リミナルスペース探訪記
猫山鈴助
第1話 肝臓の海
右足のちぎれた残骸が"プチッ"という音を立てて千切れたとき、生臭い血のような海の出口であろう砂の地面にようやく左足と右腕がかかった。
残されたのは俺と、豆の園の少女のみだった。
俺がこの世界に来てから6年間…最後の最後まで粘り強く俺を信じて付いてきてくれた仲間たちはこの血みどろの海に無数に仕掛けられている蟲獄の罠でぼろぼろの欠片に変わった。
砂の地面を少し進むと空間がナイフで切り取られたように真っ白な空間があり、進むと真っ逆さまに落ちる。全身が強風に吹かれ、蟲に食われて千切れかけていた右手の薬指が上へ上へと飛んでいく―。
―気がつくと俺は引っ越す前の自宅に座っていた。昔に壊れたはずのテーブルの上には10年前に突然行方が不明になった妻がいつかの誕生日にくれた手紙がある。
「帰ってきた…、しかし…ここは…?」
ポケットを探ると、自分のスマホを見つけた。これも昔のものだ。電源ボタンを押すと、視界には『2018年5月21日』という文字が飛び込む。
俺があの世界へ行ったのは2024年の5月21日のはずだ。どう考えても時間が巻き戻っているとしか思えない。しかし、なぜ2018年に戻ってきたのだ…?
俺はあの異世界でやっていたように、法則性を考える…。この世界で起きうるすべての事象には何かしらの理由があり、確実に法則性があるのだ。
「6年か…時間が戻ったのは。」
俺の頭に、ふと一つの予想が浮かんだ。
「もしかして、俺が異世界にいた年数だけ時間が巻き戻っている?」
俺は2024年5月21日、海岸で娘と遊んでいるときにきれいな石を拾った瞬間にあの異世界へ入り込んでしまったのだ。その日から異世界で過ごした日数を引くと、計算が合う。
俺は手元の妻の手紙に視線を戻す。
もしかしたら…、もう一度あの世界へ行き時間を過ごすことで、妻が行方不明になった2014年に戻り、阻止することができるかもしれない。
2024年5月21日の午前10時くらいにあの石に触れたのだったな。
今すぐ海へ石を探しに行くことも考えたが、1度目の2024年と同じ状況で石を見つけるため、前回の行動は変えない方がいいかもしれない。
それに、あの世界で少しでも生き延びる可能を上げるためにサバイバルの技術を磨くチャンスでもあるだろう。
そんなことを考えていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。何者かと思っていると、『ただいま〜』という娘の声が聞こえてきた。
ええと、2018年は娘は9歳だったか…。
私の愛する娘…ユキミが目の前にいる、あの世界に行ってから今までたくさんの死線を越えてきた…その結果が俺の前にいるのだ…、
「今日学校でさ〜…えっ、パパ、なんで泣いてんの?うんち漏れた?」
妻を助けにもう一度あの地獄へ向かう必要がある。今すぐにでもあの世界に立ち向かうために動き出すべきだろう。しかし、今はもう少し…この幸せを噛み締めていようと思った。
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