第62話

「お姉ちゃん!!! ここを開けて! 助けて! お願い。あたしじゃ駄目なの!! 兄様を助けて!!!」


 ローニャが泣き叫びながら扉を叩く音でハッとし、扉を開けるとローニャ涙で顔を濡らしたローニャが抱きついてきた。


「おねえちゃん、ごめんなさい。私じゃ、私じゃどうしようも出来なくてっ。お兄ちゃんが、お兄ちゃんが助けられないのっ。お兄ちゃんがしんじゃう!!」

「……どういう事!? ケイルート兄様が怪我をしたの?」

「うん。大怪我で運ばれたの。私じゃ助けられないっ」

「分かったわ。今すぐ向かうわ」


 私は部屋着をポイと脱ぎ捨ててズボンを履き、シャツのボタンを止めながら部屋を出て走った。


 兄様が大怪我?


 まさか魔獣退治に出たの?


 疑問と不安が一気に押し寄せる。


 早く、早く行かなくちゃ。


 兄様が、兄様が死んじゃう。


 急げ、急げ、もっと走らなきゃ。


 四つん這いになり尻尾を上げて全力で医務室まで走る私。


 ハァハァと息を切らしながら医務室に飛び込むと、急に来た私に驚いたザイオン医務官と目が合った。


「ケイルート兄様が怪我をしたと聞きました」

「は、はいっ。ケイルート様はこちらの部屋に」


 ザイオン医務官を驚かせてしまって申し訳ないと思いつつ、兄様の運ばれた部屋に向かう。


 ……重篤な患者が運ばれてくる部屋。


 私は息を飲んだ。


 まだ死んだわけじゃない。

 治せるわ。

 私なら治せる。


 心の中で何度も復唱するように言い聞かせるように兄様の元へ歩いていく。


「兄様、来ました。遅くなってごめんなさい。今、治療しますね」

「ナーニョ、こん、なに窶れて。無理は、しないほう、が、いい」


 ケイルートは絞り出すようなくぐもった声でナーニョを労わる。


 ……兄様はこんなにもみんなのために頑張っているのに私はなんてちっぽけなんだろう。


 こんなにも傷ついている人達が大勢いるのに、自分の世界に閉じこもっていた。


 こんなにも助けを待っている人達がいるのに自分は何をしていたんだろう。


「ザイオン医務官、ヒエロスターナの指輪を」

「畏まりました」


 辛そうに息をしているケイルートの手をそっと取り、差し出された指輪をつけて言葉を紡ぐ。


 ゆっくりと魔力を流し込む。


 溶けた皮膚は全身をじわじわと焼いている様子。水で流した後が見受けられるが、酸はとても強力なものだったのだろう。


 指先は無くなり、足も骨の一部が無い。


 ゆっくりとゆっくりと再生させるように炎症を抑えながら魔法を掛けていく。


「兄様、もう大丈夫です。痛い所はありますか?」

「!! 無い。どこも痛くないよ、ナーニョ。有難う」

「兄様が生きていて良かったっ。心配かけてごめんなさい。私はもう大丈夫。ローニャだけでは治療が間に合わない。他の方の治療も行っていきますね」


 この場に居た重症患者は十名。


 みんな酸で攻撃されたようだ。やはり一度での治療は難しい。


「ザイオン医務官、ヒエストロの指輪を」

「畏まりました」


 私は指輪をつけなおし、魔法を唱える。数日間使っていなかった魔力は嬉々として指輪を通し広がっていく。


 消え入りそうな命を繋ぎ、治療していく。


 魔法を掛け終わると何処からともなく感嘆の声が上がった。


「一度で全ての方の治療が出来ず、申し訳ありません。明日からまた少しずつ治療に入ります」


 ナーニョが頭を下げると、ナーニョに感謝する声が聞こえてくる。


「ナーニョ様、医務室へ。こんなに窶れては倒れてしまいます。あちらで一度、診察しましょう」

「ナーニョ! 俺も行く」


 咄嗟にケイルートは立ち上がり、医務室について行こうとしたが、フェルナンド達に止められた。


「ケイルート殿下、自室に戻りましょう。治療してすぐに動いてはなりません。

 静養が必要です。

 それにナーニョ様の裸が見たいと仰るのですか? いけませんよ。例え妹とはいえ、年頃の女性は裸を見られたくないですよ?」

「!! そ、そうだな。分かった」

「そこの者、担架を持ってこい。殿下を部屋までお運びしろ」

「お、俺はもう歩けるっ。担架などいらん」


 フェルナンドの指示で護衛騎士は嫌がるケイルートを否応なく担架に乗せ、彼は部屋へと運ばれて行った。


 私はザイオン医務官の診察を受ける。


「ふむ。怪我や病気はなさそうですね。ですが、食事を摂らなかったせいで食が細くなっているようだ。

 これ以上痩せては命に関わります。少しずつでも食べる量を増やしていきましょう。気持ちの方は落ち着きましたか?」


「はい、先生。ご迷惑をお掛けしました。色々悩んでいましたが、ケイルート兄様が怪我をしているのを見た時、私の悩みよりも大切なものがあるのだと痛感しました」

「……あまり無理はせぬようお願いします」

「……そうですね。明日からまた医務室に治療をしにきます」


 こうして私は着の身着のままで医務室に来た事を思い出して慌てて部屋に戻った。


 侍女にも夕食から食堂で摂るように伝える。


「お姉ちゃん、もう大丈夫なの?」


 部屋に戻ると、ローニャは侍女に戻ってきたのを聞いて部屋に勢いよく飛び込んできた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る