困った岳父だな

 寿春より使者が来たというので、曹昂は陳留城内の一室へと向かった。


 室内には、男が一人だけ居た。


 男は、曹昂を見るなり一礼した。


「寿春より参ったと聞いたが、義父上は壮健かな?」


「はい。お元気であられます」


 本題に入る前に雑談に興じる曹昂。


 袁術がどんな目的で使者を送って来たのか分からないので、とりあえず話に興じて相手の腹を探る事にした。


 話し終えたのか、使者が懐から手紙を取り出した。


「我が殿より、こちらを届ける様にと」


 曹昂は使者の差し出した手紙を受け取り、封を破いて中に入っている手紙に目を通した。


 ざっと目を通して、書かれている内容を読んだ。


 最初の方は、こちらは元気である事と、娘は元気にしているかどうかが書かれていた。 


 ここら辺はいつも通りであったが、次の行に行くと、凄い事が書かれていた。


 意訳すると劉協の姉を娶ったそうだが、何時絶える分からない王朝の皇女なんぞ娶るとは酔狂だな、と書かれていた。


 この劉協とは、天子の名である。この何時絶える分からない王朝とは漢王朝の事を指していた。


 臣下である袁術が畏れ多くも現帝の名前を手紙に記し、漢王朝が何時滅ぶか分からないと書くなど、朝廷の重臣に見せたら『謀反だ』や『不敬罪で処刑』と言われてもおかしくなかった。


 この手紙は読み終わったら、処分しないと駄目だなと思いつつ、次の行を見た。


 其処には伝国璽を手に入れた事と、私はいずれ皇帝になるであろうとしっかりと書かれていた。


『私は今すぐにでも帝位に就くべきだと思うが、側近の閻象が今はまだその時期ではないと諫めるが、お主はどう思う?』


 手紙を読み終えた曹昂はすぐに返事を書く旨を使者に伝えると、別室に行き筆を取った。


「北は呂布。西は劉表が強い勢力を築いております。まずは、その二つの勢力を駆逐した後で、帝位の事を考えても宜しいかと思います。っと、こんなところか」


 遠回しに帝位に就くべきではないと諫める手紙を書いた曹昂は、使者にその手紙を渡した。


 使者の男は一礼し、部屋から出て行った。


 曹昂は安堵の息を漏らした後、袁玉の下に向かった。


 部屋を訊ねて来た曹昂を袁玉は笑顔で迎えてくれた。


「今日は如何なさいました?」


「義父上から文が来てね。その報告に」


「まぁ、父から」


 自分達が、元気にしているかどうかという事が書かれていた事だけ告げた。


 流石に、父親が帝位に就きたいと書いている事は告げられなかった。


 それを聞いた袁玉は嬉しそうであった。


 その後、二人は他愛のない話で時間を潰した。




 曹昂が手紙を書いた十数日後。




 手紙を受け取った使者は袁術に手紙を届けた。


「ふ~む。閻象よ。この手紙をどう思う?」


 袁術は、そう言って持っている手紙を側に居る閻象に渡して見せた。


 手紙を受け取り読んだ閻象は頷いた。


「流石は殿が娘婿として見込んだお方ですな。素晴らしい慧眼をお持ちだ」


 閻象は曹昂の手紙を一読するなり、曹昂の意図を直ぐに察した。


 同時に自分と同じ考えの者が、袁術の身内にいる事に安堵した。


(これで帝位に就けば良いと書かれていたら、殿は間違いなく帝位に就こうとしただろう)


 昨今の情勢と、今自分達が置かれている状況から考えて、帝位に就くべきではないと判断できたからだ。


「確かに、我等は曹操とは同盟を結んでおりますが、何時敵に回るか分かりません。加えて、呂布、劉表と言った勢力も見過ごす事も出来ませんな」


「ふぅむ。確かにな。では、帝位に就くのは止めるか。今は」


 そう言う袁術の顔はかなり不機嫌そうであった。


「それが宜しいかと」


 袁術の言葉を聞いた閻象は、内心で安堵の息を漏らした。


「だが、娘婿の言う通りだ。我等の勢力を拡大する為には、呂布と劉表は邪魔だ。如何にすべきだと思う?」


 袁術に訊ねられた閻象は自分の考えを話し出した。


「お言葉通りですが、劉表は荊州を治めておりますので、我等よりも多くの兵を集められます。此処はまず呂布を討ち、然る後に劉表を討つべきかと」


「成程な。では、配下の将の誰かに兵を与えて攻めさせるか」


「お待ちを。呂布は我等に比べれば勢力こそ弱いですが、その配下は勇将揃いです。まともに当たれば、我が軍の被害は甚大です。此処は相手に混乱を起こさせてから、攻め込むべきです」


「確かにそうだな。それで、どう混乱を起こすのだ?」


「呂布の配下に郝萌という者がおります。この者は武勇は優れているのですが、どうも金に目が無い男の様です。この者に賄賂を贈り、反乱を起こさせるのです」


「成程。その反乱で呂布が死ねば良し。死ななくても力を削ぐ事は出来るか」


 袁術は閻象の策を聞いて、面白そうだと思った。


「これだけでは弱いので、ある者に文を送ります」


「誰に送るのだ?」


「呂布が頼りにする軍師陳宮にです」


 閻象が言った名前の主を聞いた袁術は、文を送る理由を訊ねた。


 閻象はその理由を話すと、袁術はその策で行く事を決めた。


 直ぐに郝萌に密使を派遣した。

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