第1話 そのメイド 『手紙』

 日本国内の、どこかにそびえ立つ、大きな屋敷やしき。今から二世紀ほど前の、大昔の英国貴族が住まう広大な屋敷の中には一人の主人と六人の使用人、そして探偵が一人、客人として住んでいる。

 主人の名は、ヴィアトリカ・ビンセント。幼い頃に両親を亡くした十八歳の一人娘だ。

 軽装とは言え、常にドレス姿は動きにくくて性に合わない。そんな理由からヴィアトリカは大人らしさと気品漂う貴族の坊ちゃんのような動きやすい服装を好み、ボーイッシュさを貫いている。

 太陽のように明るくて、あたたかいオレンジ色のボブショートヘアの髪と目をしたヴィアトリカのそばには常に、黒のロングドレスに白色のエプロンドレス、アップにした銀白色の長髪にホワイトブリムと容姿端麗ようしたんれいの若き家政婦長ハウスキーパーがいた。

 その名も、ロザンナ・ワトソン。冥界めいかい拠点きょてんとする、家事使用人で構成された冥府家政協会めいふかせいきょうかいよりヴィアトリカの屋敷へと赴いた冥界人めいかいびとである。

 今から二年前。この屋敷で事件が起きた。ヴィアトリカが愛する両親が殺害されたのだ。

 首にかかるくらいの漆黒の髪と、鋭い眼光を放つ細長の瞳、細身の長身で全身黒ずくめの男。冷酷で殺伐とした雰囲気を漂わすその男こそが、ヴィアトリカの両親を殺害した犯人である。そしてヴィアトリカ自身も、両親と同じ運命をたどる筈だった。

 男が、殺害現場を目撃したヴィアトリカまでも手にかけようとしたそのとき。黒のトランクを片手に、灰色のロングコートを着たロザンナが、引き抜いたサーベルでもって、男を撃退したのだ。

「私は、ロザンナ・ワトソン。冥界を拠点とする、冥府家政協会から参りました冥界人です。

 ヴィアトリカ・ビンセント。あなたには死期が迫っています。本来ならばここに死神しにがみが現れ、死期が訪れるあなたの魂を回収するところでしょうが……あの男がいる限り、それをするのは困難です。

 私は、あなたの魂を回収する死神に、あなた自身を引き渡す役目にある……的確かつ、スムーズに事を運ぶため、私と契約し、あの男を封印して下さい」

 ロザンナいわく、両親を殺害し、ヴィアトリカを襲ったあの男は凶悪な悪魔の化身なんだそう。男の正体を知ったヴィアトリカは恐怖に全身を震わせた。

「ご安心を。私と契約した暁には、全身全霊をかけてあなたを守ります。命令とあらば必ず遂行する、忠実な召使いとして、主人となるあなたに仕えましょう」

 片手を胸に添えて凜々しく微笑むロザンナの言葉を信じ、ヴィアトリカはロザンナと契約した。そしてヴィアトリカの中で問題が浮上する。悪魔を封印する方法だ。

 ヴィアトリカには悪魔を封印することのできる特殊能力なんて持っていない。では、どうやって悪魔を封印すればいいのだろうか。含み笑いを浮かべたロザンナが、困惑するヴィアトリカの耳元でささやいた。

「ここに来る前に、耳寄りな情報を入手したのですが……」

 目から鱗が落ちるとは、このことだろう。ロザンナからヒントを得たヴィアトリカは早速、行動に移したのだった。



 時刻は、午前八時ちょうど。週初めの月曜となるこの日。二階の寝室にて、ロザンナが窓のカーテンを開けて、まだ眠りにつく主人を起こす。

「お嬢様、朝でございます」

「もう少し、寝ていたいなぁ……」

「お気持ち察します。ですが、もう起きる時間ですので……」

「分かった。今、起きる」

 まぶしい朝日に照らされ、眠い目をこすりながら渋々起床したヴィアトリカがベッドから抜け出す。

 ときを同じくして、貴族の使用人に相応ふさわしい、白色のエプロンドレスに黒のロングドレス、ホワイトブリムを頭につけた制服姿のミカコ・スギウラが、屋敷の外で掃除そうじをしていた。

「う~ん、今日もいい天気!」

 竹箒たけぼうきを動かしていた手を休め、玄関前で思い切り伸びをする。先にも書いたように、この屋敷には一人の主人と六人の使用人が住んでいる。

 使用人の内訳としては執事バトラーのジャン・クリーヴィー、家政婦長ハウスキーパーのロザンナ・ワトソン、ハウスメイドのエマ・ポンフリーとミカコ・スギウラ、庭師ガーデナーのラグ・マクミラン、シェフのルシウス・ストレンジの計六人。

 ミカコは臨時のハウスメイドとして、ビンセント邸にて住み込みで働かせてもらっているのだ。

 こうして、十七歳の女子高校生であるミカコが、ハウスメイドとして屋敷で働くにはワケがある。

 さかのぼること十三日前。ミカコ宛てに、一通の手紙が届いた。住所も送り主も不明で、不審に感じつつも封を切り、白い封筒の中から手紙を取り出し黙読する。

『杉浦美果子様。初対面で誠に恐れ入りますが、取り急ぎ用件のみで失礼いたします。

 日本国内に出現した幻影げんえいの世界にて、凶悪な悪魔が、領主のヴィアトリカ・ビンセントの命を狙っています。そこで、神仕かみつかいであるあなたのお力を拝借はいしゃくしたく、この手紙を書きました。

 つきましては、下記の住所までお越しくださりますよう、よろしくお願いします』

 手紙の内容はだいたい、こんな感じだったと思う。

 この手紙の送り主がなぜ、ミカコが悪魔封じのできる神仕いであることを知っているのか、それが謎すぎて不審な気持ちを募らせたが、悪魔が絡んでいるとなると見すごせない。

 そんな正義感から、ミカコは手紙に書き記された住所を頼りにこの幻影の世界までやって来たのだ。

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