第78話【善悪の彼岸】
「悪人の魂から創られるのは、モンスター、そしてそれから得られるコイン。攻撃性の高いスキル。そしてダンジョン。それだけでなく、七つの悪徳を持つ星の分体のエネルギー源でもある」
それは以前、伏見という男が僕たちにした説明と近い説明だった。
徳川という男と共に、魔王の因子を何故か多く取り込んだ男。彼らの目的も、わからないままだ。
「つまりそれだけ悪意的なものが地上にばら撒かれ、そして力をつけていくということです。人は力を持てば使いたくなる。それがどんな破滅的な力だとしても、試したくなるものです」
それはスキルを得る以前から、そうだった。人間とはそういう生き物だ。
可能性があれば、試す。その成果を得るために。そして、その結果を知るために。
未知への探求。
探究心がない人間は、いない。
だからこそ、知識や力は魅力的なのだ。
「と、いうことは……悪人を殺さずどうにかする方法があるということですね?」
原国さんが口を開く。以前の周回の知識から何か思いついたのかもしれない。
「血の蘇生術、そして反魂。それらによる復活者は聖女の加護を得て、魂の浄化の力を得ます。有坂さんが聖女スキルを得れば、彼らも覚醒する」
有坂さんが「その浄化とは何ですか」と挑むように訊く。
「血の紋に干渉する力を持っているのは貴女だけです。そして貴女の血の蘇生術、反魂によって蘇った者たちは、聖女スキルの覚醒と共に特殊スキルを得ることになる。それこそが真なる魂の浄化。カルマ値に干渉する力。聖職者職を得た彼らは生きた神殿足りえます」
聖女の力は、血の蘇生術と反魂を持って完成する。
そして、その力を受けたものにも浄化の力を与える、と男は言う。
「異世界で言うところの告解。罪の告白と共に与えた苦痛をその身と魂で味わい、その罪科により、経験値等から被害者へ賠償として譲渡することで成されるカルマ値への干渉術です。故に罪の重すぎるもの、還すべき相手が肉体を失っている者には肉体に血の紋が現れる。彼らは浄化を受ければ、肉体の一部を永久に失う。罪によっては、消滅することもある」
「回復魔術での回復も受け付けないってことか、それは」
「ええ、そうです。他者から我欲で奪ったもの、搾取した者の末路です。ですが、魂は安寧を得て、救われます。悪事を働く程の魂の渇きを失うのです」
それは成仏、みたいな概念だろうか。
文字通りの改心をして、その人の悪性を祓い、善性を思い出させるような。
そんな力なのだろうか。
「殺した相手が蘇生術で蘇っている場合はどうなる?」
「殺された者の罪科と相殺した結果、どちらかに賠償が下ります。魂の裁定。それは相手が生きていても同じ事です。告解は全ての罪においてに平等です」
「そうなると知っていて、告解を受けると思うか?」
自分の罪を自覚している者にとって、それは恐怖だ。
罰を受けたくないと、結託を促すことになる。
報いを受けることから逃げる人も多いだろう。
それが別の悪徳を産むこともある。
「告解の強制は可能ですか」
ぽつりと有坂さんが言う。
僕は夢現ダンジョンでのあの男を、思い出す。
僕たちを殺そうとして、敗北して自害したあの男を、死に逃がさない、と彼女は蘇生術を使った。
「可能です。聖職者と聖女には、その力がある」
「その根本的なところを聞いていいか。善悪の彼岸、その裁定は誰がどのようにして行う? その判断基準は何だ」
武藤さんが問う。人や分野、場所によって善悪の基準は違う。
それをどう、裁くのか。
今までは人が人の世にルールを作り、法を敷いてきた。
ルールなしに、人間は生きられない。
どんな悪人にも、集団になればこそ、何かしらの掟やルールがある。
「星の法です。この星が敷いたルールは人々が最もよく知る戒律を元に作られている。道徳的規範に反する罪悪に属するものを罪とする。この星の人間が、神という機構を持たずとも繁栄した礎。十戒、あるいは十善戒。人の多くが禁忌を感じるもの。滅びを呼ぶものを総じて罪と呼び、悪とします」
星の分体も、人間の概念から作られていると、彼はそういった。
「そもそも何故、この世界に神という機構がないんですか?」
僕は母の背をゆっくりと擦りながら訊く。
「人が神より先に信仰を得たので、星が不要としたのです。自らの魂の感じるところから、信仰を得て、そして法を敷いた。異星では神のするそれをあなた方は全て自ら行った。だから星も格を得る必要はなかったのです。導かずとも、畏敬の念を持ち、善悪を持ち、法を敷き、裁定をし、選択を繰り返して、自らの道を歩んできた。だからこそ我々も悪徳と美徳に分かつことが出来た」
僕たちの、獲得してきたもの。
意志と戒め、堕落と悪行。その全て。
「私は人の持つ、節制という概念を愛しています。故に分体としてその形を得た。この星の分体は、人類の美徳、悪徳に問わず、それぞれを愛している。それゆえに、今までの周回では、バランスがとれず人と共に我々も滅んできたのです。我欲による愛欲は、相手も自らも滅ぼすことであり、人も行ってきたこと。我々はどこまで行っても、どうしようもなく人類を愛してるから、ひとつのままでは、そうなり得てしまうのです」
「愛情、愛欲。完全な独占を求めたら、それはもう愛ではなく毒となる。全て腹の中に収めたくなる。……そういう、ことでしたか」
原国さんが、言う。
「このゲームには、いくつかの勝ち筋があります。それと、これをすれば、絶対に詰むという禁忌も」
不撓不屈を体に宿した男は、静かに、そう告げた。
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