異刃決戦 

隼ファルコン

第1話 現代の剣豪

 これは、二人の剣豪の内の現代の話 


 太陽から放たれる光量が強くなり続ける夏真っ只中

 初夏の訪れを感じる空を埋め尽くす雄大な入道雲。鬱陶しいほどにセミの鳴き声がそこら中から聞こえてくる。

 辺りには高層ビルや数えきれないほどの人間が行き交う現代の世だ。そんな現代の世で風変わりな威圧感オーラを放つのは、その地点だけ時代が逆行しているのではないかと思えるほど古風な見た目の建造物であった


 名を【東勝とうしょう剣道場】


 鉄やコンクリートに囲まれた現代の街並みの中唯一建造物のすべてが木材によって形成された建物である。

 涼し気な緑が目立つ庭園ていえんとその中央に小さな湖が存在しており、相当に金のかかった土地だと思う

 豪勢ごうせいな見た目をした東勝栄治とうしょうえいじが営むこの剣道場は、現代日本においては最高の剣術道場だとの声も少なくないほどに力を持っている。


 だが、そんな二つ名を与えられているにもかかわらず、この道場には門下生がたった一人しかいないという

 誰一人として東勝剣道場の門下生にならない理由と、門下生一人という点を加味しているにもかかわらず世界最高の剣道場だといわれているのには理由がある


「嵐山よぉぉぉぉ!!!貴様の力はその程度の物なのかあぁ!?世界最強の剣士だからと慢心まんしんするでない!!この世には貴様の想像を超える強者もいるかもしれない!!その点貴様はまだまだひよっ子だ!世間からもてはやされ、その天から与えられし才能によって世界最強などとうたわれていくうちに肉体面は成長しようとも精神面があまりに未熟なまま育ってしまっておる!!このままではお前はいつか誰かに足をすくわれてしまうぞ!!」


「はぁ…わーっりましたよ…ったく…別に鍛錬たんれんなんかしなくても俺は最強だっつーの…」


「喝っっっ!!」


 この気だるげで、やる気を一切感じないこの男。この男こそが、単一の存在にしてこの道場を世界最高の道場という名誉へと引き上げている男である

 それと同時に、その絶対的な存在感を振りまくことで周囲を無意識に威圧し、誰一人として東勝道場の戸を開かない理由である。

 肩を軽く越え肩甲骨にまで届きそうなほどの茶色の長髪を携え、切れ長の鋭い眼光を放つ目を持ち、周囲に近寄りがたいオーラを垂れ流しにしている


 彼の名は「嵐山誠あらしやままこと」現代剣術という枠組わくぐみすら逸脱いつだつし、歴史上最強の剣士だと呼ぶ声あまたの天才剣士である。

 そして、その男に喝を入れる強面の男。この男がこの道場の師範であり、この道場の絶対的な立場を持ち合わせる東勝栄治その人である


「それほどまでに貴様が苦言を呈すというのなら、庭園にての鍛錬になるがよいのか!?!?」


「それだけはやめてくれぇぇぇぇぇえ!!!!!!!!」


 先程までの怠け者のような声のトーンが変わり、全力で物事を否定する時のみ信じられない位脅威の声量を出す


「外は…外は虫が出るから嫌だぁぁぁ!!!」


 東勝は唯一にして必勝の弱点を熟知している。

 彼は絶望的なほどに虫が苦手であり、その中でも特に騒々しいほどに鳴き声を撒き散らすセミのことが大の苦手なのである。

 情けなく涙と鼻水で顔中を潤わせながら足にしがみつき東勝に懇願する

 その影響で東勝のズボンの裾に水が付着した跡がくっきりと残ってしまう

 

 当の被害者である東勝だが、その表情は心なしか嬉しそうであり、特別な笑顔というわけでもなく、特別なポーズというわけでもないので、その真意を上手く汲むことができない


「もぉぉぉー!!面倒くせぇけど、仕方ねぇから師匠が戦ってくれるってなら闘ってくれるなら良いぜ?他にやる事がある訳でもねぇけど、一人で刀を振るうのは退屈なんだよ」


「ふははははははぁ!!やーっとやる気になりおったか!!完膚かんぷなきまでに叩きのめしてやろう!!」


 一瞬にして両者の莫大ばくだいな覇気がこの道場中を満たしつくす。もしも、この場に一般人の第三者が見学などでもしていたとしたら、卒倒することは間違いないほどの圧である。


「ハンデとして、片足だけで戦ってやるよ。まぁ、だからと言って俺が負けるとは思えねぇがな。」


「舐められたものだな。歳を取ったからといって、儂の技巧(太刀筋)が衰えたとは思わぬことだな。」


 各々が竹刀を手に取り嵐山は片足で上段の構えを取り、東勝も負けじと嵐山と同様の構えをとる。

 両者の表情には自然と笑みが浮かび上がっているが、逆にその笑みは、恐怖心を逆撫でするかのように不気味であり、百獣の王自然界の強者彷彿ほうふつとさせるほどの鬼気を放っていた。


 だが、この戦いの結果は、想像できないほどあっけなく決着がついてしまった。


「ぐぐ…やはり強いな…嵐山よ」


 刹那せつなの一太刀にしてその雌雄しゆうは既に明確になっている。膝をつき、敗北を全身で表現しているのはこの道場の師範しはんである東勝栄治であった

 この結果は、閲覧者がいるとしたら意外な結果だったであろう。世界最高の道場の師範であり、先程まであれだけ教えを授けていたというのに弟子に一撃で敗北を期すというのは、包み隠さずいうなら師匠の名折れと思われても仕方ないだろう


 だが、この道場が世界最高と呼ばれている理由というのは実に単純明快たんじゅんめいかいであり、弟子にして現代最強の剣士である嵐山誠の実績がこの道場の全てとも言えるほどなのだった。


 世界最強の剣士として名をせるだけあって競争では負け知らずであり、恐ろしいことにそのすべての試合を目にもとならない速度の一撃で終わらせることから電光石火でんこうせっか君子と呼ばれている


 剣道界にある実績のすべてを総なめにする嵐山に対して東勝には既に剣道の腕前について教えられることはない。嵐山の唯一の欠点である精神面のもろさについての指導しかできることはない。


「…なぜそれほどまで強いというのに貴様は退屈そうなのだ」


 東勝が問う


「…何回も言ってるけどよぉ…俺は、一応自分の強さに誇りを持ってんだ…仮にも積み上げてきたものだからな。だけど、誇りを持ってったってその誇りを守りたくなるほどの相手が出てこなきゃ誇りも何もねぇだろ。要するに、俺が全力を出せるほどの相手がいねぇんだよ。」


 強者故の強者への渇望かつぼう。自分と対等に渡り合う強者がいないことによる競争意欲の欠如けつじょ


「もちろん、こんだけいうほどだ、世界中探し回ったさ。剣士とも闘ったし、異種格闘いしゅかくとうみたいなことだってやったさ。だけど、竹刀ですら俺に勝てるやつはいなかった。」


 上には上がいるという言葉がこの世にはある。この言葉は、どれだけ自身が強者の立場になろとも自分より力を持つ者はいるという意味だ。

 だが、上には上がいるというのも天に達してしまえば自分の上を歩むものなどいなくなる。

 それを、嵐山は不服ふふくにも理解してしまっているのだ


「だからもう、俺は別にこれ以上頑張るつもりはないさ。俺が弱くなればいい相手が見つかるかもしんないしな…一応今は、名誉のために道場に通ってる感じだしよ…はぁ…本当にダメだよな…」


 一連の流れを何度も頭に叩き込んでいるはずなのだが、東勝は尚もしかめ面を続ける

 それは、自分自身の不甲斐なさに打ちのめされようとしている師範ゆえの悩みだ


「…故に惜しい。そして、不甲斐ない。貴様と対等に渡り合える相手を用意できぬ儂の瀬無せなさに…」


 先程の勢いと気迫が嘘のように萎んでしまっている。


「まぁまぁ気にすんなよ別に剣道やめるわけじゃねぇんだから。それに、対等って程じゃねぇけど、師匠と戦うのも一応楽しいぜ?まぁ…あんだけ威張いばってる師匠をボコボコにできるのが楽しいだけだけど…」


「はっはっはっ!!そんな戯言ざれごとを言えるとはな!!前言撤回だ!!!貴様のような愚か者にはまだまだ雑巾がけがお似合いだな!!」


 高らかに笑っているが、東勝の目は一切笑っておらずそれなりの怒りを見せる


「…あはは。…ちょっ、冗談だって!」


 腹の内の読めない底無しの強さを持ち合わせるこの男こそが、嘘偽りのない現代最強の剣士嵐山誠である

 嵐山誠の物語は終わらないこれはまだと出会う前の序章に過ぎないからだ

 時間は過ぎ、道場を離れ一人さみしく鼻歌を歌いながら自宅までの帰路を歩む嵐山

 その表情は先ほど自分が不満を述べたとは思えないほど爽やかなものであった


「いやぁー久々に師匠と戦えて楽しかったなぁー。一応師匠も強いっちゃ強いんだけどなぁ…ちょっと満足って言うとピンとこないんだよなぁー。誰でもいいから俺と対等に戦える相手いないかなぁー。この想い天に届いてくれないかなぁー」


 嵐山は毎晩毎晩帰宅中にはこのように自身の欲求を声に出しながら帰っている。

 まだ日が落ちかかっている程度で、辺りのすべてが静寂に包まれている訳ではないとはいえ嵐山の声にはある程度の声量がある。近所迷惑になってしまうのではないのかと一般の人間なら考えるだろうが、生憎あいにく彼は一般に囚われている人間ではない。

 世間の目を気にさず身勝手に自分のしたいことをする。特に何も考えていないが故の無意識の美学である


「ただいまぁぁーー!!」


 嵐山誠は今年で18歳のまだまだ子供と言える程度の年齢である。ただいまと帰宅を知らせ、まだまだ年若いということは、両親とともに暮らしているのか?

 その答えは否である。嵐山は既にこの年で莫大な懸賞けんしょうを得ている事から、誰かの手助けや情けを受けずとも一人で衣食住をすることができる。


「まぁ、誰もいないんだけど。とりあえず飯食いますか」


 嵐山は趣味と呼べるようなものが存在しない。それは、幼いころから父の教えで剣道を習っていたからである。

 剣道を習うというのは嵐山一家の風習のようなものであり、基本的に剣道以外の文化には触れあわないというものがあった。

 歴代の嵐山家の先祖をたどっていけば、それなりに名を遺した剣士もいると父から聞いたこともあるそうだ。

 例にもれず誠も剣道にのみ没頭し、それ以外の文化には触れあってこなかった。

 その経験から、流れ的に剣道が趣味になるはずだったのだが、父は誠の圧倒的な才能を認識にんしきできていなかった。

 その事から嵐山誠は特別な趣味と呼べるようなものがなかったのだが、唯一誠が楽しみと呼べる行いが一つある


 それが、【食事】である。


 食事という文化に関しては、自身が料理を振舞うことすらあるほど剣道の次に熱中できる行いなのである


「まぁまぁ傑作けっさくできたぜぇ~」


 過去に嵐山自身の師範である東勝栄治にも料理を振舞ったことがあるのだが、いつも叱ることしかなかった東勝が素直に腕前を褒めたこともあってか、最近では剣道よりも料理のほうに没頭しているのではないかと自分が思ってしまうほど料理研究を行ってしまっているのである


「我ながらうまいぜぇ~~」


 無論、食すのも彼の専売特許である。

 彼の食事をする姿は、満面の笑みで昇天してしまうのではないかというほど心中が満たされているという表情だ


「ニュースでも見てみるか。」


 嵐山は、基本的に食卓ではテレビを見る派である。というより、スマートフォンなどの現代の映像技術に慣れていないというのが事実だ


「占いやってんじゃん!!誕生月占いか。俺の月は…お!!一位!!なになに?『今日は貴方にとって最大の分岐点となるでしょう。しっかりと考えて行動しましょう。ただし、1か月後に、それとは別の転機が訪れてきます。しっかりと注意しながら生活を心がけましょう。ラッキーアイテムは――』」


 こういう占い系は特別信用しているわけでもないが、子供心ゆえか、1位とかそういうのを見ると、自然とうれしい気持ちがわいてくる。


 食事を終え、シャワーで体を洗い流し、気分がよくなったところで自室ではないある部屋に向かう

 さっきまでの幸福に満たされた表情とは違い、師匠との模擬戦の時以上に真剣な面持ちで、入り口の襖を開く


「父さん…帰って来たよ」


 目の前に置かれているのは一人の男の顔写真が飾られた仏壇であった。

 言葉通りこの男は嵐山の父である「嵐山泉允あらしやまいずまさ」。嵐山誠に直接剣道を教えた張本人であり、嵐山が唯一尊敬する人物である

 別に誠自身より特別強かったというわけではない。特別何かに優れていたわけではない

 だが、誠には足りない絶対に挫けない不屈の精神を持ち合わせていた。

 世間からは邪険にされようと独自の理念を貫く強い精神力。悪人には容赦なく鉄槌を下す冷淡な一面。

 そんな強い心を持った父のことが嵐山は好きだった

 だが、尊敬は交通事故によって簡単にててしまった。

 帰宅してある程度身を洗練させたら毎日のように行う日課のようなものである。

 これは嵐山の父に対する敬意けいい敬愛けいあいの証だ

 そして、この場に写真が置かれていない母は生きているのかというと、そういうこともなく、明確な死という認識をしているわけではないが、嵐山が1歳の時に行方不明になったらしい。

 その事から、母のことは名前を含めて一切の記憶が残っていない。それに、興味もないというのが相応しいだろう

 黙祷もくとうを終え、自室へと戻ろうとこの場を去る


「…?」


 いつも通りの景色が迎えてくれると思っていたのだが、今夜の自室の様子は以前とは少し違った。

 中央にドドンと置いてある丸机の中心に鉄のような土台の上に赤いボタンという明らかに怪しい物体があった


「…爆発系?北の使者か?…さすがに俺の家が標的じゃないよな?」


 もともとなかったのも当然だが、今日誰かが家に来る予定もなかったはずだし、まず嵐山自身、友人の間にこんな奇天烈な物体を置き土産としておいていく変人もいないのを理解している

 いろんな条件が密接に重なり合い、この謎のボタンが特別怪しいということがわかる。


「………いやいや…俺でもこんなの押さねぇわ…」


 ボタンに近づき、とりあえず適当な場所に置いておこうと近づくとボタンの土台に小さく文字が書かれてあった

 嵐山は、不意にその文字が目に入ってきてしまった

「…6時間体験時間逆行ボタン~剣豪けんごうの元へ~」


 普段なら、嵐山はこんなわけのわからないボタン押すはずもなく何を書かれていても絶対に捨てるタイプの人間だ

 そもそもの話、実家自体が古風な家元だったからか、オカルトだとかSFだとかそういう話はあまり信じていない

 だが、嵐山はこのボタンに書かれていたある5文字に目が行ってしまった


「…過去の剣豪ねぇ…これ置いた奴は、俺のことよくわかってんじゃねぇか…」


 やれやれといった様子で、数秒程度考えたが、欲望には抗えぬものだ。勢いよく指を上げ、勢いよくそのボタンに指を伸ばす

 だが、過去に行ってしまった未来の嵐山はこのようなことを思ったという。


(半信半疑だったんだけどな…そもそも時間逆行なんて幻想的げんそうてきなことが起きるはずもないって思ってた。だけど、ここで悪ノリに走っちまったのは、未来永劫俺の中で語り継がれる俺の汚点だ――――)


「さぁ!過去の剣豪とやらよ!ちったぁ俺を楽しませてくれよ!?」


 この時だって、ただただ悪ノリのようなものだったらしい。過去に行くなんてあるわけないと

 自惚れによって誘発的に働いてしまう自身より強いものなどいるはずないという思考。

 そんな子供のような考えから出される挑発に動揺してしまう打たれ弱さを恥じるべきだった。


 だが、もう遅い


 あたりに謎の光がカーテンのようにひらひらと揺らめいている。

 その光景は神秘的しんぴてきで、雪景色をすみに、夜空中に広がるオーロラのようだった


「…見惚みとれてる場合じゃね…って、ここどこ?」


 意識を周囲に取り戻した時には既に遅かった。雄大ゆうだいな竹に包まれた当然のように自分の家とは全く違う景色を目の当たりにする。

 逆を言えば、元々の夏場という認識と今までの経験からここまでの自然が生い茂っている場所というのはセミの出現を警戒するところだっただろう。

 だが、一瞬にしてその雑念があるに意識が吸い込まれる

 その音というのは何度も聞いてきた鋭い刃物が空気を切り裂くような音だ。

 嵐山はこの音の正体を理解している。

 幾度となく聞いてきた自身の経験を象徴する音。刀剣が空気を切り裂く音そのものであった。

 ただ、何度も聞いてきた音だというのに、嵐山はこの音に魅了されてしまう。

 寸分の乱れも聞き取れない音だけでわかる完璧な太刀筋

 それでいて相手を包み込むような緩急のきいた絶技にも至る柔らかな音


 嵐山は文字通りの天才だった。

 歴史上の剣豪と戦っても負けない自信が備わっていた。

 そう豪語できるほどの実力と自信を背負っていた。


 だが、今自身の耳に聞こえるその一連の刀の動きから伝わる相手の偶像は己の剣の実力を疑ってしまうほどに美しかった


「…なんだよ。本当マジだったのか…」


 嵐山は興奮していた。体中を巡りまわる電流のようなものはとどまることを知らない。

「…いや、待て…書いてたことが本当ならよ…」


 興奮というのは、歓喜というのは、人を盲目にしてしまう。


「ここ過去じゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!」


  今の嵐山は熱した鉄を焼き入れるように急激に体中にほとばしっていた熱が冷めてしまう


「…だれだ?」


 その声を聴かれてしまうことがこの先の運命の分岐点となることを未来永劫嵐山は知らない



 

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