第4話 円覚の願い

「では、改めて、願いを聞かせてもらえますか?」


「はい。円昌寺にいた赤猫を探しているのです。その赤猫と小夜を引き合わせたいのです。あめのみなかぬし様なら、二人をご存知ですよね?」


 正直、ご存知ではない。円昌寺には、居たことはあるが、ほとんど居なかったからだ。もし、きちんと私が居られるような寺社であったなら、猿の化物の根城にすることなどできない。それに、あの頃は、神と仏のどちらのキャラクターでいるべきか神も仏も悩んでいた時期なので、私も一つの神社や寺におらずにフラフラとしていたのだ。他の神様や仏様も同じような感じだったと思う。


 また、その時の世間は戦争もしていた。


 ええ、じゃないか


 ええ、じゃないか


 踊る阿呆に、見る阿呆、


 同じ阿呆なら踊らにゃ損損!


 みたいな歌と踊りが流行し、日本全国が異常な空気に包まれていてた。私も、踊らにゃ損損の精神で、神か仏かの二択ではなく、かねてより興味のあった人間の姿形をしてみることにした時期だ。思えば、その時から、人と同じ姿をしていることが多くなった。


 不思議なもので、姿形は思考や精神に大きく影響を与える。私も人の姿をするようになってから、人というものの気持ちがより理解できるようになってきた。しかし、気を抜くと、人間の姿をしているが故に、魂の本質を忘れてしまったり、誤解してしまいそうになる。


 円覚は、猿の群れから追い出され、人と生活をし、次には、狒々に間違われる様な姿形になり、生活を共にしていたのだから、自身の本当の心が分からなくなるのは無理の無い話しではないだろうか?頭では自身を狒々だと思っていても、心は狒々で無いことを知っているし、本当は望んでもいないので、苛立ちが募っていったのかもしれない・・・。


「あの、あめのみなかぬし様・・・?二人をお忘れですか?」


 円覚の言葉で我に返った。


「失礼しました。ぼーっとしていました。そうですね。その時にはお寺にあまりいなくて、猫もたくさんいたので、どの猫のことだったか・・・」


「本当に、あめのみなかぬし様ですよね?」円覚は訝しんだ目を向けている。


「あ、疑っていますね。分かりました。私がその二人を理解していなければ、確かに、あなたの願いを聴くことはできませんからね。見に行きましょう」


「え、見に行きましょう?」


「はい。今すぐに!」


 そう言うと、アメノミナカヌシは、右手を天に向かって広げ、ぎゅっと天を掴んで力いっぱい引っ張るような仕草をした。空や地面や周りの景色の全てが大きな幕を引っ張ったように、引き剥がされた。


 一瞬で景色が変わった。

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