第56話【ダンジョンの正体を語る男】
「アンタは?」
武藤さんが警戒した声音で訊く。
「おっと、スキルを私に使わない方がいいですよ。カウンタースキルが発動して、厄介なことになりますから」
男は両手を降参するかのように挙げて、おどけるようにして言った。
カウンタースキル。スキル封印でもそれは発動するのだろうか。
「星9以下のスキルで私に何かしようとすると、自動で呪詛が飛びます。死にはしませんが、相当の苦痛を味わうことになる。試しますか?」
にこにこと微笑みながら、帽子を被りなおした男は両手をこちらへ広げて見せる。
「アンタは誰で、何が目的だ?」
武藤さんが僕らを庇うように前に立ち、再び問う。
「いえね、私の上司があなたたちに情報と警告と忠告を渡して来い、なんていうものですから。こうして足を運んだ、というわけでして。決して敵対しようとか攻撃をしようというわけではないんですね」
男はにこにこと笑顔を崩さずに言う。
なんだろうこの人は。笑顔で物腰は柔らかいのに、どうにも掴みどころがなくて、違和感がある。
「あなたの所属と氏名を聞かせてくれる気はないんですか」
有坂さんが問う。
「やあどうもこんにちは、特級蘇生術師のお嬢さん。君に、上司から忠告がある」
有坂さんへ、男が目線を合わせる。その目は愉快そうに歪められていた。
「蘇生術は、あまり使わない方がいい。君が人間でいたいならね」
そして、そんなことを口にした。この男は何者で、何を知っているというのだろうか。
その言葉に、首筋がちり、と灼ける感覚が走る。
「正体不明の相手の言葉をそのままそっくり信用すると思っておいでですか」
有坂さんは男の言葉に怯まず、丁寧に言葉を返す。
「いいや、思わないよお嬢さん。だけどね、上司の命令だからね。俺も別に来たくて来たわけじゃないんだ。俺の言葉をどう受け取るかは君たちの自由だ。好きにしていい。何せ命じられたのは伝えることだけで『信じさせろ』とも『理解させて来い』と言われたわけじゃない」
男は言葉を、丁寧なそれから砕いた。軽快な言葉とは裏腹に、受け取る僕らには妙な心地悪さを感じさせるような語り口。
警戒を解かせたいのか、警戒をさせておきたいのか、不明瞭だ。
「俺は早く仕事を終わらせて、上司のところに帰りたいだけなんだ。だからまあ、聞くだけ聞いて行ってよ」
男はおどけるように笑って言う。紅葉さんと初めて対峙した時のような恐怖はない。
だけど、妙な感覚がじわりと残る。
「それで、残りの警告と情報ってのは何だ?」
武藤さんも警戒を解かずに男を見据えて言う。話すだけだというのなら、それでいい。得体のしれない、掴みどころのなさがこの男にはある。敵対すれば厄介なのは間違いないだろうという印象も。
「まずはダンジョンについての情報だ。誰もが知りたいはずだ。何故こんなことになって、大勢の人間が死んでいるのか。その死者がどうなるのか。蘇生の仕組みは? 魔術とは何だ? 謎だらけだ」
男は道化るような仕草で言う。
「アンタたちはそれをどこで、どう知った?」
「スキルだよ、武藤くん。君たちはもう大変な有名人だ気をつけた方がいい。どんな人間に標的にされるかわからない。ああ、これについては仕事での警告じゃない。俺個人の感想のようなものだ」
男は低く笑い、囁く。
「俺の持つ情報は情報取得系スキルで得たものでね。命じられて、そのお裾分けに来たってわけだ。だからまあ、余り警戒しないで聞いてくれ」
正体を明かさず、渡される情報。信用が置けるものではない。だけど、人間は疑問の答えを知りたいと願う生き物だ。
それをこの男は知っている。
「人類の淘汰。選定。殲滅。それらがダンジョンにより起きていることだ。法が変わった。人の観測により人が制定していく法ではなく、魔力により敷かれる法。つまりは魔法だね。ダンジョンは魔法を使う。それにより人間はスキルを得る。スキルは魔法により制限を受けた術式として魂と肉体に刻印される。魔術に詠唱が不要なのは、思考するのと同じように扱えるものだからだ」
朗々とした男の言葉は、衝撃的だった。それでも語られるそれが真実かはわからない。
「そして血は魂の銀貨。何故スキルポイントがコインの形で、モンスターがコインを落とすか。それは元が人間の魂から鋳造された魂による魂の通貨そのものだからだ」
鋳造。溶解させ、鋳型に流し込み固めること。その言葉の通りだとするのなら。
背筋が凍る。
僕は今まで、どれほどの魂を使った?
「モンスターの正体は人間に絶滅、淘汰、搾取、簒奪――つまりは殺されてきた生物に人間の悪性を持つ魂の銀貨を埋め込んだもの。そしてスパイスには、人の想像性と架空性を。人間は物語を好む。夢想を語り、それを信じる生き物だ。どんな嘘でも信じる者がいるように、語られることに人間は抗えない。想像力が作り出すのは進化なのか、あるいは滅亡なのか。まあそんなこと、俺はどうでもいいんだがね」
滅ぼされ、滅ぼした者と同化し、想像でさらに強化されたもの。そんなおぞましいものが、モンスターの正体であるならばモンスターが人間を殺したがるのも納得はいく。
それ以上に、それが事実であるのなら、ダンジョンの成すことが余りに醜悪で思わず表情が歪む。
「ダンジョンはこれまで死んだ最も多い霊長類。つまり人間の血、魂、死から出来上がっている。有史以前から人は人を殺す生き物だ。その死体を食らって、星は成長する。無論人以外の生物の死体もだがね。他の何より雑食だ。人間同様に悪食でもある。そして、食べたもので、体は出来る。どんな生き物でもね。人に人格があるように、星にも星格がある。食べ続けた情報、経験、栄養、この星が食べ続け、成長してどうなるか?」
男は自明だ、といわんばかりの表情で地面を指差す。
「学習をしたのさ。食らい学び、そして成長した。最も数を食らったのは人間。その人間の行いにより、人間が行ってきた全てが返って来ることとなった。皆大好き因果応報が実現したのが、今この時だ。死者はダンジョンに縛られ、血肉も魂も全て素材となる。相応の苦痛と共にね。そして星は人類がこれまでして来たように、殺して得ることにした。殺されたものは、栄養となり、あるいは道具となり、あらゆるものに成形されていく」
男の言葉に、息を呑む。
僕らは、何も言えず男の言葉を聞くしか出来ない。
「だからこそ、その素材となった、魂の銀貨により作られたダンジョン内では蘇生が成る。死亡直前、あるいは無傷の状態で人は再構成される。何せ素材は全て揃っているからね。ただしそれは、カルマ値の低い人間に限られる。カルマ値とは人の行う悪行の数値。簒奪や暴力、殺人。それをダンジョンは数値化し、カルマ値の高いものほどより鋳造量は増す。栄養価が高いものを人はより取り込みたがる。それに習って、ダンジョンもそうした。悪人ほどカロリーが高いってわけだ。故に、一定カルマ値を超えた人間は、蘇生出来ない。カロリーが高いほど消費が追いつかず、定着しやすいからね。人間が太るのとまあ大してかわらない。ダイエットをする必要も無い」
プレイヤーキラーが蘇生できない理由。ダンジョンの持つ悪意。この男の言葉が真実であるならば。
「そうして肥え太り、ダンジョンは増え、鋳造されるものも増していく。狩りから農作へ、農作から工業へ、人の成した発展の結末が今ここだというわけだ。人の創りし、新たな神の誕生と言ってもいいし、人類世界の終末と呼んでもいい」
僕たちは僕たちが積み重ねてきた悪性と、生存を争わなければならない。
人類の業と。
「さて、最後は警告だ」
そして男はずっと浮かべていた微笑を消して
「君たちの上司だが、あまり信頼しない方がいい」
そう、真顔で言った。
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