第16話 三度の果てに。

「――ひき肉にしてあげますの」


 その宣誓と同時に、リリアナのたかぶった魔力を受けた人形二体が飛び出した。次いで手錠を付けたままのアリスも走り出す。


「なっ……下手に出た途端調子に乗りおって!! 自分の立場を分かっているのか貴様ァ! 追放されたお前に公爵の身分なぞ――」


「危険ですマクラーレン様! 下がってください」


 立ち塞がるのは黒鉄の騎士、フェリックスだ。


 アリスとはもはや三度目となる相対で、その戦績は一勝一敗。どちらも味方の援護ありきで決着したものだが、今この場にフェリックスを支えてくれる者は居ない。


 対するアリスは二体の人形を共にしているが、彼女には両手首を縛る手枷という致命的なハンデがある。ちなみに鍵はフェリックスが持っているが、鎧の内側にあるそれを彼女が盗ることは不可能に近いだろう。


 よってフェリックスは、この多対一の状況を以てしても自分に分があると確信。

 主を下がらせ、襲いかかるぬいぐるみを長剣で薙ぎ払おうとして――


「――ッ!!」

 

「――これ以上、お嬢様の人形に手出しはさせませんよ」


 が兜をめがけて飛来した。


 それを咄嗟に剣で受けると、ガキンと甲高い金属音が響く。

 

「ぐっっっ!」


 構えが崩れた一瞬で、暴力的な綿の拳が騎士の腹部に突き刺さっていた。


 もう一体のパンチは剣で流したものの、鎧が凹むほどの衝撃に思わず後ずさった。人形のスピードも先程斬り捨てた八体と比べて一段と速くなっている。


「鎖を残しておいたのは失敗でしたね」


 前方を見れば再び跳躍の溜めを見せるぬいぐるみと、手錠から鎖を垂らして立つアリス。垂れたそれこそが攻撃の正体、腕ごと鎖を振り回してフェリックスを襲ったのだ。


「何より、お嬢様成分が補充された今の私は無敵です。ハグですよ、ハグ。秒間十嗅ぎの私の鼻に残るかぐわしきお嬢様が、いくらでも力を貸してくれます」


「…………そうか」


「そうです。あなたもその後ろの豚に抱きついてみてはいかがでしょう? 多少の食欲程度なら沸くかも知れませんね。ああいえ、私は全然、触れたくもないですけど」 


「…………随分と、機嫌が良いようだな」


 ペラペラと回るアリスの挑発に、騎士は引いて答える。

 たしかに、今のアリスは少し興奮した、ハイの状態にあると言えるだろう。


 前世の欠片によって肥大化された彼女の愛欲は、リリアナとの再開と抱擁により一時的に満たされた。そして満たされた彼女は、有り余る喜びを暴力と言葉で発散しているのだ。


 そんな状態の原因となったリリアナはというと、


「秒間十嗅ぎ…………」


「なんでちょっと嬉しそうなんですか」


 顔を赤くしてほんの少し口角が上がったところを、事情に部外過ぎて空気と化していたソフィアに突っ込まれた。

 覆面代わりの麻袋を被った彼女は、さらに続ける。


「ていうか、勝つしても手錠の鍵は必要でしょう。私探してきますね、なんかここ居心地悪いですし……短剣は置いていきますから」


「べっ別に嬉しい訳じゃ…………あ、それはちょっと待って! まだ敵が残っているかも知れないわ。上の人形たちがまだ戦ってるみたいなの。それも、少しずつ数を減らしながら」


 捜索に向かおうとしたソフィアをリリアナが止める。

 彼女が感じた通り、上階では辛くも生き残った騎士が未だ粘り続けている。


 西側二階では残り十名程度の騎士が、東側三階では、信じがたいことにポール一人のみで侵略の人形を食い止めているのだ。


 アリスは余裕を見せているものの、人形二体では支え切れるか不安であるリリアナは上階の人形を強引にここまで呼び寄せるか迷っている。


 しかしそれは残りの騎士も一カ所に集めてしまうため、ひとまずはそのまま戦うことにした。


 思念のみで再突撃の命令を送る。

 人形が動き出し、次いでアリスがフェリックスに向かっていく。


「何をしておるフェリックス! 腕を封じられた相手に遅れを取るか!? 何年騎士をやっとるんだ貴様ァ!!」


 マクラーレンの叱咤と同時、絶妙なタイミングで繰り出された鎖が再度騎士へ迫る。


「――それは、ごもっともですね」


 だがマクラーレンの言うとおり、人形付きとはいえ手枷の相手にやられるほどフェリックスは甘くない。

 一度見たそのコンビネーションに、彼は既に対策を考えていた。


「ぬぅんッ!!」


 予想していた鎖攻撃から目を逸らさず、弾くのではなく、しなる軌道の半ばを斬り上げて断つ。


「――――ッ!」


 高速かつ不規則に動くそれを斬る、神業に近い剣技だ。


 斬りながら退いた身体は続く人形から少しだけ距離を取り、生まれた猶予で長剣を振るう。

 固い床ごと抉った一撃をぬいぐるみは躱すが、勢いを削がれた上に一体の両足を持っていかれた。


「まだですッ!」


 さらに迫っていたアリスが鉄製の手錠ごと腕を振るう。

 握り締めているのはソフィアから受け取った一本の短剣。

 騎士が迎え撃つ剣でそれを防ぐと、そのままゼロ距離の斬り合いが始まった。

 

「退いてアリス!! それは危険過ぎるわ!!」


 ただのメイド服で、手枷で縛られたまま戦うアリスは見守る者の肝を冷やす。


 振るわれる長剣を紙一重で避けては流し、されど距離は取らず、常に短剣のリーチに相手を収めて一撃を狙う。


 しかし服の端が切れることはあっても、その白い肌に赤はまだ見当たらない。

 その短い刀身で傷一つ負わない動きもまた神業だ。


「大丈夫です!! 今は本当に! 調子が良くて、身体が軽いっ!」


 両者の足が絶え間なく交差しながら火花が散る。

 止まらない攻防に、誤射を恐れてリリアナは人形を動かせない。

 

 だが、当のアリスは笑っていた。

 視界も脳も鮮明に冴え渡り、身体の内から限りなく力が沸いてくる気がする。


 本人に問えば間違いなくリリアナ成分によるものと答えるだろうが、彼女に起きている変化はそれだけではない。


「しぶとい……! なぜそんな状態で、手枷のままで戦える……!? お前には一体何が見えて――」


 何が見えているのだと、果ての見えない剣戟に疑問を隠せないフェリックスが、そうこぼしたときだった。



 ――アリスの瞳がのは。



「……。目の前のあなたも、真上の剣も、お嬢様の素敵な泣き顔も」


 真上――本来なら視界の外にあるはずの長剣を、正面から首を動かさずに止める。さらに、後方で己の無力さに半泣きしていたリリアナの表情までも言い当てた。


 彼女のエメラルドグリーンだったはずの双眼は、瞳孔と虹彩の色を反転させ、漆黒の瞳に小さく輝く緑を浮かべている。


 彼女の人生最大の強敵であったその騎士は、三度の交戦を経てついに与えてしまった。



 ――濃密な戦闘経験による、内に秘めた魔術の目覚めを。



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