第2話 省みる猿の化物

「何か訳がありそうですね。お話し聞かせてもらえますか?」


 この目の前の人物は、本当にあめのみなかぬし様なのだろうか?随分昔にあの寺で感じた匂いと同じ匂いがした気がしたから、そう思っただけだろうか?いや、どちらでもいいか、もう他の神社や寺に足を運ぶ余裕は無いだろう。全て話そう。俺の人生と願いを。


「はい。お話しします。まず、私は猿の化物です」


「猿の化物ですか?」


 目の前のあめのみなかぬし様と思われる、いや、俺が思いたいだけなのかもしれないが、何とも言えない心持ちにさせるこの人物の前に、自然と言葉が出てきた。


「はい。五百年ほど前に生まれ、生まれた時はただの猿だったのだと思いますが、不思議と死なずに長く生きている内に、身体も大きくなり、人の言葉も理解できるようになり、似たような姿の化物の猿と群れを成すようになりました。群れというか、徒党を組むと言った方がいいかもしれません」


「群れではなく、徒党を組む?」


「ただの猿の時には、目的も無く、いつの間にか強い猿の回りに集まっていただけ群れでしたが、化物になってからは、人に悪さをする目的のために集まっていたので、徒党を組むという言い方の方が合っているように思います」


「人に悪さをする目的?」


「山の神を装うのです。祟りと称して、村を襲います。山の神を崇めて、生贄を献上すれば、村は平和でいられると脅します」


「マッチポンプですね。現代でもよく見受けられる悪事です。」


「騙す化物が悪いのはもちろんなのですが、私には、騙される人間が間抜けで愚かで卑怯だと思っていました。祟りと言われれば、それを信じ、自分が死にたくないだけなのに、村を守るためだとか言って自分も他者も誤魔化し、他人の娘に生贄になる事を強いて、親は親で、真実を知ろうともせずに娘を差し出し、のうのうと生きる。俺は、悪さをしている仲間の化け物よりも人間が醜くて腹が立っていました。」


「大人しく生贄を出すのだから、都合がよいのではないのですか?なぜ、腹が立ったのでしょうね?」


「その時は分かりませんでした。その時は・・・」


 話しをしている内に、昔のことが鮮明に思い出されて来た。俺の手は血で汚れている。魂も穢れている。いや、そんなことにはもうとっくの昔に気が付いている。


 数秒の沈黙が流れた・・・。


「続けて下さい」


「俺は、苛立ちから、人への乱暴を積極的に働くようになりました。村人は生贄を捧げているのにも関わらず、乱暴を働いた。徐々に、仲間からも疎ましく思われるようになっていき、そして、遂には、事件を起こしました・・・」


 言葉が詰まる・・・。数秒の時間なのだろうが、何時間にも感じる。過去の記憶がまるで今の出来事のように目の前にある。目の前は血の色で真っ赤になった。


「お話しし難そうですね。やめておきますか?」その声で我に返った。


「いえ、お話し致します。この機会を逃したら、もうチャンスを永遠に失ってしまいそうなので」


「では、続けて下さい」


「俺は、生贄を捧げに来た村人を襲い。生贄を箱から引き摺り出し、村人に叩き付けた。村人と生贄の女は恐怖で動けなくなっていると思いきや、生贄の女だけは、腰が抜けている村人の前で、震えながら手を合わせて『覚悟はできています。連れて行ってください』と俺に懇願していた。俺は、思いもよらなかった事態に困惑した・・・。そして、事件が起きました」


 今、思い出しても忌々しい。仲間だった奴らも自分自身も許せない。目の前の赤が一層濃くなるのを感じた。


「殺したのですか?」


「はい。俺が戸惑っている後ろから、仲間だった化物たちが数匹飛び出し、私の背中を切り裂きました。そして、昏倒する俺の目の前で、生贄の女の四肢が引きちぎられようとしていました。俺はかつて仲間だった者と、自分たちを守ろうとした女を助けようともせずに、ひたすら逃げようとする村人にも強い怒りを感じ、痛みも我も忘れて暴れに暴れました。気が付いたら、その場には、血まみれの自分だけが立っていて、その足元に人と化物の数体の死体が転がっていました。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る