第69話目 

 ナーニョは騎士達と別れ、神殿の中に入っていく。


「ナーニョ様、こちらが私達の居住区になります。グリークス神官長からお話は伺っております。到着して早々に申し訳ないのですが、聖騎士達の治療をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。荷物を置いたらすぐに案内していただけますか?」

「ありがとうございます。街の人々を守るために怪我をした彼らをお救い下さる事を感謝致します」


 ロダンの神殿の神官はそう言いながら深々と頭を下げた。


 ナーニョは少し動揺しながらも片手を挙げて受け入れる。グリークス神官長から要望を受け入れる時の仕方を事前に教えてもらっていたので問題なくできたようだ。


『出来ない事はできないときっちり言いなさい』とも言われたが。


 私が滞在する部屋は下位貴族が泊る客室という感じの部屋だった。


 装飾に贅を凝らしているような造りではないけれど、長期間滞在できるような使い勝手の良さそうな部屋。隣には護衛達の部屋も用意されている。


 私は荷物を置いた後、さっと身体を拭いてから神官と共に怪我人のいる部屋へと向かった。


「あぁ、ナーニョ様。女性ですから湯浴みをした後の方が良かったですよね。気づかずすみません」

「いえ、お気遣い有難うございます。私の湯浴みなどは後でかまいません。それよりも早く治療していきましょう」


 怪我をした聖騎士達が運ばれている部屋は大部屋になっていていた。


 そこでは大怪我をしている人はベッドに寝かされ、比較的軽い怪我人は雑魚寝のような形になっている。


 そして部屋から溢れる程の怪我人の数に息を呑んだ。


 どうやら平民も中には混じっているらしい。


 神官の話によると、魔獣退治は聖騎士だけでは間に合わず平民も協力している。


 普段、怪我をして医者に掛かると医療費が高いが、神殿に協力することで医療は最低限だが、無料で治療を受ける事が出来るのだとか。


 もちろん怪我人の世話をしているのは修道女や街の人達、怪我人の家族だ。


「……数が多いですね」

「そうですね。比較的怪我が軽い者が多いのですがなんせ数が多いのです」


 神官はこの街の現状を詳細に話してくれる。ナーニョはその話を聞きながらどうすれば効率よく治療が出来るのかを考える。


「では治療を始めますね」


 私は箱から指輪を取り出して嵌めた。『ヒエストロ』の魔法を唱え、部屋に居た人達の治療をしていく。人数が多いため、一人ひとり完全に治すにはヒエロスは向かない。


 この場合、怪我の軽い人を先に治療して人数を減らす事が最優先だと思ったからだ。


 ナーニョを中心に淡い光が波紋のように広がり、怪我人を包んでいく。腰の痛みや打撲、魔獣から攻撃されて出来た傷は光が包み治療していく。


 重症患者を治す二割程度の治療だが、軽傷患者にとってはすぐに自宅に戻れるほどの回復と言っていい。


 光の収束と共に歓声が上がる。


「凄い! 凄いぞ! 痛みが収まった!」

「俺は傷が治っている」

「あれだけぱっくり割れていた傷がかさぶた程度までになっているわ!あぁ、神様、感謝します!」


 一人が感謝の言葉を述べると皆口々に神に感謝を述べ始めた。


「神父様、軽い治療は終えました。とりあえず興奮している方々を鎮めて怪我が治った方は帰宅するよう促して下さい。私はその間に湯浴みをしてきます」

「は、はい!! ありがとうございます」


 混乱する現場をそっと立ち去り、私は部屋に戻った後、すぐに湯浴みをする。


 数日ぶりの湯浴みに心浮かれるナーニョ。


 偶にはゆっくりとお風呂に浸かりたいというのが乙女心。しっかりと汚れを落とし湯舟に浸かる。


 ナーニョがこの世界に来て良かったなと思う一つでもある。


 平民は桶に水を入れて身体を拭くらしいけれど、爵位のある人間は差別化をはかるためか様々な所にお金を掛けるようだ。


 ナーニョにとって贅沢に興味は無いが、湯浴みは別だ。


 この気持ちよさは別格で、このためだけに毎日頑張ってもいいかもしれないと思っている。


 ゆっくりと湯船に浸かった後、布で身体を拭き、新しい騎士服に着替える。


 髪の毛を布で拭いていると扉をノックする音がした。返事をすると先ほどの神官が頭を下げて部屋に入ってきた。


「ナーニョ様、怪我が治った者は自分達で歩いて帰っていきました! あっ、申し訳ありません。お髪が濡れている所に」


 神官は焦った顔をしている。どうやら魔法で治療することを目のあたりにして神官も興奮していたようだ。


「いえ、構いませんわ。神官様、あとどれくらいあの部屋に残っているのでしょうか?」

「重い者が五名と部屋の外にいた軽い怪我人が二十名ほどです」

「分かりました。今から向かいますね。ただ、治療後はお腹が減ってしまうので何か食べ物を用意していただけると助かるのですが……」

「もちろんすぐに準備致します」


 ナーニョは髪を急いで風魔法の指輪をつけて髪を一瞬で乾かした後、先ほどの部屋へと向かった。部屋の外にいた怪我人が部屋に入っていたが、先ほどの人数よりは少ないようだ。先ほどと同じように重症患者を含めた怪我人達に魔法を掛けていく。


 重傷者も二回目で傷の半分弱は治っているはずだ。やはり今回も光の収束と共に歓声が上がる。


 重傷者の荒い息も落ち着いてきたようだ。


 私は軽く頭を下げてから部屋をそっと出た。


「ナーニョ様、どうぞ」


 護衛騎士が事前に準備していた小袋を渡してくれる。


「ありがとう。もう、お腹ペコペコで仕方がなかったの」


 はしたないとは分かっているが、部屋に戻りながら小袋を開けて口いっぱいにドライフルーツを頬張る。


 甘くて美味しくて疲れも一瞬で取れていくみたい。


「怪我人の具合を確認しなくて良かったのですか?」

「いいんじゃないかな? 悪いと思っていても今日は流石に疲れちゃったんだもの。後で神父様に謝らないとね」


 部屋に戻ってすぐにベッドへ寝っ転がった。


 久々のベッドを堪能したい。護衛騎士は部屋の前で待機してくれている。ゴロゴロしてそのままうたた寝に入るナーニョ。


 しばらくして神父様が修道女を連れて部屋へとやってきた。

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