第68話【制約問答】
「それは、何故ですか」
原国さんの言葉に、有坂さんが言う。
「坊主に人間辞めろってのは俺も賛成できない。アンタが何を見てきてどう感じたかを俺たちはほんの僅かしか知らない。それがどれだけ過酷だったかも想像しかできない。その何もかもを説明するだけで36時間の制限時間は簡単にオーバーするだろうが、何の説明もなしに坊主に不老不死になれと言うのは、人の道から外れすぎちゃいねえか」
武藤さんも眉間にシワを寄せて言葉を投げる。
「アンタが積み重ねてきてくれたものには感謝してるんだ。だけど、どんな事情やどんな状況だったとしても俺たち大人が、どれだけしんどくても、子供に言っていいことじゃないだろ」
それを聞いた原国さんは微笑む。
「あなたはどの周回でも、同じ事を私に言った。互いが、敵であっても。正直に言えば、私はこれまでの周回で何度もあなたたちを殺してきた。敵対した時も、仲間であった時も。誤解しないで欲しいのは、これは脅しではなく、情報共有です。今回私は、誰ひとり殺す気はありませんし、誰も殺してはいません」
原国さんの告白はただただ静かで、だからこそそれが本当のことなのだというのが伝わる。
諦観を感じさせる、静かな言葉だった。
「そしてまだ、言えないことが私にはある。死に戻りで得た情報には、一定条件が果たされて初めてそれを伝えることができるという制約があります。それでも私は、真瀬くんに願いを口にするしかない。決めるのは真瀬くんで、私は強要はしません」
きっと幾度もの周回で、僕にそれを願ってきたのだろう。
どうして、別の周回で僕はそれを使わなかったのだろうか。誰にも使わず、封印してきたと原国さんは言った。
「……死に戻りの制約は他にもありますか?」
絶大な力には、制約がある。紅葉さんもそうだった。多分僕のガチャにもそれは、ある。
「死に戻りで得た情報を故意に捻じ曲げて話すこと、嘘を告げることは出来ません」
スキルによる制約は、最初に提示されない。
そうしようとして初めて、『禁止事項』、デメリットが判明する。
夢現ダンジョンでの真実クエストにあった『名前と身分を偽れない』のも制約だったように思う。
やろうとして、初めて気付く制限。
「ガチャスキルの制約を、原国さんは知っていますか?」
僕のガチャスキルを武藤さんは『神にも等しい力』と言った。ならば大きな制約があるはずだ。
「ガチャスキルにも制約はあります。1つは我欲のために使い続けることはできず、一定水準以上の分配をしなければ取得スキルに限界を迎えます。もう1つは職業。共有者を得ることが不可能になり、職業は独占者となります。独占者の職業スキルについては現状お話することは制約によりできません」
「それはつまり、僕が殺されてガチャスキルを奪われた周回もあったということですね?」
「そうです。別人が簒奪したこともありますし、私が君たち全員を裏切り、殺し、君たちのスキル全てを手にした周回もありました」
夢現ダンジョンでの最初の原国さんの問い。
それをそのまま、それを実行した周回があった。だからあんなにも、真に迫っていたのだ。
警告も、全部、この人は経験したからこそ言ったのだ。
数多の死を繰り返して僕たちが『一切の代えがきかない人員』であることを確定させた。
この人は人類の滅亡を止めるためには、手段を選ばない。
選ぶことが、できない。
それは、余りに孤独で、孤高だ。
僕は、必要だとわかっていても、きっと同じことはできない。
「その周回で何が起きた? レッドゲートは出現しなかったんだろ?」
武藤さんが問う。
何故自分たちを殺したのか、ではない問い。有坂さんも何故とは問わない。
あらゆることを試さなければならなかったことが、彼らにもわかるから。
私情に流されることをせず、原国さんが犠牲を払い続けてきたのが、わかるからだ。
正気でいることですら苦痛な、地獄の輪廻。それをどれ程繰り返し、それでも諦めずにこの人は、今ここに、いる。
「ええ、レッドゲートは出現せず、モンスターがゲートから湧き出ることは無かった。それは事実です。ですが、それよりも悪いことが起きた。それ以上は制約で言えません」
僕たちのスマホの運命固有スキルの説明に、追記がなされているのに、気付いた。
原国さんの告げた制約。知れば、記載される。真実クエストのように。
「僕たちの持つスキルの制約を教えられるものはありますか」
僕は問う。知らなければならない。
原国さんが地獄のような周回輪廻の中で、得てきたものを無駄にしてはいけない。
「武藤くんの直感EXには特に制約はありません。有坂さんの聖女は悪意を持って他者や自分を自発的に傷つけた場合、スキルを喪失します。そして真瀬くんの調停者は、秤を意図的に動かした場合真瀬くん自身が死に、蘇生が効きません。故に、私は君に不老不死を願うのです。あなたのすべての死因を、私は知っています。それは君が善人だからこその死です。いつも君はそうだった」
初めて、原国さんが表情を崩す。哀しそうに。
「このことを知っていても、君は、いつだってそうして死んでいきました。君はいつも、自分より自分の大切な他人を選ぶ。時には絶望の中で死を迎えながら、それでも。何度繰り返しても。私にはそれが、耐え難いのです」
さっき2人に対して、答えが言えないと口にしたことの回答。
これは、僕自身が問わなければいけなかったのか。
僕が、どうして何によって死を選ぶのかはわからない。
それでも、もし、その天秤に載るのが有坂さんや武藤さん、原国さん、ダンジョンで出会った人たち、学校の友達やバイト先の店長、僕によくしてくれた人たち……そして、母さんだったら?
僕は、僕の大好きな人たちを失わずにすむのなら、そうしてしまうのかもしれない。
それでも、それが滅亡に繋がるなら、それはただの短い時間稼ぎにしかならないはずだ。
それを告げられていて、尚僕は、自分の命を差し出す状況になるということ。不老不死を封印する理由は何だろう。
考え込む僕を見つめていた、有坂さんが原国さんへ問う。
「最初の基点、トラック事故による死者であったはずの、原国さんと武藤さんは2回目以降、活動ができています」
噛み締めるように言い、そして
「ではもう1人、生き残った人。武藤さんお姉さんが目を覚まし、活動した周回はありましたか?」
そう、問いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます