第86話

 部屋をウロウロしてみるけれど、彼の状態が良くなる事はない。


 不安で怖くなって先ほど治療した騎士達の部屋へ駆け込んだ。


「あ、あのっ。体調はどうですか?」

「ナーニョ様? 治療を受けてからなんとなくですが、身体中を毒が回っているような感覚は無くなったような気がします。だるさは残っていますが」

「!! 本当ですか!? 分かりました」


 一人の騎士がそう言うと、確かに、と他の騎士達も同意をし、頷いている。


 その言葉を聞いたナーニョは気づけば走ってエサイアスの元に向かっていた。


「エサイアス様、ごめんなさい。魔法を使いますね」


 勢いよく部屋の扉を開けたナーニョはそのまま魔力を彼に向けながら駆け寄る。


 青い光は瞬時にエサイアスを包んでいく。


 先ほどと同じように様々な色が浮かび上がった。


 ……先ほどの騎士達よりも色が濃い。


 菌の勢いが強いということなの?


 エサイアス様は菌に負けようとしているの?私は震える手をギュッと彼の手に重ねた。


「エサイアス様、負けないで『トエモノストロ』」


 呪文と共に菌は死滅していく。


 私はすぐにヒエロスの指輪に変えて彼に魔法を掛けた。


「……ナーニョ、様?」

「エサイアス様、気分はどうですか?」

「すっきりした感じだ。先ほどまで身体が重くて息苦しくてもう駄目かと思っていたんだ。ナーニョ様の魔法のおかげでこの通り元気になったよ」

「う、うわーんっ。良かったっ。エサイアス様が元気になったっ」


 さっきの不安や恐怖、緊張の糸が切れて安堵の涙が溢れ出た。


 エサイアスは驚いてナーニョをギュッと抱きしめる。


「俺はもう大丈夫だから。大丈夫だから泣かないで」

「だって、だって、死んじゃうかと思ったの。またあの時のようにみんな私の前から居なくなるんじゃないかって」


 エサイアスは身体を離した後、ナーニョを隣に座らせ頭を撫でる。


 大丈夫、大丈夫と優しく。


 しばらくナーニョはぐすぐすと泣いてようやく落ち着きを取り戻した。


「エサイアス様、ごめんなさい。もう大丈夫です」

「良かったよ。いつもナーニョ様は我慢して溜め込んでしまっているんじゃないかと心配していたんだ。無理はしないで欲しい。俺はナーニョ様を心配しているよ。さぁ、涙も止まったかな?」

「……はい」


 ナーニョは眉と耳をへにゃりと下げながらも微笑んだ。


「そうだわ! こうしていられない。エサイアス様の病気も治すことができたのだし、他の方もきっと待っていますよね。

 いつまでも泣いていてはいけないですね。すぐに他の方にも魔法をかけてきます」


「あ、あぁ。急がなくても大丈夫、じゃないかな? 騎士達はみんな強いからね」

「でも、苦しんでいるでしょうから行ってきますね! エサイアス様はゆっくり休んでいて下さいね」

「あぁ、ありがとう」


 どことなくエサイアス様は残念そうな顔をしているわ。


 自分が病気で騎士達の顔を見られない事が残念なんだわ!と思ったナーニョ。


 さぁ、泣いていられないわ。


 エサイアス様のためにも早く他の騎士達を治さないといけない。


 ナーニョは先ほどとは違い、軽い足取りで騎士達の部屋を再度回っていく事にした。


「ナーニョ様、どうされたのですか?」

「先ほど王宮から届いた新しい指輪の効果を確認したの。今から治していきますね。そのまま寝ていて下さいね」

「本当ですか!? 有難う御座います!」


 ナーニョは先ほどと同じように魔法を掛けていく。一部屋に六人しかいないので一回で消費する魔力はあまりない。


 同じ病室にいる元気な騎士もよく見れば症状が出ていないだけでばい菌は身体をじわじわと侵略しているようだ。もちろん一緒に死滅させていった。


 半分の騎士達は治すことが出来た。


 あとの半分は部屋から出ないように話をする。半数の騎士が動けるようになればかなり違うだろう。


 翌日は残りの騎士達の治療をした。


 その後、神殿に様子を見に行くと、神父達は体力が回復したとはいえ、やはりまだ病に苦しんでいる様子だった。他の人達も同じようなものだ。



 次の日、騎士達は全員しっかりと静養した後、ようやく遅れた魔獣討伐の計画を立てているようだった。


 ナーニョは神殿に赴き、改めて病気を治す魔法が出来た事を説明し、神殿にいた人達に魔法を掛けて回った。


 どうやら各家庭でまだ寝込んでいる人達もいるようで病気が治った人達は彼らに神殿に行くように勧めると言っていた。


「聖女ナーニョ様、感謝しかございません。本当にありがとうございます」

「神父様、私は聖女ではありません。この魔法を作ってくれたのは王宮の研究員です。感謝するのであれば研究室にお願いします」

「はい!」


 治療を行い始めて一週間が過ぎようとしている。


 ようやく街は人が出歩き、活気も取り戻してきた。騎士団も順調に魔獣を討伐しており、順調そのものだった。


 病が流行った時に魔獣が街に入り込まなくて本当に良かった。


「ナーニョ様、この後、次の街に移動されるのですよね?」

「はい。その予定になっています」

「カールカールの街は過去に異次元の空間が街の外に出来たのです。なんとか退治はしたようですが、街の人は身体が欠けている者が多いと聞きました。どうかあちらの街に行ったら彼らを一人でも多く救ってはいただけないでしょうか?」

「そうなのですね。私の魔法では限界もありますが、一人でも多く治療出来るように頑張りますね」

「よろしくお願いします」


 神父がこれほどまでに次に向かう街の人達を心配しているのはきっと家族か誰かがその街にいるのだろうか。


 疑問に思ったけれど、聞くほどの事でもないなとすぐに考えを放棄したナーニョだった。


「ナーニョ様! ナーニョ様のおかげでお母さんも妹も良くなったんだ」


 井戸の場所を教えてくれた少年が駆けてきた。


 あの後、やはり少年も病に罹ったけれど、近所の人達から家族で神殿に向かうように言われて神殿に来て私の魔法を受けたのだ。


 数日静養したおかげでみんな元気に過ごしていると言っていた。


 本当に良かった。


「元気になって良かった。あの時は井戸の場所を教えてくれてありがとう。あの時教えてくれていなければ一日中探し回っていたわ」

「役に立って良かった! ナーニョ様、またこの街に来てね! 絶対だよ?」

「ふふっ。次来た時は観光案内して下さいね」

「うん! 絶対だよ!」


 街の人達と話をした後、畑に魔法を掛けて騎士達の元に戻った。


「お待たせしてすみません」

「大丈夫だよ。しっかりと別れを済ませてきたのかな?」

「はい」

「では出立!!」


 こうしてナーニョ達は無事にノダンの街を出発する事が出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る