだわ。


「ありがとう、ユキミ。じゃ、ちょっと行ってくるよ。帰ってきたら、また、ゲ…ゲームしような…。」俺は泣かずにはいられなかった。愛する娘と離れるのだ、あの世界は過酷そのもの。きっと娘の事を考える暇すら与えられないだろう。

しかし、大切な人が去って悲しい気持ちは俺が一番良く知っている。娘に同じ苦しみを感じさせないために、必ず生きて帰ってこよう。


『おいライト、おまえさっマジで…さっきも行ったけど…置いてこうとしないでくれる?』


娘は俺の手を取り、バ●スを放つような形で、娘と俺はペットボトル大の大きさの石を手に取った。


はぁ…ほんとになにこの娘。さすが俺とシンヤの娘。いい子。


『れっつ!リミナルスペースッ!』

「おぉー……。」

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