【完結】婚約破棄をされた公爵令嬢は戦場を夢見る

すちて

※エイプリルフール企画的なものです。1話のみ掲載※



「ルティージアとの婚約は破棄する!」


 私に向かい、王子が言う。社交会のきらびやかな空気が、一瞬で凍りついた。


「そして私は、聖女ティアナとの真実の愛による婚姻を誓う」


 興奮しているのか何なのか、王子は周囲の空気を読まずに続けた。

 思わずため息が洩れた。


「それは、本気で仰っているのですね? 私との婚約破棄をなさる、と」

「ああ、そうだ! お前のような女とはやっていけん、お前に比べ、ティアナの何と清らかなことか」


 その上、私をこき下ろした。



 こき下ろしてしまったのだ。この、暗愚な王子は。



「左様ですか。なれば、私はこれにて失礼をします」

 ようやく周囲の者が王子の言動を止めにかかるが、もう遅い。


 王子も愚鈍なれば、嘆かわしいことに、この国の人間も愚図ばかりなのだ。

 足早に、されど優雅さは失わない歩調でこの場を去ろうとしたが、止められる。


「ルティージア様、お待ちください。王子が大変失礼を申し上げました!」

 土下座をせんばかりの勢いで私の行く手を阻んだのは、この国の宰相だった。


「お退きなさい。無礼ですよ」

 私は彼を見下ろす。こちらは早く帰りたいのだ。邪魔をしないで欲しい。


「いいえ、王子には撤回をさせます。今日の全ての発言を!」

「必要ありませんことよ。既に皆、王子の発言を聞きました。撤回されたところで、私が受けた屈辱と謗りを皆陰で笑うでしょう」


「大変、大変に申し訳ないことを致しました! どうか、どうか」

「おい、よせ。そんな女に謝ることはない。俺は撤回も謝罪もせん」

 王子がさらに暴発した。早く帰りたい。


「とのことよ。さようなら、宰相閣下」

 そういい捨て、私は待機させていた護衛騎士と執事と共に晩餐会の会場を去る。

 執事が私に外套を着せる。

 息が白い。外は寒く、雪がちらついていた。



 馬車に乗り込むと、執事が消していた表情を大きく憤怒に歪めた。


「お嬢様」

「ええ、わかっているわ、シュレーゼ」

 執事を宥めるように、名を呼び、私は言った。


「早く帰って、お爺様に報告を入れないといけませんね。戦争の準備の」


 レストライア公爵家は、元は小国だった。隣接するエメルディオ王国とは、王の孫同士の政略結婚を契約として下った形をとったに過ぎない。


 その契約を、あのバカ王子は破り捨てた上、唾を吐いたのだ。


 レストライア王国は小国ではあったが、武に優れた国であり、長年侵略を受けなかった。


 敵は全て、殺しつくした。

 滅ぼしたのは小国だけでなく、帝国、大国をも滅ぼしてきたのだ。


 だがそれらを平らに滅ぼした後、領土は広げなかった。

 生き残った賢い者民衆達を頭に据えて、新たな国を作らせた。王政ではない、民主国家がそうしていくつか出来上がった。


 その手腕を恐れたのが隣国のエメルディオ王国の国王だった。

 我が国は、喧嘩を売られれば全て平らになるまで滅ぼすが、友好に対しては友好で返す。


 私の祖父レストライア王はエメルディオ王と何度も会談をし、友好関係を築き、そして孫同士の結婚を契約としてエメルディオ王国、公爵として公国化。

 自治領として侵略ではなく友好の結果、エメルディオ王国に下り平和な日々を送ってきたのだ。


 それを全てぶち壊しにしたのが、先ほどの婚約破棄である。


「哀れね」


 雪が降りしきる馬車の中でぽつりと呟く。


「お嬢様を侮辱した者など哀れむ価値もないかと」

「いいえ、あの男とそれを御せなかった者たちではなく、無辜の民たちよ、哀れなのは」


「お嬢様……いえ、姫様は、お優しい」

 執事が言い直す。最早契約が破られた今、我が家は公爵家ではなく、レストライア王国に立ち戻るのだと言っている。


「シュレーゼもクレイデュオもよく我慢してくれました」

 あの場で、王子は彼らに首を切り落とされてもおかしくはなかった。

 我が家の執事も騎士も、一線級の武力を持つ。気配の探知にも優れ、この国の誰より強いだろう。そして見目も美しい。


 シュレーゼは一見優男に見えるが、暗器を使わせたら我が家で随一の恐ろしい男だ。普段は早々表情を歪めることもなければ、微笑む以上には笑うこともない。

 それを表情が一瞬とはいえ憤怒に染まる程、怒らせた。私自身、シュレーゼがそこまで腹を立てるのを初めて見たくらいだ。


 それに関連し、はたと思い出した。


「クレイデュオも凄い顔をしていたけれど、血管は大丈夫かしら」

 護衛騎士のクレイデュオは怒りを隠さず、額に血管をはっきり浮かべていた。歯を食いしばった口元に見える犬歯。顔立ちが美しいだけに、壮絶な表情になるのは彼も同じだ。

 他の貴族子女たちが小さく悲鳴を上げていたような気もする。


「外は寒いですから、頭が多少は冷えているでしょう。アレは冷徹な男でもありますから、大丈夫ですよ姫様」


 そんな会話をしていると、馬車が止まる。

 そして剣戟の音が聞こえてくる。


「あらら、命がいらない者がいるようね。ただね、シュレーゼ、全部殺されては困るわ。お話が出来ないもの」

「私にお任せを」


 口にして執事が馬車を降りる。

 私は窓を見る。結露で曇った窓からは何も見えないが、それも束の間、鮮血が窓に飛ぶ。


「退屈ね……」

 ひとつ欠伸をして、肘掛に腕を預け、頬杖をつく。


 後何十秒持つかしら。

 頭の中で数を数える。


 馬鹿なことをしたものね。王子も、襲撃者も。愚かが過ぎる。

 何故大国が、我等レストライアを欲したのか、忘れてしまったらしい。愚者の忘却は、王のした全ての配慮を消し飛ばした。


「まあでも仕方ないわね、売られた喧嘩だもの。お爺様がご悋気の余り、倒れないと良いのだけど」

「大丈夫ですよ。姫様」


 音もなく、馬車に乗り込む執事は、少し雪で濡れているが、先ほどと殆ど変わらない。美しい顔をして微笑む。

「そんな愚者に最愛の孫娘を嫁がせなくて済む事に喜び、きっと久々の戦に胸躍らせるでしょうから」

「それもそうね」


 馬車が動き始める。


「下手人を2人、クレイデュオたち護衛騎士が引きずっております。尋問官が情報を綺麗に抜き出してくれますよ」

「そう、よくやったわ。あとでクレイデュオたちも褒めてあげなければね」


 窓の血痕は綺麗に拭き取られている。私への騎士たちの配慮だろう。


「賊は18人。我々が対応するには、まだ少ない数でしたね」

「あら、舐められたものね。たかが18人ではクレイデュオ1人で充分だったかしら。せめて300人程度揃えられないなら、何もかも無駄だというのに」


「おや、姫様も戦いたかったのですか」

「バカね、あなたたち5人もいるのよ、この国にいる凡百の兵士なんて300人くらいは楽に殺せるでしょ。私を戦わせたいなら、500は欲しいわね」

 外に居るのは護衛騎士だけではない。御者もまた、この国の兵士よりはるかに強い男だ。


「一個大隊ですか。まあ、確かに、その程度は欲しいところですが、夜襲にそれだけの人間を駈り出せる手腕があるなら、あのような愚かをするはずはないでしょうがね」

 馬車1つに一個大隊。その程度の戦力も操れず、私たちを殺せるはずはないのだ。

 本当に殺すつもりなら、その倍はいてもいいくらい。そのくらい戦力に開きがあるからこそ、大国は小国におもねる事で我らをようやく手に入れた。


 当然その令嬢である私を守護する護衛たちは強い。半端な男を祖父が私につけるはずもないのだ。


 そして単体で言えば、私は、その彼らより強い。


 なればこそ、政略結婚の駒足りえた。大国が欲したのは、我らの領土ではない。我らの武力とその血を取り入れたかったのだ。

 そしてこちらも、その大国を治め続け、我らをも取り込む頭脳とその血を欲した。


 それが契約。血の交わりの婚約。

 蓋を開ければ、取り込む価値もない暗愚を宛がわれていたとは舐められたものだ。

 ここまで舐められれば、最早その血には絶えて貰うのがいいだろうとするのが我が国の流儀。


 平民の中にも優れた血統はいるものだ。平らにした後、それに国を運営させればいい。

 平民の中にいる尊血脈があることを大国になると忘れてしまうらしい。エメルディオ王国はその辺りもうまくやるだけの頭があった。


 それでもたった1人の愚者によって台無しになる。そう成り果てた。



「お兄様もおかわいそうね。あちらも破談でしょうから」

 私と王子、兄と姫、その両方の婚姻が契約だったのだ。その1つを唾棄しておいて、もう片方が履行出来る筈もない。


「多分喜ばれるのではないですか? か弱い女は好みではない、と仰られておりましたし」


「私とて、自分より弱い男など嫌でしたわ。大国の権力、英知の血脈という力を持っているからこそ、我慢をしていただけ。見目は美しくても、武力のない男なんてつまらないわ。友好に交わされた契約だから従っていたにすぎないこと。私の好みは私より強い男です」


「それは手厳しい」

「励めばあなたにもチャンスがあるわ、誰にでもね」


 我が一族の好みは偏っている。


 我らレストライアの民は自らより強い異性を求める。故に戦地にも未婚の王族が乗り込み戦うのだ。

 戦場で嫁、婿を探し、殺さず連れ帰り、手練手管の限りを尽くし、落とす。あるいは戦場で自分の命を守りきった騎士を愛する。

 男も女もなく、愛は強い者にこそ注がれる。故に一夫多妻も一妻多夫も許される。同性なれば愛人に据える。


 無論それが許されるのは、強き者のみ、の話だが。


 そんな我らを蛮族等と言い、喧嘩を吹っかけた国はひとつも残っていない。

 あの愚かな王子の大国も近いうち、滅ぶことになるだろう。

 

 それでも、その亡国の中で強く生き延びた者は、我が一族になる者が多かった。



 我らは美貌と武力の血統。



 それを争わず、友好で手に出来たものを、愚かにも捨てた。

 私はそんな鈍才の王子に感謝すらする。



 私は諦めていた、戦場でするであろう恋に、思いを馳せて、微笑んだ。



「そう、チャンスはあるのよ。何しろ、これから戦争ですものね」

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