第65話

 翌日から一気に私は忙しくなった。


 とは言っても荷物などの準備は全て侍女達がしてくれるので私がやることは治療と研究のみ。


 第二研究室へ向かい、頼んだものが出来上がっているか確認すると、あと少しで完成するのだそう。


 私が研究所に頼んでいたのは腕輪。


 ローニャと連絡を取るための腕輪なの。魔法は名前と相手をイメージして言葉を送る仕組み。


 そのうちに出来るとされているのが小さな手紙が送れる指輪。これがあれば城と巡視先でのやりとりが簡単になり、かなり役に立つと思う。


「ナーニョ様、グリークス神官長がお見えになっております」

「分かったわ。第二会議室へ通してもらって」


 私は研究員からもらった試作品を手にしながら第二会議室へと入った。


「お待たせして申し訳ありません」

「いえ、こちらの方こそ突然の訪問をお許しください」


 グリークス神官長は丁寧に頭を下げて謝罪した。


「今日はどうなされたのですか?」

「えぇ! 騎士団の巡視に同行すると聞きました。本当でしょうか??」

「ええ。エサイアス様に同行しようと思っています」

「その理由をお聞きしても?」

「魔獣で傷つく人達が一人でも減るため、です。それに魔力を持っている人間を探し出すためでもあります」


「教会としては嬉しい限りですが、何故そのような自分の身を危険に曝してまでするのでしょうか? 貴女らなら王女としてもこの王都で暮らしていくには十分だと思いますが」


「確かに仰る通りだと思います。父に言われ、ずっと考えていたんです。自分は何がやりたいのかを。

 でも、いくら考えても何も思い浮かばなかった。妹を守らなきゃって思いで今まで生きてきたから。

 昨日、ケイルート兄様が大怪我をして医務室に運び込まれた時、父や母を思い出したんです。もう誰一人私のような思いをしてほしくないんです。

 魔力を持つ人間を探せるのは私とローニャだけ。それに王都に来れる怪我人はほんの一握り。

 やはり探すには私自身が行かないと探せないのです」

「なぜそこまでして魔力を持つ人間を探そうと思ったのですか?」

「それは……ローニャのため、です」

「ローニャ様のため?」

「えぇ。私達は弱い。今は陛下が後ろ盾とはなっていますが、私達はただの落ち人なのです」

「だが、魔法が使える」

「えぇ。ですが、その事で私達は貴族に狙われていることも事実」

「私の耳にも届いております。やはりナーニョ様達を教会が保護した方が良い」


「お気持ちは有難いです。ですが、ローニャは研究者になりたいという夢があるのです。この国を豊かにし、飢える事のない世界を作りたいと。

 それにはここの研究所で研究をしていきたいと言っているのです。

 そのために私は魔力をもつ人間を一人でも多く探し、協力者を得たい。そして怪我人を治療し、私達の味方になってもらえる人を増やしたい。邪な考えでごめんなさい」


 ナーニョの言葉を聞いたグリークス神官長は思う節があるようだ。軽く頷いている。


「あるとすれば……グレイス王太子妃のご実家でしょうな。お二人を売り渡す計画でもあるのでしょうか? まぁ、あってもおかしくはないでしょうね」

「私達は道具の一つなのだそうです。彼女にとって私達は獣なのだとか。猫種ではありますが、私達は人間となんら変わらないのです」

「彼らにとって王太子妃という権力がある以上、今後何をしでかすか分かりませんからね。

 民衆という後ろ盾は絶大だ。邪だなんて全く思いません。むしろ素晴らしい」


「神殿としてもグレイス妃殿下とそのご実家に様々思うところはあります。お二人に何かあるようでしたら私も動きましょう」

「そう言って頂けると有難いです。

 あ、そうだ。グリークス神官長が来ると聞いたので試作品ですがこれを持ってきたのです」


 私が見せたのは金色に光る腕輪。もちろんこれも魔法を使う道具の一つ。


「これは?」

「あと数日で私の分が完成すると研究所の方が仰っていたのですが、これをグリークス神官長にも持っておいて欲しいのです。

 これはファールの魔法が刻まれた腕輪。手紙を送る事の出来ることの出来る物です。

 相手の顔を思い浮かべ、名前と魔法を唱えるとその人の所へ届けることが出来るのです」


「素晴らしい!!! ナーニョ様のおかげで遠くの教会へ手紙をすぐに送る事ができるなんて」

「手紙ならあまり魔力は使わないので神官長でも問題なく送る事が出来ます。今、研究を始めているのは小包が送れるようになる腕輪だそうです」

「なんと。それも凄い。出来上がるのが待ち遠しいですね。

 ……ナーニョ様、本当に英雄エサイアスについていくのですか? それが苦難の道であっても?」


 グリークス神官長は真面目な顔で聞いてきた。


「えぇ。もちろん分かっています。ですが、これは私にしか出来ないことではないかと思うのです。もし、私に何かあればローニャの事をよろしくお願い致します」


 短時間だったが神官長にも会えた。私もエサイアス様も忙しいのでまだ会えていない。私が一緒に行くことを駄目だと言われないかしら。



 こうして瞬く間に数日が過ぎた。

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