第6話【真実の腹の中】

「これは夢であるので、思うが侭にダンジョン攻略を楽しむこと」

 原国さんが囁くように言った。


「僕もそれ、聞きました。だから夢かなって」

「夢じゃないかもしれない、と?」

 有坂さんが恐る恐る訊く。


「そうか、違和感はそれか」

 なるほどな、と武藤さんが呟く。


「俺はさ、たまに明晰夢の類をみるんだけどな。それに比べると五感がハッキリしすぎてるんだよな……」

 武藤さんが自分の手を眺めながらグーパーして感触を確かめている。


「明晰夢ってのは夢と自覚している夢だが、明晰夢なんっつっても俺の場合、夢の中なんてもっと曖昧なモンだ。視覚以外の五感の何かが欠けてることも多い。明晰夢の中じゃ、自分の知らない情報も曖昧でな、携帯端末に知らない情報がこれだけ載ってて情報も意識もボヤけない。クリアに頭に入ってくる」


 言葉を切って、原国さんを見た。

「確かに、ただの夢で片付くような代物じゃなさそうだが……」



 武藤さんが自身の違和感を言語化して伝える言葉にどきりとする。

 僕は特に明晰夢とか夢とかは殆ど見ないので、夢ってちょっと楽しいなくらいにしか思ってなかった。



「その上、ここにいる全員が、これを夢だと認識しているし、それを確信しているね? 皆夢だとしても、と言いながら何故か危機感がある。本能的な危機感だ。さて、果たしてそんな夢が存在するのか? とね」


「でも夢ってそういうものなのでは……? 現実というには現実離れしすぎてませんか。魔術もガチャも現実にこんなものはないですよ」


「勿論それはそうだと思う。無論ここが現実世界ではないだろうとは、私も思う」


 それでもただの夢にしては、現実感がありすぎる、とみんな感じている顔をしている。

 とはいえ現実にしては飛躍しすぎている、とも。



 有坂さんはクラスメイトで席も近い。だけど原国さんや武藤さんは全く知らない、しかも近くにいないタイプの人たちで、実在しない夢の世界の住人なのかもと最初は思っていた。


 けど、しばらく一緒にいて、思う。


 実在感というのだろうか、僕の頭が作り出した虚像の人物にはどんどん思えなくなっている。

 それは、そういう夢なのかもしれないと思っていた、けど。


「異世界、か。精神世界か。何にしろ、おかしな状況だってこったな」

 ぽつりと武藤さんが言う。


 今の自分の、現実での実在の証明は、難しい。

 スマホは画面の仕様が変わっていて、他のアプリとかは開けなくなっている。

 制服のポケットに在るはずの生徒手帳はなく、いつも胸ポットにいれている筆記具もない。


 それを見せることが出来たとして、それが本物だという証明は、目覚めた後の確認になる。


 今ここで初対面の人に実在性の証明は、何ひとつ出来ない。


「懸念てのは?」


「いくつかありますが、ここで死亡した場合について」


 原国さんが苦い顔で言う。


「それを私達が何も知らされていないことです。本当にただの夢で死んだとしても、目覚めるならいい。だがこれだけリアルな感覚だと、そうではない、という想像をしてしまう」

 原国さんは言葉を区切って、続けた。



「それに妙な悪意を感じるんですよ」



「悪意、ですか?」


「よく思い出してください。あの声はメリットしか言っていない。デメリットがあるであろうことにも触れていない」


 全員が目を見開く。

 確かにそうだ。手に入るもの、扱えるもの、それも限定的であらゆることが濁された曖昧な説明だった。


「説明は曖昧でありながら、始末が悪いことに与えられる能力の殺傷能力が高い。誰か1人が暴力で支配し、利益を独占することが出来るシステムともいえる。個々にこれだけの力があり、敵がいて怪我もする。その上、殆どが見知らぬ相手同士であれば、仲間割れも起きやすいでしょう」


 原国さんがみんなの表情を確認して、ゆっくりと説明を続ける。


「例えば最初に私が言ったように、誰かから何かを奪うためにその場の誰かを殺す。そんな無法も行える。人間に被害を与えることへのペナルティの有無についてすら、あの声は教えませんでした」


 確かに、ゲームでいうところのPvP、PKについては何も言及されていない。PKペナルティ、デスペナルティ、これだけゲーム的であるならあっていい説明だ。


「それどころか言葉を濁して、モンスターではなく、人を殺して経験点等を得たりすることすら可能だと、匂わせている。夢だから思うが侭にやれ、といわれ、夢だと思いこんでいるなら、安易に暴虐に走る人間はいるでしょう」


 その言葉にごくりと唾を飲み込む。


「何せ、夢の中で初対面の人間に自分の実在性を、証明することは出来ないのだから。自分の頭で作り出した夢の中の人間、だと認識したなら更に容易に、安易に、人を殺せる人間がいてもおかしくはない」


「でも私たちの中にはそんな人は1人もいなかった……」

 ぽつりと、有坂さんが呟く。


「そうです。ですが、思い出してください。パーティーはあと2人、登録出来る」


 パーティー登録画面には、残り2人登録可能の文字があった。


「それを考えた時、私達のようにあの説明を受けて、このダンジョンにいる人間が他にもいるのではないか? という疑念が浮かびました」


「確かに、6人までなのに4人なのはちょっと変だとは思いましたけど……」

 だからあの時、原国さんはほかの人間がいることを前提にして、僕のスキルの開示について話をしたのか。


「……そして私達は真瀬くんのお陰で運よく、苦戦しなかったのではないか、と思うとゾッとしませんか」


 少し間を置いて原国さんが言う。


「たまたま、このメンバーだったから、今、楽に進めているだけで、本来なら真瀬くんがくれたガチャの武器やスキルは得られていない。初期装備の武器は攻撃力は+5です」


「俺の剣もそうだな」

 武藤さんが言う。初期装備があったことに気付いたのは、ガチャ武器を装備する時だったとも。


「真瀬くんが最初に私に与えてくれた弓の攻撃力は+50で属性強化30%、初期武器の10倍威力かつ属性強化まで乗っている。だからこそ一撃でモンスターを倒せたのでは? そして真っ当に協力をし合えるメンバーだからこそ、私は範囲魔法を取れましたが、範囲魔法もガチャの武器もなく、ここまでにいた5匹のモンスターを無傷で果たして倒せたのか」


 懸念、危惧。僕はそんなことに全然気付かなかった。


「いくらスキルがあったとして我々は人間。出て来たのは猪サイズの素早い獣である鼠のモンスターです。本来ならば、最初の2匹でも苦戦したのでは? と」


「……最初の2匹では、レベル上がりませんでしたね」

 ぽつりと有坂さんが言う。パーティー登録をしていると経験点は全員に分配される。だから数を倒す必要がある。


「そうです。レベル1で負傷、回復役がいても次の戦闘は3匹でした。3匹いたのがわかったのも真瀬くんがくれたスキルのお陰で、本来なら気配などもわからない」


「いやいやいや待てよおっさん。わかるけど、あんま脅かすなよ。坊主のお陰でかなり恩恵を受けているのは最初からわかってたこったろう?」


「そうです。だからこそ、私は何があっても君たちを守らないといけないと思ったし、私のこの懸念を知っておいて欲しかったんですよ」


 警戒するために、と重い言葉で原国さんが言う。


「私が他の人間がいることを確信したのはね、最初のモンスターを倒した場所の床、壁にまだ渇ききっていない血痕があったからです。モンスターの血は紫、それも倒せば消えてなくなる。残るのはコインだけ。ならばあった血痕は?」


「……人間の、負傷者がいるってことか……?」


 薄暗くて特に注意を払わなければ、ダンジョンの壁や床の汚れに注視したりはしない。

 僕もコインの血を見たのに、スルーしてしまった。


 原国さんのこの観察眼と思考力は一体どこから来ているのだろう?


「それだけではありません。何故私がこんなことをここで言ったのか、この画面を見て頂ければわかります」



「え…っ?」



 『クエスト・真実の入り口に触れたものクリア』


「これは、他の人間が同じようにダンジョンにいる、と確信した時のクリア表示です。そして」



『クエスト・真実の入り口に入りしものクリア』


「これが、私が夢ではないのではないか? ただの夢である方が不自然だ、と直感的に確信した時に出たクリア表示です」



 ぞっと、鳥肌が立つ。



「この画面を見ながら、よく聞いていてください、皆さん」


 原国さんが告げる。クエストのはてなマークの並ぶ一覧が、何かとんでもなくおぞましいもののような気がする。



「このダンジョン攻略で、死亡した者は、現実世界でも死亡する、と私は確信している」


 原国さんの声に応えるように、彼のスマホが震え、表示がポップアップする。



『クエスト・真実の腹の中 クリア』


 その瞬間、全員のスマホが震えた。



『パーティークエスト、ダンジョンの真実が開始されました』

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