わたくしは まだ男を知りませんでした。


 年頃の女がひとり、夜中よなかに出歩いているなど、正気な沙汰ではありませんよね。

 だからかしら、

 男は、何の不思議も抱かず、

 黙って穴を掘り続けました。


 わたくしが、

「白いわね」とつぶいたら、

 ようやく 男は「だから、穴を掘っているのさ」と答えました。


 そうよね。


 そうですわよね。

 桜の花びらが、こんなに白いだなんて、ゆるせませんわよね。









 あぁ、わたくしは なんて罪深いのでしょう。

 男が掘った穴を埋めてしまったのです。


 男が、一生懸命に掘った穴を。

 桜のために。

 埋めてあげました。


 だからでしょう。

 翌朝の桜は、なんとも美しい紅色べにいろびたのです。



 薄紅色うすべにいろの花びらを見て、わたくしは安堵あんどしました。


 あぁ、やっと 桜の花が咲いた、と。











 ✿


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る