第106話【運命の輪を回す、無双の神】

「いやぁ、驚かせて悪かったな」


 部屋の入り口と、僕の寝ていたベッドの死角の床に落ちていた、武藤さんが後ろ頭を掻きながら言う。

 そういえば寝相が悪くて、普通のサイズのベッドから落ちる、と言っていたことを思い出して、ほっとする。


「びっくりしました。本当に落ちるんですね……ベッドから」

「何でかわからんがそうなんだよな……」


 朝から驚いたけれど、身支度を済ませて朝食を作る。

 昨日の夜食の時に朝食の話も出て、何事もなければ僕が朝食も作らせて貰うことになった。


 炊飯器はないので土鍋でごはんを炊く。

 それから卵焼きと、焼き魚、お味噌汁。トッピングには大根おろし。

 和朝食だ。


 料理スキルのお陰でかなりの時短ができたので、浄化スキルで土鍋をきれいにして、おにぎり用のごはんを炊く。

 今日は有坂さんも朝食を僕たちと食べることになっている。

 武藤さんが彼女を出迎えて、テーブルには朝食が並ぶ。


「おはよう、真瀬くん」

「うん、おはよう、有坂さん。今日は髪型変えたんだ。それも似合うね。すごくかわいい」


 今日の有坂さんは長い髪を1つに結い上げた、ポニーテール。シュシュと飾り付きのヘアピンがよく似合っている。

 僕の言葉に照れながら喜ぶ有坂さんは今日もとても可愛い。

 世界の危機が去って、平和になったら、どこかにデートにいけたらいいな。


 4人でテーブルについて、朝食をとる。何だか、不思議な光景だ。母以外に振舞ったことがない、僕の作った朝ごはんをみんなが美味しそうに食べてくれている。


 世界中で大変なことなったけれど、僕はこの光景を忘れたくないな、と思った。


 母さんは原国さんと食べてくれているだろうか。父と夢の中で、どんな話ができたのだろう。


「そういえば、夢に父が出てきて、少し話をしたんだけど」

 食事の合間に、夢の中の父の話をみんなにする。


「誰も悪くはなかった、ってことなのかな?」


 有坂さんが小首をかしげる。少なくとも、父は悪意を持って願ったわけではないし、僕たちは異星の神に憎悪を向けられ楓さんを奪われはしたけれど、大半の分体はその憎悪に付き合うことはしなかった。


「地獄への道は、善意で舗装されてるってやつか。善意と善行っていうのは別のものだからなあ……」


 武藤さんは味噌汁をすすると、ぽつりと言った。


「善と悪。俺たちは大きな力を得て、世界の危機に直面している。仲間に星格オルビス・テッラエがいることそのものが最早チートに近くもあるが、それでも問題は解決していない」


 僕たちは、その言葉に頷く。

 問題は山積したまま、危機も去ってはいない。

 例え7日を越えても、その先もずっと人々が生きていける世界を保つにはどうしたらいいだろうか。


「元の世界には戻せるの? それとも戻せないの?」

「綺麗に元通りにすることはほぼ不可能だ。僕が魔法を敷くのにかなりの量の魂を使った。今の全人類の10倍は魂がないと、書き換えなおすことはできない。完全な神ではない僕の持つ力ではそれが限界だ」


 星格オルビス・テッラエが言い、食事に戻る。


星格オルビス・テッラエが完全な神になる方法はあるのか?」

「わからない。僕は元々、魂の循環システムでしかない。神は君たちなんだ。僕はその望みを叶えたいだけで、僕自身が神になりたかったというわけじゃない」


 人の願望を叶えるために星格オルビス・テッラエとなった。今は僕たちに「運用してくれ」とさえ言う。


「魂の循環。複製したものを掛け合わせるって話だけど、元の魂はどうなるの」


「強い執着を持つ者以外は輪廻システムを稼動するエネルギー個体として内部に留まる。おおよそ100年。その間に自らが守護する者が生きる手助けをしたりもする。強い執着を持つ者は、人や場所、家系に憑く。大体300年くらいまでは形を保てるが、それ以降は難しい。あとは御霊として祀られて数百年、あるいは千年を越えて存在し続ける者もいる。君たちは神の因子を持っているから、何にでもなれる。ただ、今はダンジョンの影響で魂は現世には残れない。神として祀られでもしない限りは」


「幽霊って実在するんだ……」


「人の魂はどこにでも在る。神だから姿形はどうあれ、信じた者になる。魂に否定形は存在しない。こうありたい、あるいはこうなりたくない、と強く思い、行動したものにこそなる。善悪の概念が、場所や時代で大きく変わるのは人がそれだけ大きな可能性を持っているからで、普遍はあれど、不変はないよ。君たちは望む。善きも悪しきも、自覚があるなしに関わらず、望みを持たない者は存在しないように」


 世界の仕組み。僕たちの存在。


「僕が魔法を敷けるのはあと3回。その3回をどうするのか、君たちが選んで欲しい。僕ひとりで望みを叶え続けた周回はどれも上手くは運ばなかった。勿論魔法を使わない、というのも選択として在る」

 

 世界のルール。法則の変更。


「僕たちだけで、決めていいことではないですよね。それって……」


 責任が重大すぎて、想像も及ばない。


「僕は君たちを主神として定めた。人類全員の望みをデータとして供与する。君たちが決めて、僕に命じればいい」


 星格オルビス・テッラエが、僕を見て、告げる。


「特に君は基点となった男の息子だ。運命の輪を回す、無双の神。すべての始まりと終わり。僕が与えた力を見ても、わかるだろう? 神としての権能。スキルを他者へと配布可能な運の要素を強く持つガチャ、そして、君の引き当てた、不老不死。僕は君が世界の運営者であればと願う。ごはんもおいしいし」


 最後の一言以外、それはとても衝撃的な言葉だった。


 僕はてっきり、星格オルビス・テッラエは武藤さんを相棒に選んだと思っていた。

 大人で、怒る時には怒ることも、厳しい判断もできる人。発想力も豊かで、人を見る目もある。


「僕には、そんな大役は」

「勝手に真瀬くんひとりに、背負わせないで。どれも、真瀬くんが選んだことじゃない。ごはんがおいしいこと以外は」


「運命とはそういうものだ。それに、別に真瀬敬命ひとりだけというわけではない。可能であれば運命固有スキルを持つ全員に僕は神となって欲しいのが本音だよ。僕には人間の願望は複雑すぎる。体を得て理解したのは、周囲の人間に僕自身も影響を受けるということだ。君たちといるのは心地がいいよ。ごはんもおいしいし」


「確かに坊主のつくるメシは美味い」

 武藤さんがそこにだけ同意をして、卵焼きを食べる。続いて、ごはん、お味噌汁。

 お茶碗が空になった。


「おかわり、いります?」

「あるなら貰いたいね。美味いよ本当、お前のつくるメシ」

「僕もおかわり!」

「私も、手伝うね」


 ごはん作って、世界を平和にできたらいいんだけどな。なんて思うのは、みんなが本当に喜んで食べてくれてるのがわかるから。


 有坂さんとふたりでキッチンに立って、お茶碗にごはんをよそう。

 湯気の立つ、温かなごはん。有坂さんが茶碗を運び、僕は僅かに残ったお味噌汁を鍋ごと持っていって、武藤さんと星格オルビス・テッラエのお椀におたまで注ぐ。


「食べ終わったら、残りのごはんをおにぎりにしますね」


 ごはんを食べること、生活をすること、眠ること。健やかに安心して、全人類がそうできたら、と願う気持ちはある。

 だけど夢で父さんの願いの話を聞いた。それによって生まれてしまった、綻び。破綻してしまった世界。


 すべての人たちの救済を望むことがそのもの間違いだったなんて、そんな悲しいことはない。

 やり方を考えなければいけない。被害者を出さない方法を。

 そして、出してしまった被害者の救済を。


 食事を終えて、僕たちは原国さんの元へ、転移した。


 そこにいたのは、原国さん、そして負傷した伏見宗旦だった。

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