異界の穴から落ちてきた猫の姉妹は世界で『指輪の聖女』と呼ばれています（旧指輪の聖女）

本編

第80話

「どうした？」

「エサイアス様に面会をしたいという者がおります」

　エサイアスは興味が無さそうに騎士に聞いた。

「誰だ？」

「街長の娘、フローラ様とサロニア様です」

「今は忙しい、断ってくれ」

「畏まりました」

　騎士は一礼して部屋を出ていく。

「はぁ、ここの令嬢は厄介そうですね」

「あぁ、駐屯所に押しかけてくる令嬢は偶にいるが俺も好きじゃないな」

「私も苦手だ」

　隊長達はうんざりした表情で話をしている。

　令嬢達に慕われるのは嫌なのだろうか？

「何故なのですか？」

「あぁ、エサイアス様は貴族だから仕方がないが、第十二騎士団は殆ど平民か男爵で構成されているんです。

　王宮からの騎士と聞いて群がるが平民だと聞いて去っていく者の多い事。まだ去るだけならいいが、暴言もあるんですよ。

　どの令嬢も自分の好みや爵位の騎士を狙っている。浅ましい令嬢と多く接している分、我々もよく理解している」

「そんなことがあるのですね」

「街長の娘達はエサイアス様目当てだろう」

　一人の言葉にうんうんと頷く隊長達。

　エサイアス様の対応はどうするのだろうか。

　少し気になるナーニョ。

　女心としても複雑だ。

　機会を作り、振り向いてもらいたいと思う令嬢達の気持ちも理解できるし、声を掛けてくる女性達に良い顔をするエサイアス様の姿を見たくないともう気持ち。

「俺は興味はないな。前から言っているが、用事がある者しか通すことはしない」

「そうなのですか？」

「あぁ、ナーニョ様。巡視などでよく街へ出掛けるが、貴族の中には英雄という名の名声を取り込みたい者は一定数いるんだ。中には袖の下を出す人達もいる。相手をしているとキリがないんだ」

「そう、なんですね」

「ナーニョ様は今、神殿に守られているけれど、神殿を出て泊ることがあれば力ずくで、という者もいる。気を付けて下さいね」

「わかりました」

　確かに王族教育で発言や行動に気を付けるように言われていた。改めて自覚する自分の立ち位置。

　これからはもっと気を付けていこうと思う。

　この日はある程度簡単に巡視の方法を話し合って一緒に食事をした後、ナーニョは神殿へ戻った。

　もちろんファブロウ神官に明日の午前中は巡視に参加し、午後に治療に入ると伝えると神官は喜んでいた。

　翌日。

「エサイアス様、おはようございます」

「ナーニョ様、おはようございます。では出発しましょうか」

　騎士達と共に出発しようとした矢先。

「「エサイアス様！！　おはようございます！！　どうかこれをお持ちになって」」

　声を掛けて来たのは街長の娘達。

　二人とも籠を持っている。エサイアスは騎士達に一旦止まるように指示をした後、令嬢達に声を掛けた。

「マードラ子爵令嬢、気持ちは感謝します。ですが、これから魔獣と戦うため香りの強いものは持ち歩けません」

「どうしてっ。私達が朝から作った物を受け取ってくれないの？」

「そこの護衛、私達は魔獣討伐に出る。すまないが二人を」

　エサイアス様は厳しい口調で護衛を呼びつけ令嬢達に離れるよう護衛に言いつける。

　護衛はエサイアスに言われただただ従うしかない。騒ぐ令嬢を護衛達は担ぎ騎士達から距離を取った。

「では、出発！」

　私は彼女達を横目に見つつ、騎士達と街の外へ出た。

　まず街道から外れた場所を捜索する。小さな魔獣はかなり数がいたが、問題なく討伐していく。

　午前中だけで百は越える数が討伐された。

　最新の研究所の研究から分かった事は異次元から現れた魔獣は生殖機能が存在しない。

　つまり土地に根付いて繁殖する事はないのだ。

　ただこの世界に現れ、人間や獣達を滅ぼしていくだけの生命体なのだとか。

　そして私が魔獣討伐に参加して初めて気づいたのは魔力を持つ魔獣が存在している。

　全ての魔獣という訳ではないが、大型の強い魔獣は魔力を持っていることが多いようだ。

　研究所に報告は出したので今後ローニャ達の方で研究が進められるだろう。

「あそこに空間の揺らぎがあります。浄化します」

　偶に見つかる空間の揺らぎ。

　この街に穴が出来なかったのはたまたまだ。

　事前に見つける事が出来て良かったわ。浄化魔法で揺らぎを消す。

　こうして午前中の討伐を無事に終える事が出来た。

「本日もお疲れ様でした」

「ナーニョ様、お疲れ様でした！」

　ナーニョはいつものように騎士達に魔法を掛けてから神殿に向かった。

　本人はあまり気にしていないが、街の人達はナーニョを特異な目で見ている様子。

　誰もナーニョには声を掛けようとしない。

　ナーニョの護衛達もロダンの街とはまた違った雰囲気の街に警戒をしているようだ。

　ロダンの街ではナーニョの治療を感謝しており、最後は信奉者まで出そうな程だった。だが、歩いている所に声を掛けないのは討伐や治療に行くためと知っていて邪魔をしてはいけないという配慮からだ。

「ナーニョ様、こちらが今街で怪我をしている者達です」

　ロダンの街から運ばれてきた人や行商人と思われる人々。数も少ないためすぐに治療は行われた。

　ファブロウ神官は最初この街の人と同様に少しナーニョに疑いを持っていたようだが、治療を始め、怪我人を治すと手のひらを返す様に親切になった。

「ナーニョ様、明日もあります。どうぞ早めにお休みください」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて休ませて頂きますね」

　こうして一日目は早めに部屋へ戻る事が出来た。

　二日目、三日目も順調に討伐し、四日目の夜。

『おねえちゃん！誕生日おめでとう』

『ありがとう。誕生日なんてすっかり忘れていたわ』

『そう思った！　旅の間は荷物になるからプレゼントを送るか迷ったんだけど、兄様と一緒に作ったの受け取って』

　ローニャから送られてきたのはリボンの付いた白いチャーム。何も魔法を彫られていない無骨な感じがする。

『ローニャ、このチャームは何？　素朴な感じね？』

『それはね、魔獣の骨から出来ているの。魔力が通しやすいんだよ！　何かあった時に指輪が無いと困るけど、これなら尻尾に付けていれば大丈夫かなって思って作ったの』

　ローニャの言葉に驚きながらも魔力を通してみる。

　……とてもしっくりくる。馴染みがいい。

『ローニャ、これは凄いわ！　魔力の馴染みが今までの物とは比べ物にならないほど良いわ』

『でしょう？　なんで私達の世界で今まで使われてなかったのかなって思ったくらいだもん』

『きっと穴をすぐに塞ぐことで魔獣は少ないからじゃないかしら？』

『そうかもしれないね。でも、おねえちゃんが喜んでくれて良かった！』

『ローニャ、有難う。大事に使わせてもらうわ』

　そうだ、今日は私の誕生日だった。