第49話

「こっちが私の妹のローニャです。彼女は見ての通りまだ幼い姿をしております。妹はまだ重症患者を見慣れていないため、治療は軽傷の患者をお願いしたいです」

「なんと!? 幼いローニャ様も治療が出来るのでしょうか?」

「えぇ。ローニャも治療魔法を扱う事が出来ます」

「ローニャも頑張ります! フォンスレイド様、宜しくお願いしますっ」


 聖騎士団長はローニャが元気よく挨拶するのを見て微笑んでいる。


「では怪我人がいる部屋へと向かいましょう」


 ボッシュ様は神官長の元に戻るのかと思いきや私達の後ろをフェルナンドさん達と共について歩いてくる。


 彼はグリークス神官長から身を挺しても私達を守るように仰せつかっているらしい。


 そして治療中もしっかり見守るようだ。




 そうして私達は医務室に入った。


 どうやらここで診察を行い、治療した後、そのまま入院するか、持ち場に戻る事が出来るかを判断するらしい。


 重症者は別の場所に直接運び込まれるのだとか。


「ローニャ様、ここで医者をしているジュードです。分からない事があれば何でも聞いて下さい」

「はーい! あっ、あのね。ローニャ達は怪我人は治せても病気は治せないから気を付けてね?」

「そうなのですか?? 分かりました」


 ここも王宮と同じように軽傷者と重傷者が別れているようだ。


 王宮では下女が怪我人の世話をしていたけれど、ここでは信者や孤児院に住んでいる人が怪我人の世話をしているらしい。


 フェルナンドさんはローニャの護衛に付いてくれるようだ。


 侍女にもローニャに付くようお願いをした後、私はマルカスさんとボッシュさんと聖騎士団長のフォンスレイド様と一緒に重症患者がいる部屋に向かって歩き始めた。


「ナーニョ様は最近王家の養女になったと聞きました。それはやはり治療魔法が使えるからなのでしょうか?」

「……そうですね。公式に発表されるまではあまり公にはできないですが、来週だったかな? 公表すると国王陛下が言っていました」

「私共も魔法が使える人間が過去に存在していたと聞いたことはあったのですが、こうしてお会いして見学出来るなんて夢のようです。

 本来なら神官長もここへ来て見学する予定だったのですが、何か突然部屋に篭られてしまったのです。神官長と一緒でなくて申し訳ありません」


「いえ、気にしないで下さい。きっと神官長は今張り切って魔法を勉強しているのだと思いますから」

「魔法の勉強……ですか?」

「えぇ。詳しくはグリークス神官長に聞いてみてくださいね」


 ナーニョ達は雑談をしながら重傷者が待つ部屋に到着する。


 神殿も王宮とはさほど変わらず、扉を開けるとツンと薬品の匂いや血の匂いが立ち込めていた。


「ここの部屋にいる重症患者は二十一名。神の膝元へ向かう事を願っている者も少なくないです」


 フォンスレイド様は沈痛な面持ちで彼らを見ている。


 ナーニョは考えた。


 王宮の重傷者は数が少なかったけれど、ここは重傷者の数が多い。


 一人ひとり丁寧に治していると全員を治すことができない。


 次に来るのは来週だ。


 一週間後には命を落としているかもしれない。


「フォンスレイド様、今から治療をしますが、一人を完全に回復するまで魔法を掛けると全員に魔法を掛けることができません。

 私が次に神殿に来るのは来週だと聞きました。

 その間に治療出来なかった人達は死を迎えてしまうかもしれない。

 だから、皆様回復魔法が行き渡るように治療を六割程度にさせてください」


「!! 本当ですか!? 皆に回復魔法をかけていただけるとは。ここにいても死を待つのみ。藁をも縋る状況なのです。どうか、宜しくお願いします」


 私は一番近いベッドの上にいる白い布がグルグル巻きにされている患者の手を取る。


 息も荒く痛みを我慢しているのだろうか。

 布から染みだした液が痛々しい。


「治療を始めますね」


 ナーニョはそう言ってヒエロスと唱えた。


 いつものように淡い光が患者を包んでいく。


 どうやらこの患者は魔獣に毒液を掛けられたのか、火を吹かれたのか分からないが皮膚は黒ずみかなり痛んでいる。


 全身が火傷すればすぐに死んでしまうと聞いたことがある。

 この人はここに運ばれてまだ間もないのだろう。


 軽い火傷の状態までは回復させた。


「完治させられなくてごめんなさい。また治療させてください」

「!! あぁっ。声が出せる! 痛っ。痛いけど、ヒリヒリと痛いけど、かなり楽になった。有難う」


 次のベッドの患者は背中を爪で割かれ、傷口が化膿し熱が出ている状態だという。


 横向きで寝ているせいか腰のあたりに床ずれも起きているようだ。


 ナーニョは肩に手を当てて背中を治療する。


 この患者は比較的怪我が軽いため背中の治療はすぐに終わった。


「フォンスレイド様、この方は背中の傷は治しましたが、傷口からのばい菌が全身を弱らせているようです。後はこの方の生命力を信じるしかありません……」

「分かりました。彼は人一倍体力がある。彼の生命力の強さを信じましょう」


 こうしてナーニョは一人ひとりに声を掛けながら治療していった。


 六割程度でも重症患者にとっては軽傷まで回復出来ている。


 殆どの人達は意識が朦朧としているが、じきに目が覚め動く事も出来るだろう。


 フォンスレイドは長年の付き合いのある同僚もいたようで治療し、回復していく様子を見て涙を拭っていた。

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