ゴクラクは何処迄も

萎びた家猫

穏やかな砂浜

 激しい衝撃に襲われた俺は、咄嗟に体を起き上がらせた。


 妙にボーとする頭をどうにか働かせ、辺りを見渡すとそこは、照り就く太陽の光とさざ波が立っている海面が広がっていた。


 "一体何が起こったのだろうか"


 俺は自らの頬をつねりながら、きらめく水面を静かに眺めていると、ふと何かのうごめく影が視界の端に映った。


 その方向に視線を向けると其処には、見た目麗しい18人の女性が微笑みなが佇んでいた。


 その姿は、いつの日にか見たプリマヴェーラの女神達のように美しく、神々しい雰囲気を醸し出している。


"君達はこんなところで何をしているのかな"


 俺は18人の女性に声を掛けるが、彼女たちは微笑むばかりで此方の問い掛けには反応を示さない。


"聞こえないのか? そこで何をしているんだ"


 俺が再度問い掛けるも、微笑むばかりで微動だにしない。痺れを切らした俺は、そんな彼女達へ近寄ることにした。そして一番手前に佇んでいる、幼い顔立ちの美女の手を少々強引に掴んだ。


 だが俺の急な行動にも一切動揺する事もなく、ただ微笑む幼顔の美女にもう一度質問をした。


"ここはどこなんだ"


「ここは、貴様あなたさまの為のゴクラクです」


 先程まで一切の反応を返さなかった美女の一人が俺の質問に答えた。すこし驚きはしたものの、意思疎通が出来るのであれば全く問題はない。そう自分に言い聞かせながら、不気味な雰囲気のする美女たちが言った内容を考える。


 極楽……? はて、つまり俺は死んでしまったという事だろうか。そんな疑問が頭に浮かび、気がつくと俺は幼顔おさながおの美女にその事を問いかけていた。


貴様あなたさまは首を吊り亡くなられたのです」


 彼女が言うに俺は自殺したらしい。でもそれなら、俺は地獄に落ちるんじゃないのか?


 俺は仏教徒じゃないから詳しくは知らないが、自殺をするような親不孝者は、さいの河原で石を積んでは鬼に壊され、積んでは壊されを繰り返すと聞いたことがある。


 それどころか俺は閻魔様にも会っていないし、なんなら三途の川も渡った記憶がない。


 それなのに俺はあの世の、それも極楽浄土へとき着いている。案外お釈迦様は、いい加減なのかもしれないという風な下らない思考に拭ける。


 すると目の前で微笑んでいた美女の一人の、豪華絢爛ごうかけんらんな衣装を身にまとう美女が、俺の手を引っ張ってきた。突然の事に驚きそちらに目を向けると、何処かに指を差し俺を誘おうとしている。


"どこに連れて行くつもりだ"


 俺の問いかけを聞いた豪華絢爛ごうかけんらんな衣装を身にまとう美女は、微笑みを崩さずに口を開いた。


貴様あなたさまの住居へご案内いたします。さあ、こちらへ」


 そう言って俺の手を引く、その力は女のものとは思えないほど強く、男の俺でも振りほどくことができなかった。


 ここに来てようやく身の危険を感じた俺は、手を引く女性の気を引くため疑問に思ったことを室もする。


"ここは、極楽と言ったな。それに住居とも。なら他にも住人も沢山居るのか"


俺の問いかけに、豪華絢爛ごうかけんらんな衣装を身にまとう美女は歩きながら言葉を返してきた。


「ここに居るのは貴様あなたさまだけです」


 俺だけ? 極楽とは、天国のような場所では無かっただろうか。まあ、俺が生きていた世界では、極楽の事なんて経典に書かれたことしか知られていないだろうしな。それに経典自体が、そもそも間違っていることだって考えられるか。


 それに、俺が今歩いているこの土地自体が極楽らしいのだから、考えるだけ無駄かもしれない。そもそも死んだ俺が、現世の経典がどうこういっても仕方ないな。


「着きました。ここが貴様あなたさまの住居になります」


"凄いな。まるで無垢銀むくぎんで出来た宮殿の様だ"


 眼の前に現れたのは、銀色の光沢を放つ浮世離うきよばなれした建物であった。


"確かに凄いは凄いが……趣味が悪いな"


 きっとこのデザインで喜ぶのは、幼い子供くらいなのではないだろうか。確かにその輝かしい見た目に最初こそ目を奪われたが、よく見ればその建物自体は無骨で、飾りっ気のない至って普通のデザインだ。


中世の要塞にも見えなくもない、その建物の屋上から生えている突起からは、黒い煙が立ち上っていた。


"あの煙は何かを燃やしているのか"


「お風呂を常に沸かしているのです。一階と2階に浴室がございます。お疲れになったら我々が、貴様あなたさまの汚れをお流し致しますよ」


"つまり一緒に風呂に入ると言うことか"


「はい、貴様あなたさまがお望みとあらば」


 そう言われた俺はつい、18人の美女達の姿を再度確認する。彼女達の姿は俺が住んでいた日本では、まず見られないであろう絶世の美女ばかりだ。


 こう言ってはアレだが……俺が死ぬ前に趣味で作っていた、人形達の理想像にも通ずる美しさを感じた。


「さあさ、お屋敷へどうぞお入りください。私共が誠心誠意おもてなしいたします」


 そう言いながら俺の手を引く彼女の手は、この金属光沢に包まれた屋敷の様に冷たかった。

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