2度目の離婚をした理由。
崔 梨遙(再)
1話完結:約5200字。
僕は、29歳で2度目の結婚をした。嫁の名前はしのぶ。付き合って半年、電撃入籍だった。しのぶとは、ナンパで知りあった。正直、第1印象は特に良くなかった。なのに、何故、声をかけたのか? 後ろ姿しか見ていないのに思わず声をかけてしまったのだ。そのまま勢いで食事に誘ったらOKされてしまった。しかし、よくないことだが今まで僕が付き合ってきた女性と比べてしまう。そうなると、申し訳無いが見劣りしてしまうのだ。ブサイクとは言わないが、美人でもなく、かわいくもない。スタイルも良くなかった。しのぶから連絡が来ても、しばらく誘いを断っていた。
そんなしのぶに好意を抱いたのは、僕が風邪をこじらせ3日間寝込んだときに、3日間看病してくれたからだった。“愛されている!”と思った。今まで、好きな女性を口説いて付き合ってきたが、愛されて結ばれるのもいいかもしれないと思った。
しのぶと付き合ってしばらくして、しのぶから“元彼が別れてくれない”と相談された。相手は、しのぶが勤めていた美容院の経営者だった。僕としのぶは、その美容院に話し合いに行った。スグに、美容院の男は“別れる”と言ってくれた。
そして、しのぶの家族に紹介された。しのぶの家族は、バツイチの僕を暖かく迎えてくれた。家族全員から祝福されて、僕は感動した。バツイチの僕をこんなに歓迎してくれるなんて思わなかった。だから、しのぶの母親から、“式なんか後でいいから早く入籍して落ち着きなさい”と言われた時も逆らわなかった。僕達は、入籍して社宅に引っ越した。
新婚生活、楽しいはずだった。だが、同居して2週間、しのぶに借金があることがわかった。督促状が来たのだ。
「借金があるのはいいとして、なんで結婚する前に言うてくれへんかったんや?」
「言ったら、フラれると思ったから」
「後になって知る方が悪印象やろ」
仕方ないから、僕が払った。結婚前に言ってほしかった。悪意を感じた。僕は、結婚してたったの2週間で、新婚生活が楽しくなくなった。
それから1ヶ月。結婚してから1ヶ月半。僕が体調不良で早退すると、しのぶがいなかった。“買い物に行ってるのかな?”と思ったら、固定電話の横のメモに、“11時、駅前、けんちゃん、はーと”と書いてあった。僕は、目の前が真っ暗になった。
帰って来たしのぶに、メモを突きつけた。
「これ、何?」
しのぶは、あろうことか走って逃げようとした。僕は襟を掴んだ。
「放せやー!」
「ちょっと待て、どこへ逃げるねん?」
「放せやー!」
「その前に答えろ、お前、浮気したやろ?」
「してない」
「浮気したやろ?」
「してない」
「浮気したやろ?」
「した!」
「認めるの早いなぁ!」
「私、問い詰められるの苦手だから」
僕は、勿論、“離婚やー!”と言いたかった。だが、そうなれば僕はバツ2になってしまう。それだけは避けたかった。
「ほんまは“離婚や!”と言いたいところやけど、バツ2になりたくないから、今回は離婚はせえへん。だから、浮気相手と今スグ縁を切れ」
「わかった、はい」
しのぶは僕に携帯を渡した。
「何?」
「私から別れ話をするのは無理やから、崔君が電話して縁を切ってよ」
「自分で電話しろや」
「私、自分から別れ話をしたことが無いから無理」
「無理って言うなや、今、僕の目の前で電話して、“もう会われへん”って言うだけやんか。そんなことも出来へんのか?」
「うん、出来ない。電話して、お願い」
仕方が無いので、僕はしのぶの電話で浮気相手に電話した。
「もしもし」
「僕、崔という者です。しのぶの夫ですが、しのぶと会うのはやめてください」
「え、夫?」
「はい、僕が夫です。次にしのぶと会ったら、慰謝料をしのぶとあなたに請求しますよ。いいですね? 2度と会わないでくださいね」
「はい。もう会いませんが……1つだけ言ってもいいですか?」
「なんですか?」
「俺、しのぶが結婚したって、聞かされてなかったんですけど」
「おい」
「何?」
「けんちゃん、しのぶが結婚したことを知らんかったって言うてたで」
「うん、特に言ってなかったから、知らんと思う」
「なんで言わんかったんや?」
「特に“結婚したか?”って聞かれなかったから」
「……」
「……」
「当たり前や、普通、デート中に“結婚したか?”とか聞かんやろ? なんで自分から言わへんねん!
「……」
「やっぱり離婚じゃー!」
しのぶの母親までやって来て、みんなで僕をなだめるので、僕は今回だけは多目に見ることにした。
その1ヶ月後、結婚してから2ヶ月半、しのぶの借金の督促状第2弾が届いた。仕方がないから僕が払った。
「お前、パートに行けや。自分の借金の返済くらいは自分でなんとかしろ」
「わかってる、わかってる」
しのぶは、テレビを見ながらボリボリとケツをかいていた。蹴り飛ばしたくなった。結局、予想通りだがしのぶがパートに行くことは無かった。全部、僕の給料と貯金で払わせようとしていたようだ。
そして、結婚してから3ヶ月半。しのぶの浮気から2ヶ月。僕は、しのぶに言われた。
「私のカバンの中から携帯取ってちょうだい」
「カバン、開けてもええんか?」
「いいよ」
僕は、しのぶのカバンを開けた。中に、メモが入っていた。メモには、“11時、駅前、しんちゃん、はーと”と書いてあった。
「これは何やねん?」
また走って逃げようとするしのぶ。僕はしのぶを捕まえる。
「これは、何や?」
「放せ-!」
「これは何か?聞いてるねん」
「放せや-!」
「浮気したやろ?」
「してない」
「浮気したやろ?」
「してない」
「浮気したやろ?」
「した!」
「認めるの、早いなぁ」
「問い詰められるの、苦手だから」
「ほな、やることはわかってるな?」
「縁を切ったらいいんでしょ?」
「ほんまやったら離婚するところやで、単に僕がバツ2になりたくないから踏みとどまってるだけやからな。そこ、勘違いしたらアカンぞ!」
「はい、携帯」
「だから、僕に委ねるなって言うてるやろ」
「だって、私の方から別れ話をしたことがないから、何を言ったらいいのかわからないもん。だから、崔君が電話してよ」
「ほんまに、お前は……」
「もしもし」
「あ、僕、しのぶの夫ですけど」
「え、夫?」
「しのぶが結婚したこと、知りませんでしたか?」
「はい、知りませんでした」
「では、今回のことはいいです。もう2度と会わないでください。次に会ったら、しのぶとあなたに慰謝料を請求しますからね」
「……わかりました」
「また、自分が結婚したことを言ってなかったやろ?」
「……うん」
「やっぱり、もう別れよか? もうしんどいわ」
「それだけは許して!」
「もういい、とりあえず寝る」
僕は、夢の中へ逃亡した。
結婚してから4ヶ月半、しのぶの借金の督促状第3弾が来た。
「いったい、どれだけ借金あるねん?」
「これが最後、本当に最後だから」
「お前、前回も“これで終わり”って言うてたやないか」
「……」
「いったい、借金どのくらいあるねん? それがわからないと返済計画を立てられへんやろ? 金額によって、返済計画を考えるからなんぼか教えろ」
「そんなの、私に聞かれてもわからない」
「どないやねん!」
僕は、一括返済をやめて、ローン返済にした。幾ら残っているかわからないのに、一括返済を続けて貯金が減っていくのが怖い。
そして、結婚してから5ヶ月半。体調不良で早退したら、またしのぶがいなかった。“また浮気なのではないか?”と思い、固定電話の横のメモ帳を見た。何も書いていなかった。ホッとしたが、ふとゴミ箱が目に入った。ゴミ箱の中には、くしゃくしゃにしたメモ用紙が入っていた。“11時、駅前、こうちゃん、はーと”と書いてあった。“どんだけ11時が好きやねん!”違うな、“どんだけ駅前が好きやねん!”これも違うな。“はーとって何やねん!”惜しい。“こうちゃんって、誰やねん!”これだー!浮気され過ぎて、僕は頭がおかしくなりそうだった。
しのぶが帰って来た。くしゃくしゃのメモを見せた。
「何やねん、これ?」
と聞く前にしのぶは逃走しようとした。僕はまたしのぶを捕まえた。
「浮気したやろ?」
「してない!」
「浮気したやろ?」
「してない!」
「浮気したやろ?」
「した!」
「相変わらず認めるのが早いな」
「問い詰められるの、苦手だから」
「お前は変わらへんのやな」
「わかった、縁を切ったらいいんでしょ?」
「いや、もうええわ。離婚や」
「え、嘘でしょ?」
「3回も浮気して、許されると思ってるんか?」
「もう、浮気せえへんから」
「僕は、もう心がすり切れてボロボロや。もう、浮気するならマジで実家に帰ってくれ。借金も、もう僕は払わへんから」
僕はまた布団の中に入って、夢の世界へ逃げた。
僕は、しのぶと話さなくなった。しばらく神妙にしていたしのぶだったが、僕は油断していなかった。そして、それは結婚してから7ヶ月半のことだった。
また早退したら、しのぶがいなかった。
帰って来たしのぶは、その時は余裕の表情だった。
「浮気したやろ?」
「何か証拠でもあるの?」
「今までのお前を見ていたら、疑いたくもなるやろ」
「じゃあ、携帯でもチェックしたらいいじゃない」
しのぶは、携帯を僕に突きつけた。今までにも、“携帯チェックしたらいいじゃないの”と言われたことがあったが、他人の携帯を見るのが嫌だったので見たことはなかった。だが、その時は携帯を受け取ってチェックした。
新着メールに、“今日は燃えたね、激しかったね(はーと)”というのがあった。気付くと、しのぶは逃げだそうとしていた。僕はしのぶを捕まえた。
「もうアカン、マジで離婚や」
「縁を切ってもダメなの?」
「アカン。そもそも、けんちゃんって誰やねん?」
「元彼」
「しんちゃんは?」
「元々彼」
「こうちゃんは?」
「元々々彼」
「結局、誰とも別れられてないやないか、そんなルーズな女と夫婦でいられるわけがないやろ?」
「離婚だけは許して!」
「アカン、ほんまにもうアカン。荷物をまとめて、明日には実家へ帰れ」
僕は、ダイニングテーブルの椅子に座り、頭を抱えた。遂にバツ2になってしまう。最悪だ。バツ1とバツ2では重みが違う。しかも、まだ僕は29歳だ。29歳でバツ2、落ち込んだ。猛烈に凹んだ。
すると、しのぶが包丁セットの1番大きい包丁を取りだした。僕は“ヤバイ!”と思った。“離婚するくらいなら死んでやるー!”と言われると思った。だが、しのぶは違うことを言った。
「離婚するくらいなら、殺してやる-!」
僕は、借金を払わされて、浮気されて、殺されるのか? ちょっと酷くないか?
僕は柔道をやっていた。だから、包丁を振り回すしのぶをお互いに怪我の無いように取り押さえることが出来た。だが、こんなことをするために柔道を習っていたのではない。僕は心の中で泣いた。そして、刃物を全部没収して寝た。酷く疲れていた。
息苦しくて、薄目を開けた。しのぶが、僕の首をネクタイで絞めていた。ふと思った。“このまま放っておいたら、どうなるのだろう?”僕は寝たフリをした。
人間の身体はよく出来たもので、首を絞められると気道を確保するために咳が出るようだ。僕は咳を堪えられなくなって咳をした。しのぶと目が合った。数秒の硬直と沈黙。しのぶは、
「ダメ、やっぱり出来ない!」
と言いながら僕に抱き付こうとした。いやいや、出来てたし。僕は、抱きつかれないようにしのぶを突き放した。もう、明日までなんて言っていられない。僕は、タクシーを呼んで、しのぶを実家に帰らせた。
その夜、僕は今まで我慢していた怒りに包まれて鬼になっていた。しのぶが憎くて仕方がない。そこで、しのぶに買わされた車のことを思い出した。以前、しのぶが何も無い片田舎で自損(物損)事故を起こして車が廃車になった。怪我人が誰もいなかくて良かったが、あれは浮気をしに行って事故ったのだ。その田舎町には浮気相手の家があったからだ。結局、車は必要ということで僕が新車を買った。その車を、朝一番にディーラーに行って売り飛ばした。
昼頃、しのぶが来た。
「車は?」
と言われたので、
「売った」
と言ったらビンタされた。最後にしのぶと会ったのが、ビンタだった。
「絶対に離婚しない!」
と、しのぶが実家に立て籠もったので、調停になった。3回目の調停で、ようやく僕は離婚届けにサインとハンコを貰った。調停に3ヶ月かかった。社宅では、僕のことが噂になっていた。僕は仕事に行けなくなり、会社を辞めて大阪に帰った。
大手の広告代理店にいた時の上司が立ち上げたベンチャー企業に雇われて、僕は今までと全く違う人生を歩み始めた。2回目の結婚、いい思い出なんて1つも無かった。1番傷ついたのは浮気されたことだった。その心の傷痕はまだ痛むことがある。
2度目の離婚をした理由。 崔 梨遙(再) @sairiyousai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます