第57話【選択/有坂琴音視点】
「左京さん、どうせアンタも聞いているんだろう?」
男が艶然とした笑みで言う。
私達の通話は繋いだままだ。だから原国さんもこの話を聞いている。
だけど原国さんの名前は、配信では誰も口にしていない。
上司とだけしか。なのに何故この男が原国さんの名前を知っているのかわからない。情報取得スキルによるものだろうか。
親しげに下の名前で語りかけているのだから、知り合いなのかもしれない。
「ええ、聞いていますよ。あなたの言説は大変参考になりました」
彼の問いかけに、原国さんが答える。
「俺の話なんて概要の一部にすぎない。アンタにとってもな。そうだろう?」
「それを君に語る気は私にはありません。私の部下とのおしゃべりが終わったのなら、君の上司の元へ帰るといいですよ、
原国さんが、男の名を呼んだ。
男は肩をすくめて笑う。
やはり、以前からの知り合い、らしい。
「だから名乗る必要がなかったんだ。俺について聞きたければ、左京さんに聞けばいい。教えてくれるかはわからないがね。まあこの通り、秘密の多い男だ。あまり信頼しない方がいい。少なくとも俺にする警戒程度の警戒心を君たちの上司にも持っておいた方がいいだろうと思うが、まあその辺りは好きにするといいさ。俺にはどうでもいいんでね」
「あなたは原国さんの知り合いなんですか」
「敬命くん、質問をすれば全てに回答してもらえると思わない方がいい。まあ君の純粋さは個人的にはとても好きだがね」
真瀬くんの問いをかわし、男が囁く。
「というわけで俺の仕事は終わった。これで失礼するよ」
そう言って男は背を向けて歩き出す。と、片手で帽子を押さえて一度振り返り言った。
「死者の蘇生、なんて法外な代物が何の代償も無く成るとは考えない方がいい。死は不可逆だ。死者は蘇らない。人間の死者蘇生物語には必ず、代償と教訓がある。よく考えることだ」
私は返事をせず男を真っ直ぐに見る。考えることは膨大にある。与えられた情報の真偽、そして蘇生術について。
男はそれを見て微笑むと、片手を挙げ、去っていった。
「原国さん、話してくれるんだろうな?」
「今は多くは話せません。あの男についてもです。ですが、必ず話します。その時が来たのならば」
話せない理由が何かある。原国さんは夢現ダンジョンの時から、そうしてきた。
それに致命的な間違いはない、と私は思う。
情報というのは多すぎても動けなくなるものだ。私の兄のように、数多の情報に二の足を踏み、自分で実践をせずに他責に走るような人間にはなりたくない。
「アンタが俺たちに隠し事があるのは別にいい。俺は元よりアンタが俺たちに全ての情報を開示しているとも思ってないし、その必要もないと思っている。アンタの立場なら多くの情報処理が必要になるのもな。あの男の言葉を全て信じたってわけでもねえ、ってのも言っておく」
武藤さんも同感のようだった。私はあの男の言葉を、情報について原国さんが否定しなかったことが気にかかり、口を開こうとした。
が、その前に原国さんが言う。
「ありがとうございます。ただ1点、今回の彼の話で私が知らなかった情報があります。蘇生術に対する危惧。有坂さん、使用者である貴女の意見が聞きたい。貴女の体などに何か、変化がありますか」
「いいえ。特に何か変化を感じることはないです」
身体的にも精神的にも何かが磨耗するような感覚も、変質も感じない。もうすでに蘇生術によって生き返らせた人数は150人を超えて200人に届こうとしている。
それでも特に変化を感じることはない。
「私からも1つ。あの男の言葉を原国さんは訂正も否定もしませんでした。大抵の情報は原国さんの持つものと同じ、あるいは類似しているということですか」
「情報というものは、それを発する人間の解釈が含まれる。それを加味した上で、という条件であれば概ねその通りです」
そうであるならば。
「わかりました。私は血の蘇生術を使うのを止める気はありません。あの男の言葉が正しいとするなら、血の蘇生術で蘇生出来るのは善人だということです。選定や淘汰については解決しませんが、人類が殲滅されないようにする必要があります。なら、生きている人は多い方がいい。違いますか?」
蘇生術について原国さんが情報を持っていないのであれば。
私への忠告の形をとった制止については、罠である可能性も考慮する。詐欺師は真実に織り交ぜて嘘を吐く。
その他情報が真実で、蘇生術にのみ嘘の忠告をする。善人を蘇生されては困る理由が何か、が提示されない以上「デメリットがある」と言えば、こちらは力の行使を躊躇する。
そう考えるのは不自然じゃない。とても自然なことだと思う。
だけど、私は、そういう嘘が嫌いだ。
貴女にデメリットがあるからやめなさいという忠告を孕んだ、強制力を感じるものがとても、嫌いなのだ。
私はデメリットが無いことなんて世の中には何も無いと思っているから。
誰かの制限を受けて何かを辞めて、他人を恨みたくは無い。失敗してもそれは人生を積み上げる途中なのだから。
それに、あの男の忠告が、事実であったとしても、デメリットがあるのは私1人に留まる。
人で無くなるという言葉。それが事実であるならば、どのようにしてそれが成るのか。情報を積み上げることが出来る。
これは自己犠牲でもなんでもない。
武藤さんと真瀬くんが私を見つめている。
彼らがいる。真瀬くんがいる。
だから、選べる。
「もし私が血の蘇生術を使うことで人以外の何か……怪物や、人類の敵になるのであれば。武藤さんや真瀬くんが何とかしてくれるんじゃないかって、私は思っているんですよ。だってそうでしょう?」
人を死から救って、私が怪物になるのであれば。
私を救ってくれるのは、彼らだ。
「彼は因果応報の世界だといった。ならば救済をするものは、救済されるということでもあるってことだから」
私が微笑むと、武藤さんは一瞬驚いた顔をして「任せな」と笑い、真瀬くんは、
「僕に出来ることは全部するね」
と微笑んでくれた。
それだけで、揺るがない自信が湧いた。
私は1人ではないから、理不尽と戦える。
「次のダンジョンでも、私は血の蘇生術を使います。準備を宜しくお願いしますね」
原国さんの返事を聞いて、私達は次のダンジョンを目指す。
あの男の落とした情報を互いに、噛み砕きながら。
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