ミルバ・カザロイドは隊長である

紅石

第1話 異世界転生取締部隊

1

「異世界転生取締部隊隊長、ミルバ・カザロイドだ。お前を違法転生者として拘束する」

 ミルバの構えた剣の先、地面に座り込んだ青年がぽかんと間抜け面でこちらを見上げていた。

「ウォレス、アーク、牢まで連れていけ」

「うぃーす」

「はい」

 後ろに控えていた部下に命じれば、彼らは返事と共にミルバの横を通り抜け青年の左右へと歩いていく。青年は首元に突きつけられた剣先で満足な身動ぎもできない中、視線だけを左右にキョロキョロと彷徨わせた。

 そして最後にミルバを見上げ、ゆっくりと口を開く。

「異世界、転生……?」

 その白々しさに、ミルバは思いっきり眉をしかめた。何も知らない風でも装えば逃げられるとでも思ったのか。腹立たしい男だ。こんな転生者がいるから、こんな仕事をせざるをえないというのに。

 ウォレスが右肩を、アークレナが左肩をそれぞれ強く拘束して、青年を立たせる。青年が完全に拘束されたことを確認して、ミルバは剣を腰の鞘に収めた。

「ま、待って! 異世界転生? おれ、異世界転生したってこと!?」

 青年は引きずられながら、唯一自由の効く首から上を忙しなく動かしている。騒ぐ青年をミルバはすれ違いざまに睨みつけた。

 黒い髪に黒い目、まだ年若い青年だ。とはいえ異世界の人間の見た目年齢などよく分からないし、どうでもいい。ミルバはすぐに青年から視線を逸らした。どんどん遠ざかる声は、やがて丘を下り聞こえなくなる。

 丘の上に一人残ったミルバを風が撫でていく。ミルバはこの丘が好きだった。

 見下ろせば、王の居住である白く美しい城が展望できる。遠くからでも壮麗で厳かな佇まいが見て取れた。城をぐるりと囲う城壁と重厚な城門の先には、華やかな城下町が広がっている。街と外は正門で隔てられており、うっすらと見える深い山と雄大な青空がどこまでも伸びているのだ。ミルバはこの丘から見る、首都コナルガルフが好きだった。

 そのコナルガルフへ向けて、街道を進む集団が見える。乱れのない隊列と揃いの白銀の鎧は、コナルガルフ騎士団だ。おそらく、魔物討伐の遠征帰りだろう。

 十年前は、ミルバもあの中の一人だった。あの頃の自分は、ずっとこの中にいるのだと信じて疑わなかった。

 ミルバ・カザロイド、三十九歳独身。白銀の鎧は簡素な黒のローブに変わり、腰に差した剣が魔物を斬ることはほぼなくなった。騎士時代はかっちり整えていた焦げ茶色の髪も、今はあちこち跳ねまわっても気にならない。スカイブルーの瞳に覇気はなく、ひげまで生えている。

 異世界転生取締部隊。異世界から転生してきた違法転生者を捕まえ、適切な処置を行う部署。八年前まで希望と未来に輝く騎士であった男の、今の仕事だ。

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