第85話

 私は果物をナイフで一口サイズに切り分けた後、そっとエサイアスの部屋に入った。


 部屋はランタンが一つ付いているだけの暗い部屋。


 ……彼は熱のためかうなされているみたい。


 ベッド脇のテーブルに果物を置いてナーニョはエサイアスの身体を濡れたタオルで拭いていく。


「ナ、ナーニョ、さま?」

「エサイアス様、心配で来てしまいました。お水は飲まれますか?」

「あぁ、冷たい水が飲みたいな」


 ナーニョはターランの指輪でキンキンに冷えた水をコップに入れてエサイアスに差し出す。


「あぁ、美味しい。とっても美味しいよ」

「果物も食べますか? さっき切ったばかりです。口当たりが良くてすっきりしますよ」

「あぁ、頂こう」


 ナーニョはフォークで果物を刺してエサイアスにあーんと言って口に果物を入れる。


「……お、美味しいよ。だ、だが、こ、これくらいは自分で食べられるよ」

「あ、そうですよね。ついついローニャと同じようにしてしまいました。ごめんなさい」

「いいんだ。全然いいんだ。むしろ嬉しいからっ」


 アワアワと取り繕うように話をするエサイアス。


「それにしてもこれだけ騎士達が罹っているのにナーニョ様は罹らないんだね。不思議だ」

「……私が獣人だから、かもしれません」

「獣人は病に罹りにくいの?」

「罹らない訳ではないんです。けれど、病気になる事はあまりないですね。身体を冷やせば風邪にはすぐになりますけどね」


 そこはやはり種族の違いが大きく出ているのかもしれない。


「そうそう、先ほどローニャから新しい指輪が届きました。もう今日は遅いですから明日指輪を使ってみますね」

「どんな指輪なんだい?」


「病原菌死滅という指輪らしいです。なんだか怖い感じですよね。とても扱いが難しい魔法らしいので魔力が満タンになってから使おうと思っています」

「病原菌死滅? この病気に効くかもしれないんだね。

 これで流行り病が治るとすればまた一つ奇跡を起こしたという事になる。ますます君は聖女として有名になってしまうんじゃないかな?」


「ふふっ。私は聖女なんて立派な人ではありませんよ。

 こうして私の周りの人が怪我をしたり、病気になるのを見たくないだけですから。さぁ、お話もまた明日にしましょう。今日はゆっくり休んで下さいね」

「ナーニョ様、ありがとう」


 私は部屋へ戻り、ベッドに入った。




 翌日はいつもよりゆっくりと起きて食堂へと向かう。


 病に罹っていない騎士達が食事の準備をしていたので急いで手伝ったわ。


 騎士達に食事を持っていった後、私もゆっくりと食堂で食事を摂った。


「さて、そろそろ魔力も回復したわ」


 私はトエモノストロの指輪を付けてから騎士達の手紙を籠に入れ一部屋ずつ回って手紙を渡す。


 家族からの手紙を喜ぶ騎士達。その姿を見るだけで本当に良かったと思う。


 そして最初の部屋で病気に罹った六人の騎士に告げた。


「今から病気を治したいと思います。ですが、これは新しい魔法ですのでどこまで効果があるか分かりません。それでも受けますか?」

「……どのような魔法なのでしょうか?」


「体内にいる病原菌というばい菌を死滅させるのです」

「上手くいけばすぐに治る、という事でしょうか?」

「身体の中にいる菌が死にますから治ると思いますが、菌が悪さをしてダメージを負った身体はヒエロスか安静にしていなければ治りません。

 この魔法に効果があった場合、他の方への治療も行いますのでヒエロスでの治療は出来ないので体力が戻る二、三日は安静にするしかありません」

「俺は受けたいです」

「俺も受けます」


 ゴホゴホと咳き込みながら騎士達は答えた。六人みんな治療を受けてくれるようだ。


「分かりました。では治療させて頂きますね。では始めます」


 指輪を通して魔力を流すと、青い光が瞬時に六人を包んだ。


 赤や薄いピンクに淡く光って見えるのはきっと私だけ。魔力が何かの菌に反応しているのだろう。


 人間はいくつも菌がいるようだ。それも数えきれない。だけど、六人に同じような色の菌があり、肺や身体の中の血を取り囲むように見える色がある。


 きっとこれだ。


 私はその色に向かって唱える。『トエモノストロ』と。


 すると彼らを包んでいた魔力は詠唱と共にその色に向かっていく。シュンと音を立てて煙のようにそれはすぐ消えていった。


「治療は終わりました。気分が悪いとかありますか?」

「いえ、何も。今ので終わったのですか??」


 彼らにとっては青い光と身体中から煙が出て行ったように見えたみたい。


 ばい菌が死滅したけれど、すぐに効果は分からないので半日ほど様子を見る。


 全ての菌を死滅させるとどうなるんだろう? でもそれはあまり良くない気がする。


 なんとなくだが、人間の身体に入り悪さをしている菌が取り除ければいいようにも思う。


 それに流行り病に使う魔法だから全ての菌を死滅させる事は魔力を多く使い非効率だと思う。


「今ので治療は終了しました。半日様子をみるのでこのままゆっくり過ごして下さいね。何かあればすぐに呼んで下さい」

「わかりました。ナーニョ様、有難う御座います」


 私は一旦部屋を出て全ての手紙を配り終えた後、エサイアス様の元へ向かった。


「エサイアス様、体調はどうですか?」

「……」


 エサイアスは高熱が出ていてとても苦しそうだ。


 どうしよう。


 今騎士達を治療したばかりで効果が分からない。


 けれどこんなにもぐったりしているエサイアス様ははじめてだ。


 このまま半日様子見をしていて大丈夫なのだろうか。不安になる。


 明らかに状態が悪くなっている。


 薬は効いていないのか。


 どうしよう、どうしよう。


 エサイアス様がもし、居なくなってしまったら……。


 不安で泣きたくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る