自分史を

頭野 融

第1話

 なんでか分からないけど、自分史が書きたくなった。こういうものって、年寄りが書くものだと思っていたし、おそらくそうなんだけど、書きたくなった。書きたくなっただけで、まだ書いてはいないけど。ワードで打つのは無機質すぎるかなと思って、紙を探した。プリンターに刺さっているA4のコピー用紙でいいか。あとはボールペンね。


 やっぱり最初は生まれだろう――2001年。J県に生まれる。そんなに綺麗じゃない字が、というかインクの筋が白紙を汚す。次は? 幼稚園入園とか? じゃあ、その後は卒園? それで山岸小学校入学、卒業、山岸第二中入学、卒業、空愛学園入学、卒業、台沖大学入学、と書いていくのか? 面白くないね。二秒後に、それがそのまま自分の人生に対する評価であることに気づいた。リスカはやめられていたのに、精神的な自傷は未だにやめられない。癖になっているのだろうか。もっとマシなことなんて世の中にいっぱいあると思うのだけれど。タバコとどっちがマシだろうか。幼少期にぜんそくを患った私には関係ないけれど。キッチンの換気扇をウォンウォン鳴らしながら、煙を吐く母を見つめて思う。この家は変わらない。冷蔵庫の扉を閉めて自室に戻る。


 さして自分史に書くことが無い。空だ。あんなのは経歴であって、自分の歴史と呼べるようなものではないと思う。もっと一歩踏み込んだことを書きたい。でも何を。幼稚園のときに何になりたいと思ったとか? 小学校で興味を持ったこと、できた友達。中学での部活の話。高校での思い出、大学の思い出。何かあるだろうか。大学の四年間の思い出。何かあるだろうか。サークル? 何。別に何も無いよ。


 そもそも、自分史なんてよく分からないものを書こうと思ったのが悪いんだろう。私が悪い。何も無い私の人生ではA4一枚も埋められない。大学生活で貴社において役立つ能力が身に着いたとは思っていなかったけれど、なんとか身に着けたはずのA4一枚、約1,000字を埋める能力すら未熟だったらしい。情けなかった。


 白紙だ、と言うと申し訳ないような人が数人思い浮かぶ。こういう気分のときに聴くのがピッタリな曲を教えてくれたネッ友とか、たまに連絡を寄越してくれた父親とか。今日、顔色悪くない? と気付いてくれたヨッ友とか。でも、それは自分史に書くほどのことではないのかもしれない。それとも、自分史に書くかどうかなどという、よく分からない基準で私は今、人を切り捨てたのだろうか。そんな気がする。心の中でそう言葉にした途端、そんな気がしてくる。やはり私が悪い。


 だんだんと気分が悪くなってくる。自分が嫌になってくる――これは別に、今に始まったことではない。タバコは喘息で吸えないが、酒は飲めたから。酒を飲む。これも今に始まったことでもない。かわいいカクテルの名前なんて知らない。なんか色々あるらしい。コンビニのプライベートブランドのお酒。世間様でよく言われるような、度数の高いチューハイの偽物。結局、偽物、贋作、まがい物、間に合わせ。


 そのまま自分の悪口になるような言葉ばかり思いつく。YouTubeで流していた、極すらも気分が悪くなってきて、再生を停止する。何も残らない。今は何時だろうか。まだ、そんなに遅くない。まだ日付け回ってない! と喜んで、スマホや本を手に取った私はどこに行ったのだろうか。具体的に言えば、数年前に置いてきた。


 時間があることが、何もしていない自分を責めているように思えてきて、ひたすら睡眠に逃げるようになったのはいつからだろうか。眠くなくても寝る。夢の世界の方が何倍もマシだ、と言って。


 マシ、マシ、マシ。そう言って妥協の末が今の姿。お笑いにもならない。早く死にたい。

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自分史を 頭野 融 @toru-kashirano

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