さすらい人

@ryo-sarashina2024

序章

 閑散とした森の小屋でマックスは暖炉にくべる薪を選別していた。

「くそっ……。」

 素手で作業をしていたのが祟り、木くずが刺さって指に傷を創ってしまった。それを舐めてからマックスは薪をもって家の中へ入っていく。

 マックスが主となってはや10年程が経過する木造の家は、冬の厳しい寒さが堪える。今は亡き先代の主の写真が見守る居間でマックスはそこはかとなく虚無感に襲われるのであった。

 マックスは裕福な地主の家の一人息子で、もともと法律家になるよう父から命令されていた。地主の跡取り息子であった父親は早くから英才教育を受け、官僚となることを両親、つまりはマックスの祖父母から期待されたのであるが、成績が振るわずに断念し、音楽や美術を趣味としてただ不動産収入を貪り食ういわば高等遊民であった。そのような父のもと生まれたマックスは早くからピアノや作曲を始め、音楽好きな子どもとして育ち、幸いにもそこで才能を発揮し始めた。

 ところがこの才児に横やりを入れたのがほかならぬ父であった。彼は自分の果たせなかった夢をマックスに一方的に託すこととしたのである。マックスは村の初等学校を卒業した13歳の折、都会の寄宿舎付きのエリート学校に入学させられた。父親が学校にありったけの寄付をしたうえでの無試験入学であった。父が亡くなったのち、母にその事情をきいたマックスはそれにたいそうな嫌気を覚えたのだが、そんな入学の仕方であったものだから、いざ入ると周囲の優等生についてゆくことができず、成績は落第であった。おまけに離れた地での寄宿舎生活である。大好きな音楽もろくにできず、わけのわからない数学やら法律やら経済の学習ばかりで苦痛極まりない。突然、見知らぬ世界に放り出されたマックスはノイローゼになり、何度も脱走を試みては捕まって引き戻されるということを何度も繰り返した挙句、最後には学校の手に負えないということで放校となったのだ。

 放校となったマックスに追い打ちをかけたのが父であった。父は真っ赤に怒って、お前にどれだけ目をかけてやったのかわかるか、きちんと社会にご奉公して立派になるためには学校での鍛錬が不可欠だというのに、それをお前は怠って放校という無様な結末を招いた、と。もともと酒癖のひどい父親だったが、マックスが放校となって以降一層悪化した。それもあって父の健康状態は悪化の一途をたどり、マックスが19になる年にとうとう死んでしまった。

 あとには、マックスと母のふたりが残された。父の遺産の多くをマックスが引き継ぐこととなったため、生活には不自由しなかった。実家に戻ってからというもの、マックスはただひたすらピアノの前に座って好きなだけ古今東西の名曲を弾いたり、あるいは自分で曲を作ったりという日々であった。生前の父はマックスのその姿をひどく嫌った。おそらく、どこか自分の達成できなかった目標を託した息子が、自分が趣味としていた分野に限って才能を発揮するのをどこか妬ましく感じるところがあったのだろう。

 マックスは放校後は地元の父の知り合いの作曲家に師事して作曲やピアノ、声楽を習ったが、ここで才能を発揮し、自ら作詞・作曲した曲を弾き語りすることもあった。しかし、マックスの作品は思いのほか評判にならなかった。というのも、楽壇の気難しい大御所や悪意に満ちた評論家たちが、ぱっと出の青年の台頭を快く思わず、何かにつけてその未熟な点について針小棒大にあげつらったのである。何人かの自分の師匠の擁護もむなしく、マックスの作品が繰り返し演奏されるということもなかった。その結果、マックスは作曲家・音楽家ではあるが、その実は殆ど不動産収入だけで生きているという状態に陥っていた。生きるのには何一つ困らなかったものの、マックスは自分の才能を認められないもどかしさで悶々とした日々を送っていたのだ。

 マックスが25歳の時に母もまたこの世を去った。マックスはただひとり、作曲にいそしんで生活した。

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