第67話

「兄様、ケイルート兄様、今大丈夫ですか?」

「あぁ、待っていた。ナーニョ、そこへ座ってくれ」


 ケイルートの部屋は執務室とは違い、領地に関することや貴族、政治に関する本棚が置かれており、ナーニョはそれを見て一生かかっても理解できない難しいものばかりだ。


 カウチソファにちょこんと座ったナーニョ。


 兄の従者はナーニョの好みを知っているのでいつもナーニョが飲んでいるお茶とドライフルーツを用意してくれる。


 兄様はいつになく真剣な表情で向かいに座り聞いてきた。


「ナーニョ、エサイアスに付いていくというのは本当なのか?」

「えぇ、本当です」

「何故なんだ?」

「兄様とお話した後もずっと悩んでいました。自分のやりたいこととは何だろうと。その答えは今もまだ出ていません。

 自分はどうしたいのかも分からない。

 だけど、ローニャから泣きながら兄様が怪我をしたと聞いた時、自然と走り出していました。

 大怪我をしている兄様を見て、助けなきゃって強く思ったの。

 私の力で兄様を助けようって。兄様を治療している時に思ったの。

 もう家族を死なせたくないって。家族が居なくなる事の辛さや悲しみをもう味わいたくないの。

 だから、私が魔獣を狩って、魔力持ちを探し出せば兄様達は怪我をしなくて済むわ」


「……ナーニョ。辛い思いをさせてすまない。俺はこの通り元気だ。俺だってナーニョが怪我をするのを我慢できない。血は繋がっていなくても大事な妹だ」

「エサイア様に付いていけるのは私だけです。

 魔力持ちの人間を探せるのも。兄様にとってエサイア様は大事な友達なのでしょう? 私が行かないと彼は死にに行くようなものです。

 私が同行すれば彼は無理しないし、無事に戻る確立も上がります」


 ケイルートはクシャリと顔を歪ませた。


「ナーニョの意思は固いのか? ローニャの事はどうするんだ」

「……兄様、ローニャはとても賢い子。人々の機微にも聡い。

 ローニャは上手に立ちまわっていけると思っていますが、私では守り切れない事もこれから起こってきます。

 兄様、私よりもローニャの事を気に掛けて欲しいです。

 私はローニャのためにも頑張ってきます。私達は教会で孤児として育ってきたから人間の貴族の世界を知らない。どうか、お願いします」


 ナーニョは深々と頭を下げた。


「……分かった。全力でローニャを守る事を誓う。だが、ナーニョ、本当にそれでいいのか?」


 私は頬笑みながら兄様に頷く。


「決めたのです。私は周りがいうような聖女では全くない。聖女という言葉は全然似合わないほど邪で傲慢な考えで行動しているのです。わがままな妹でごめんなさい」

「……そうか。出発まで時間がない。万全の準備を怠らないようにしないとな」

「はい」




 この日から兄様も忙しく動くようになっていった。


 騎士団の再編成をするとかどうとか。ローニャも忙しく動き回っている。夜になれば隣の部屋同士、魔法を使って話をしたりしている。


 短期間のうちにエサイアス様は巡視に参加する人数を絞り、準備をしっかりとしていたようだ。


 もちろん侍女はいないが、私に女の護衛をしっかりと付けてくれたのだ。



「お父様、お母様、お兄様、ローニャ。では行ってまいります」


 私は騎士服を身に纏いエサイアス様と共に巡視に旅立った。

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