第77話【節制の名を持つ男】
「人類の滅亡は、魔族によってもたらされるものが殆どでした」
原国さんは言う。
「今まで行われなかったことが一気に行われたことで、全てのバランスが崩壊することで滅ぶのです。人も星も」
それはとても重い言葉だった。
僕たちは無言でエレベーターを下りた。
「それをどうにかするためにアンタは頑張ってきた。そうだろ? 今回が一番上手くやれてる。みんなで何とかしようぜ」
武藤さんが言い、みんな頷く。
沈んだ空気でいても、どうにもならない。どうすればそれを回避できるのか。
僕たちだけでなくみんなのアイデアで、何かが上手く運ぶかもしれない。
向かったのは楓さんを迎えにいく前に、話をしていた最上階近くの部屋だ。
部屋の前には母さんがいた。
僕を見てほっとした顔をして、みんなに頭を下げる。
隣にはスーツ姿の体格のいい、長身の女性が1人。
「無事でよかった。怪我とかしてない?」
「大丈夫だよ。母さんも何か困ったことはなかった? 大丈夫?」
僕もほっとする。たったひとりの家族である母がいつもの顔をしていた。それだけで、僕は頑張ろうと思える。
原国さんが隣にいた女性を紹介する。
「私の相棒である
「よろしくお願いします。原国さんに無茶を言われて大変でしょう?」
困ったように笑って言う。この人はどこまで何を知っているのだろう。
「彼女には言えることは全て話をしています。
僕らを見て微笑んだ原国さんは、そう説明してくれた。
「無茶ばかりさせられましたが、こうなってみると本当、やってよかったことばかりですよ。とにかく、部屋で選定をしましょう。リストは用意してあります」
「選定ですか?」
「ええ、武藤さんにスキルを使って頂き、話すべき相手と話してはならない相手の選定を」
彼女は紙の束を挟んだボードをコンと叩きながら言った。
僕たちは観音開きになるドアを開け、部屋へ入ろうとした。それを原国さんが腕をあげ、制止する。
部屋の奥、机の前に男がひとり、立っていた。
武藤さんに似た、壮年の男性。微笑み、僕らを見ている。
「
僕の横で、母さんが呟くように言う。父の、名前。
「この姿は仮初のものではありますが、真瀬零次が今も生きていたのなら、この姿だったでしょうね」
男が言う。父の姿を持つ、何か。
一体、これはどういうことなのか、原国さんを見る。
原国さんも愕然とした表情を浮かべている。
これは、誰も知らない、何かだ。
「私はこの星の格の姿持つひとり。敵対をするつもりはありません」
淡々と、言う。父さんの姿を借りた、その人は、人ではなく。
「星の分体か。私たちに何をしにきた」
楓さんが言う。神に分体が作れるのであれば、その神性を得た星が、それを作ってもおかしくはない。
「ゲームのルール、勝利条件の説明をしにきました」
男は、にこりと笑うと、そう言った。武藤さんの言った欠けたゲーム性。
ゲームのルールと勝利条件。
僕たちに今提示されているクリア条件は『レッドゲートを48時間以内に全て潰さなければ、そこからモンスターが
それ以外の何もかもがわからない。
「武藤楓の復活をもってルール説明を行う設定なのです。まさかここまでの周回を要すとは思わず、やはり何事も初めてのことはそう上手くは運ばないようですね」
どこか他人事のように、男は言う。
「何故、我々だけに説明を?」
原国さんが口を開く。どうしてアナウンスではなく、分体がわざわざ姿を見せて語るのか。しかも、父の、姿で。
「そういう設定だとしか。私は分体に過ぎませんので、攻撃の機能もありません。そう警戒せずに、どうぞこちらへ」
「……嘘は言ってない。こいつは、星の分体で、攻撃系も洗脳系も害をなすスキルは持っていない」
武藤さんが言う。直感スキルがそう告げたのだろう、率先して部屋へ入る。
僕らはその後に続き、ドアを閉めた。母さんを僕の隣に座らせる。目が潤んで、震えている。視線の先は、父の姿をした男。
どういうことなのか、何が起きているのか、問い詰めたいはずなのに黙って自分の服を握り締めて我慢している。
母さんは、我慢強い人だ。弱音も吐かずにいつも平気な顔を見せてくれている。
その母が、僕の前でも感情が溢れるほど動揺している。
消えてしまった夫の姿をした別の何かが目の前にいる。
「まずは母さんに説明をしてくれませんか。僕の父のことです。あなたが姿を借りている男は、僕と母の大事な家族です」
僕の言葉に、男が頷く。
「彼の魂の情報にあなたたちは確かにいますね。彼の肉体はこの星由来のものですが、魂は別です。異世界の堕ちた最古の神の分体である魔王の因子と最古の人類の勇者の因子を持つ特別なものでした。この星でありえない死因によりその魂の銀貨が、彼を守護する神の分体の魂と共にばら撒かれ、システムであった私達は変質した」
男は楓さんがした説明と同じ説明を、した。母はそれを食い入るように見つめて、自分が涙をこぼしていることにも気付いていない。
母の手を握る。その手を母は、もう片方の手で包み、優しく力強く握った。
「システムであった私達に意識、自我、欲望が生まれました。それは渦巻き、統制は取れず混乱をした。分かつためのキーである武藤楓の覚醒と共に、ようやく我々は分かたれた。そして私は
「節制のラテン語読み……七つの美徳か?」
武藤さんが言う。ラテン語を知らない僕でも発音された名前の意味が『節制』だとわかる。言語の壁がなくなった、というのはこういうことでもあるのか。
「ご明察。我々は異世界の神性と人と魔王から力を得、この星の人類の生んだ概念から生まれたものです。多くの人が信じるものを形として得てしまった。そして、原国左京という人間が死に戻る力を得たことで、αテストが始まった。繰り返す滅亡の中で、我々がひとつである限り、この破滅を避けられないことを知った」
原国さんは死に戻るたびに世界に変化があったと言った。
「ゆえに人類亡き世界を回避するためのβテストを行いました。それがあなたがたの言う夢現ダンジョン。そこでも多くのテストを行った」
そこから、あの夢現ダンジョンを何度も繰り返した、とも。
「そして今、ようやく異世界の神の分体の叡智が目覚めたことで、我々も個々に分かたれることができたのです」
「何故その姿なんですか。私の、夫は、どうなっているの」
母が、涙をこぼして問う。
「取り戻したいですか。彼を」
「当たり前でしょう! 私の夫を、この子の父親を帰して!」
母の涙も激昂も、初めて見る。
僕には決して見せなかった、姿。
「我々としても、彼の因子を回収して頂きたいのです。彼と異界の神の分体は、システムにとっては異物です。取り除かねばなりません。因子の回収が全てできたのであれば、姿も魂もお返しできます」
「……本当に?」
「はい。ですが、それを望まぬ我々もいます。彼らを打ち倒さねばなりません。そして」
男は言葉を区切り、
「悪人の死による魂の回収は、彼らの力となることを私は伝えにきたのです」
そう、僕たちに告げた。
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