まだ未定
@POPPE
第1話
「兄ちゃんッ!!!」
目の前の大切な人に向けて必死に己の短い手を伸ばす。
辺りは炎が燃え盛り、喉も焼けるほどに痛い。水が欲しい、この喉を潤して声が届くようにして欲しい。でもそんなこと言っていられるような状況ではない。そんなことを考えている暇など無いのだ。
大きなドラゴンの尻尾に身体を掴まれている兄は、先ほどの爆発でどうやら意識を失っているらしい。こちらの呼びかけに反応する様子はない。だが、ドラゴンには声が届いたようでその大きな目と目が合った。途端にさらなる炎が辺りに広がった。ドラゴンの咆哮と共に吐かれたブレスで周囲は先程までとは比べ物にならない光景になっている。
やや満足したのか、ドラゴンは尻尾に掴んでいた兄へと目を向けた。どうやら腹が減っているらしい。大きな口を開けて兄を食べようとしている。
「待てッ、やめろ!!!兄ちゃんを放せッ…!!!!」
爆発でできた瓦礫の下敷きになっていて、思うように体が動かせない。それでも、兄が、大切な人が、凶悪なモンスターに殺されるのだけは駄目だ。頭から垂れてくる血が口に入り気持ちが悪い。それでも、なりふり構っていられない。
どうして兄さんなんだ、他にもその辺に転がっている奴いくらでもいるだろう!
そんな不謹慎なことを思っていても、ドラゴンが止まる様子は無い。
「やめろ…やめてくれ!」
パクッ...ゴクンッ...
ドラゴンは兄を飲み込んだ。その光景が、目に焼き付いて離れない。
「…うわあああああああああああ」
兄が、食べられた。
それを理解した瞬間目の前が真っ暗になり、己の叫び声が辺りに響き渡った。
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「…ハァッ!!!」
心臓がバクバクと大きな音を立てているのがわかる。ここは、どこだ?真っ暗だった世界から、明るい部屋にいることに気づく。ハァハァと自分の息遣いがだんだんと耳に入ってくる。全身から汗が噴き出ていて、掛け布団もぐちゃぐちゃになっている。ゆっくりと冷静に周りの状況を把握する。
ああ、ここは自分の部屋だ。夢を見ていたのか。また、あの時の夢を。
ベッタリと汗をかいたシャツに気持ち悪さを感じ、サッと素早く脱ぎ捨ててベッドから起き上がる。
あの夢を見た日は、いつも良くないことが起きる。
シャワーを浴びながら心を落ち着かせる。良くないことが起こるといっても、変に行動したりはしない。いつもより注意深く周りの警戒を怠らない。これに尽きるのだ。それでも今日は何事もないと良いと願いながら、準備を整え家を出た。
10年前。大きな地響きと共に、突然世界各地に「ダンジョン」が出現した。地面は大きく揺れ、建物は崩壊し、人類はパニックに陥った。そこに追い打ちをかけるように、今までゲームや空想の世界等で語られてきた姿形の未確認生命体、俗にいうモンスターが現れ始めた。
モンスターは世界の様々な都市や街を襲い、人類に多くの被害を及ぼした。死者の数は把握もできないほどのもので、一体どれだけの命が失われたのか、10年経った今でも正確な数字は分かっていない。
出現した「ダンジョン」の形は様々で、空中に浮かぶ亜空間であったり、今まであった自然の洞窟や地下空洞、そこからモンスターが出現するようになったのだ。各国政府は戦闘機や銃を使ってモンスターへの攻撃を仕掛けるが全く歯が立たず。押し寄せるモンスターの大群に成すすべなく、被害を増やすだけであった。
数日が経ち、ある法則が見えてきた。モンスターたちは各ダンジョンから一定の距離以上の場所へは移動しないということだ。その法則が分かると、危険範囲外は避難地域となり、ダンジョン対策の要ともなっていき、そこを拠点として人類は再建することとなった。
そうして、それでもモンスターたちへの対策が思うように進まないまま月日が流れていく中で、ダンジョン危険範囲内から生還する者たちが現れ始めたのだ。既に危険範囲内での生存者はいないと思われていた。モンスターたちが範囲外へ来られないからといって何もしてこないわけではなかった。あらゆる人類の持ちうる手段を使ってモンスターへ攻撃を繰り返していたが、それでも倒すことはできなかった。それなのに、そんな中から生きて帰ってきたのである。
能力覚醒者。ダンジョン危険範囲内からの生還者は、今まで人類が持っていなかった超能力を使用できるようになっていたのである。一人一人に固有の能力があり、その力をもってモンスターを討伐したのである。そうして世界各地で同様にダンジョン生還者である能力覚醒者が現れ、モンスターに対抗できる勢力が出来上がっていったのだった。
今、世界には人類の約3分の1の数の能力覚醒者が存在する。その中でもランク分けがされ、上位のランクのものは一握りしかいない。
能力覚醒者たちは、日々現れ続けるモンスターを討伐し、ダンジョンの中へと踏み込みダンジョンを攻略する。そうすることで各地の被害を抑えている。今や能力覚醒者は世界で最も重要な職業の一つとなっている。
そしてこの僕、波澄優斗は世界屈指の高ランク能力覚醒者である。
10年前、まだ幼かった僕は近くに出現したダンジョンから出てくるモンスターードラゴンーに街を破壊しつくされ、目の前で兄を殺された。いや、食べられたと言うのが正しい、のか?瓦礫に潰されながら見た兄を捕食するドラゴンの姿に、突然身体が熱くなり能力が覚醒した。気づいたときには先程まで目の前にいた大きな大きなドラゴンは切り刻まれ、もう息をしていなかった。微かに残るうろ覚えの記憶だが、己が怒りにまみれ覚醒した能力でドラゴンを討伐し、ドラゴンの腹の中から兄を取り戻したことだけは確かだった。
初めての能力の使用で力を使い果たし、その後気づいたときには病院のベッドの上。飛び起きて何が起こったのか思い出そうとするも記憶が混濁していて大変だった。聞くところによると、近くで同様に能力を覚醒した人に助けてもらい病院まで運ばれたそうだ。
兄も一緒に運ばれていた。しかし、兄は息はしているものの目を覚まさないままだった。
そうして10年が経ったのだ。意識が戻るのにはもう少し時間がかかるだろうと医者に言われてから、10年。兄が意識を取り戻さない原因はいまだに解明されていない。
他のダンジョンからの生還者の中でけが人として運ばれていた人でもここまで目覚めないのは兄だけだった。
「兄さん、いつになったら目を覚ますの?」
日課となっている兄の病室へ足を運び、綺麗な顔で眠っている兄を見つめる。
「あれから10年だよ、僕もう大人になっちゃったよ...」
身体に異常は特にみられず、ただ眠っているだけ。
「兄さん、早く起きて僕の傍にいてよ...」
今日も変わらず反応は見られない。分かっていたことだけど、とても辛い。
両手を握りしめ、祈るように兄の手を握る。少しでも僕の能力が兄さんの助けになればいいのに。そんなことは不可能だとわかっていても願わずにはいられない。
「今日も仕事に行ってくるから、起きたら教えてね」
そう言って病室を出ようと立ち上がる。
突然、窓の外が暗くなった。
「!?これは、ダンジョンが発生する現象と同じ…!?」
ここはダンジョンが発生しないとされている危険範囲外。10年間今までここ周辺にダンジョンが発生したことなどなかった。なのにどうして突然?
「くそっ、今日の良くないことはこれだってのか!?」
素早く窓の外に出て、ダンジョンの発生場所を確認する。
「すぐ近くじゃないか、ここじゃ兄さんが危ない…!」
眠っている兄さんをこのまま危険な場所に置いていくわけにもいかないが、ダンジョンが出現してモンスターが現れ周辺の民間人に被害が及ぶのもだめだ。仕方がない、すばやくダンジョンの発生場所に行ってなんとかするしかない。携帯を取り出し、ギルドメンバーへ緊急招集の連絡をする。
「僕だ、すぐに僕のいる位置までギルドメンバーを招集して。ダンジョンが発生しそうだ」
それだけを告げて携帯をしまう。
「兄さん、すぐに戻ってくるからね」
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ドクン...
(なんだ、この感覚...?)
意識はなんとなく朧気で、身体が言うことを聞かない。それでも、何か変な感覚がする。
長い間眠っていたような、それでいて感覚だけは変に敏感だ。
周辺の空気が変わったのが目を閉じていてもわかる。
(あれ、俺何してたんだっけ?)
目を開けようとしても中々開かない。手を動かそうとしてもどうやって動かせばいいのか思い出せない。耳は?耳は...何か聞こえてくる。
「兄さん、すぐに戻ってくるからね」
(一体、誰の声だ?聞き覚えがないけど、兄さんって...?俺のことか?)
声の人物はどうやら近くを離れたようで、ここには自分一人だけだと分かる。
なんだってんだ、何が起こってるんだ!?
俺、何してるんだ?いや、俺、おれ?おれ、誰だ?ん?
訳が分からない、身体が動かないし目も明かないし何が起こっているのか分からない。
でも先程から感じる変な感覚だけが先程から己に訴えている。
このままここにいては危険だ、と。そう告げている。
どうすればいい?どうすれば...心の中で焦っていると急に身体が熱くなり始めた。
(なんだ!?熱い熱い熱い…!)
熱くて燃えそうだ、身体が燃えてしまう。でも何だろう、前にもこんなことがあったような。
「あ...うあ...」
熱さに堪えられなくなって、出なかったはずの声が無意識に出始めた。掠れていてよくわからないけど、俺こんな声だったっけ?そんなことを感じながら身体はさらに熱を帯びていく。
「うああああああああああ」
見えないけれど、とうとう本当に体が燃え始めた!いや、死ぬ!死ぬって!必死にもがきながらーそれでも身体はいうことを聞かないがー足掻く。
痛みで涙が出てきた、微かに光が見えた。完全ではないが目が開いたのだ!
(何が起こってんのかはわかんねえけど、こんなとこで死にたくない!)
強く願った思いが通じたのか、一気に辺りが光った。微かに見える視界の中で自分の身体を見下ろす。
(燃えてる...のに、熱くない?)
先程まで死にそうなほど熱いと思っていたのに、今は全く熱くない。でも身体は燃え続けている。燃え続けているというか、身体から炎がでている?
(俺の身に一体何が…)
訳が分からないが、死にそうな窮地からは脱せたようだ。しかし、最初に感じた危険な感覚はまだ残り続けており、頭で警鐘を鳴らし続けている。どうにかしてここから移動しないと、と思うものの身体はやせ細って筋力も無いようだ。こうしてわずかに起き上がっているのもかなり苦しい状態だ。
ドォンッ!
すさまじい音がしたかと思うと突然、部屋の壁が無くなって空が見えた。真っ暗な空だ。
(あー、今は夜かな?)
のんきなことを考えながら、現実逃避をする。
(いやいやいやいやいや、急に壁無くなるって何?)
突然の出来事に頭がパンクして理解することをやめた。しかし現実はそうはいかない。先程消えた壁から大きな『目』がこちらを覗いていた。
大きな『目』と目が合ったか思えば、急に咆哮を始めた。その衝撃でさらに建物の壁にヒビが入り段々と崩れていく。衝撃に思わず目を瞑ったが、再び開いたときには『目』が少し離れたところへ移動したのか、その全体像が見えた。
(ドラゴン…?)
その瞬間、頭の中で映像が流れた。
周りはあっという間に火の海になって、逃げ場など無いようなものだった。
ドラゴンのブレスによって周辺の建物は倒壊した。大切な弟がまだあそこにいるのに。助けに行こうと走り出したところで何かに押しつぶされ、持ち上げられた。
「兄ちゃんッ!!!」
「待てッ、やめろ!!!兄ちゃんを放せッ…!!!!」
弟の優斗が叫んでいる。うっすらと見える、優斗が瓦礫に埋もれながらもこちらに必死に手を伸ばしている光景。最後に見たのはドラゴンが大きな口を開け己を飲み込もうとしている姿だった。
「!!!」
思い出した、ドラゴン!そうだ、ドラゴンが俺を食った!
一瞬意識を飛ばしている間に、ドラゴンは目の前に迫ってきて口を大きく広げていた。
(いや、なんで俺生きてるんだ!?っていうかあの時のドラゴンか!?一度ならず二度までも俺を食おうってのか!?)
食われたことに対してと、今の状況に怒りが湧いてきた。ぶっ殺してやる。
「俺はてめえの、餌じゃねえ!!!!!」
そこからの記憶は殆ど無いといっていい。気づいたときには先程まで空を飛んでいた大きな大きなドラゴンは自分の下でくたばっていた。
(俺が、やったのか?)
そう頭が理解すると、足の力が抜けてドラゴンの上にそのままへたり込み倒れた。
(いや、もう動けない、死ぬ...)
力を使い果たし更に目も勝手に閉じていく。
(ああ、また眠ってしまうのか俺は...)
周りがどうなっているのかなんて関係ない、疲れたから寝る、それだけだった。
「兄さんッ!!!!」
遠くから先程起きる前に聞いた声が聞こえてくる。
(兄さん、だって...優斗、元気にしてる、かな...会いたい...)
薄れゆく意識の中で弟のことを思い出すのであった。
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