別れの時が近い

 陳留の下見が終わった曹昂達は許昌への帰路についた。


「えっと、その、劉姉さん」


「なぁに、董白」


 董白が照れながら、劉吉の事を姉と呼び出した。


 劉吉は姉と呼ばれた事が嬉しいのか、微笑みながら話を訊ねていた。


 来た時に比べると、董白と劉吉との仲がグッと近くなった事に喜ぶ曹昂。


 その事に喜びつつ、曹昂達一行は許昌への帰り道の途中にて休憩を挟んでいた。


 皆思い思いに、休憩を取っていると、前方から砂煙が上がっているのが見えた。


 何事かと思い警戒する一行。


 曹昂も鞘に収まった剣を取り、いつでも抜けるようにしていた。


 やがて、騎兵が一騎やってくるのが見えた。


 その騎兵は曹昂達一行を見るなり、馬の足を緩めていった。


 徐々に速度が落ちて行き、歩く程度の速度になり、曹昂達の前まで来ると馬の足を止めて、乗っていた兵士は馬上から声を掛ける。


「そちらの一行は、曹昂様の御一行とお見受けするっ」


 兵の問い掛けに護衛の兵が曹昂の代わりに答えた。


「その通りだ。貴様は、何者だっ?」


「曹司空様の使者として参りました。曹昂様に御目通りをっ」


 騎兵がそう言うので、曹昂は守っている兵達の前に出た。


 曹昂が前に出たのを見た兵士は、その綺麗な服と身に着けている装飾品の数々を見るなり、目的の人物と分かったのか、兵士は馬から降りて曹昂の前まで来るなり跪き頭を下げた。


「司空様よりお手紙を預かりました。どうぞ」


 兵士はそう言って懐から紙を取り出し、曹昂が取りやすいように掲げた。


 手紙を受け取った曹昂は手紙を広げて中に目を通した。


 端から手紙を読んでいく。最初は何が書かれているのか警戒している様であったが、途中から溜め息が出そうな顔をしだした。


 書かれている内容が、都造りが終わったので、年を越したら、その祝いで宴を開くので、何か美味しい料理を作れと書かれていたのだ。


 手紙に書いてまで言う事かと思いながら読んでいたが、最後の行を読むと表情を硬くする。


『最近、孫策が兵を集めている様だ。何の為か聞いておくように』


 孫策が独立の為に兵を集めている事が、曹操の耳にまで届いたと知り曹昂は困った顔をしていた。


 曹昂からしたら、既に何の為に集めているのかは知っているが、それを曹操に言えば、即謀反と断じて処刑するのが目に見えていた。


 それでは揚州は幾つかの勢力が跋扈したままになる。それでは困った事になるので、どうするべきか悩んでいた。


「…………いっその事、揚州の何処かの郡の太守に任命させて、後は好きにさせるか」


 そう言った後、父にどう言って朝廷へ奏上させるか考える曹昂。

 


 曹昂が考え事をしている頃。



 孫策は居城にしている城の一室で兵の報告を聞いていた。


「報告します。募った兵が三千に達しました」


「そうか。良し、もう兵の募集は止めるように通達しろ」


「はっ」


 兵が一礼し、部屋から出て行った。


 部屋に一人残った孫策は、窓から外を見た。


 快晴と言っても良い天気を飛んでいるのは一羽の鳥であった。


 自由気ままに飛んでいたが、突如その鳥に烏が襲い掛かった。


 鳥を捕まえた烏は悠然と何処かに飛んで行った。恐らく、巣に持って帰り捕食すると思われた。


 それを見た孫策は、ポツリと零した。


「自由に飛ぶという事は、何時如何なる時も危険に見舞われる事があるか……」


 鳥でさえそうならば、人である自分はもっと危険な目に遭う事になると予想する孫策。


「……だが、後悔はしない」


 孫策はそうでなければ、恩人達を裏切ってまで独立をしようとは思わなかった。


「俺は、俺の道を行く」


 そう呟いた後、孫策は程普達と今後の事を話し合う為に部屋を出て行った。


 部屋を出た孫策は程普、韓当、黄蓋が居る部屋に入った。


「孫策様。何故、兵を集めているのですか?」


 部屋に入って来た孫策に、程普がずばりと訊ねた。


 程普達も何の目的で兵を集めているのか知らされていなかった。


 戦をするというのであれば、そういう噂が流れる筈であったが、程普達の耳に入っていなかった。


 兵の集め方も、大っぴらに募集している訳でもなかった。


 どちらかと言えば、密かに集めている様であった。


 本格的に募集すれば、最低でも一万は集める事が出来た。


「…………程普、韓当、黄蓋。俺が答える前に、一つ聞きたい」


「何でしょうか?」


「もし、俺が独立したいと言ったら、お前等はどうする?」


 孫策の問い掛けに、程普達は驚愕の表情を浮かべた。


 遠回しな事を言わず聞きたい事を、即聞いてくる孫策をジッと見た。


「……まさか、独立をお考えで?」


「孫策様。それは」


 程普は、辞めた方が良いのではという顔をしていた。


 独立しても、曹操の勢力に対抗できると思えなかったからだ。


 だが、このまま曹操の家臣のままで終わっては、亡き孫堅に対して申し訳が立たないという思いもあった。


 孫堅は、天下を取りたいという野望を持っていた事を知っていたからだ。


 そうでなければ、荊州に侵攻などしなかった。


 亡き殿の悲願を達成する為には、曹操の家臣のままでは叶わない。


 だが、曹操と曹昂の強さを知っている為、独立するべきだと言う事が出来なかった。


「宜しいかと思います」


「私も賛成です」


 口籠もる程普とは、反対に黄蓋と韓当は独立に賛成した。


「韓当⁉ 黄蓋⁉ 貴様等、孫策様に曹操殿の恩義に背けと言うのか⁉」


 程普の指摘に黄蓋達はじろりと見た。


「では、孫策様にこのまま曹操の家臣で居ろと言うのか?」


「それでは、亡き大殿が草葉の陰で泣くであろうよ。何の為に、その命を散らしたと思うのだ」


「それは……」


 程普は唸る事しか出来なかった。


「程普は反対か?」


「……はい。曹昂殿が作る兵器は尋常ではありません。せめて、その対応策を考えついてから、独立を図った方が良いと思います」


 そう言う程普は内心でそんな方法があるものかと思っていた。


 そんな程普の気持ちとは裏腹に孫策は気軽に答えた。


「大丈夫だろう。『竜皇』も『帝虎』も山では使えないだろうし『飛凰』だって、風が強い日だと使えないだろう。火薬も雨が降れば使えなくなる。こういう弱点もあるんだから、大丈夫だ」


「そういうものでしょうか?」


 孫策の言葉を聞いても、程普は不安そうな顔をしていた。


「兎も角、独立をする準備をしているんだ。後は、適当な理由をつけてこの地を後にするだけだ」


「一族の方も連れてですか?」


「そうだ」


「……分かりました」


 孫策の目が本気の目だと見て悟った程普は、これ以上何を言っても無駄だと分かった。


 こうなれば、腹をくくり孫策の決断に従う事にした。


 その後は独立した際、何処の地を拠点にするか話し合った。

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