戦利品

 曹豹軍を撃破した曹操は南下し、夏候惇と合流を図った。


 行き掛けの駄賃とばかりに昌慮県、蘭陵県、襄賁県、承県、陰平県、戚県を陥落させる。


 倒れる前の陶謙が籠城を指示したのだが、曹操軍の速さに準備が追い付かなかった。


 曹操は多数の戦利品、兵糧などを手に入れる事が出来て、ホクホクしながら南下を続けた。



 数日後。


 曹操軍が彭城郡に入った。


 その頃には夏候惇は傅陽県の城の攻略に掛かっており、後少しで陥落できるというところであった。


 夏候惇が陣営を張っている所に曹操が軍勢を率いて向かうと、先触れを送ったからか、夏候惇が陣営から出て待っていた。


 曹操は夏候惇の姿を見るなり、馬から降りて夏候惇の傍に近付く。


「惇。そちらは順調そうだな」


「孟徳こそ。報告では七つほど城を落としたと聞いているぞ」


「ははは、敵は抵抗らしい抵抗をしないからな。そちらは如何だ?」


「こっちは広戚県、留県、呂県の三つを落とし、今四つ目の傅陽県の城を攻撃しているところだ」


「戦況は如何だ?」


「もう少し攻めれば落とせるところだ」


「そうか」


 曹操は城を落とせると聞いて笑みを浮かべた。


「そう言えば、曹仁の方はどうなっているか知っているか?」


「報告だと、五つの城を落として北上し、少し前に彭城国に入って菑丘県の城を落として、今頃は梧県の城を攻略している頃だろうよ」


「流石は曹仁と言うところか。惇よ。早いところ、あの城を落として彭城県で曹仁と合流し、凱旋といこうではないか」


 曹操は早く凱旋したいという顔をしているので、夏候惇は苦笑いを浮かべた。


「逸るな逸るな。もう城は陥落寸前だ。この戦は我々の勝ちだが、兵の損失は出来るだけ避けるべきだ」


 今後の事も考えて兵の損失は出来るだけ避けて勝利するべきだと夏候惇が言うと、曹操も頷いた。


「そうだな。今回の作戦目標は果たしているからな。問題ないか」


 後は兵を出来るだけ損失させないのが良いなと思い直す曹操。


「……それは良いとして。陶謙についてはこの後、どうするんだ?」


「そうよな。この戦で反省して謝罪するのであれば良し。しないと言うのであれば、今度は何かしら理由を付けて、攻め込むだけだ」


「お前らしいが。まぁ、このご時世だ。仕方がないな」


 夏候惇も先に陶謙が仕掛けて来たのだから、向こうもこうなる事を考えて来たのだと思い哀れむ事はしなかった。


「さて、長話もこれぐらいで良いだろう。陣営に入り酒でも飲もうぞ」


「もう飲むのか?」


 夏候惇は空を見上げると、まだ日は高く青い空が見えた。


「まだ日中(約十一時から十三時の間)だぞ」


「城を陥落させる前祝いだ。景気良く飲もうぞ」


「はぁ、分かった。付き合おうぞ」


「流石は我が友だ」


 夏候惇は溜め息を付きながら曹操の後を追いかけた。


 程なく城は陥落した。




 それから更に数日後。




 夏候惇の軍と合流した曹操軍は彭城県へと向かった。


 曹仁が梧県を落とし、彭城県へ向かっていると連絡が来た。その連絡が来るなり、曹操達は直ぐに軍を進発させた。


 馬を進ませながら、曹操は傍にいる荀彧に話し掛ける。


「それにしても、未だ陶謙は軍を整えて攻撃してくる気配が無いが、何かの策か?」


「いえ、郯県に忍び込ませている者の報告だと、陶謙が倒れたとの事です。それで、軍を整える事が出来ないそうです」


「はっ。人の領地に攻め込んで来て、それで攻め込まれた途端、倒れるとは。呆れて物も言えんな」


「確かに」


 曹操が呆れるというよりも、怒った声でそう言うので荀彧も同意する様に頷いた。


「殿。彭城県を落とした後は凱旋するという事で宜しいですか?」


「うむ。城を陥落させたときに兵糧を奪ったとは言え、彭城を落とした後で郯県に向かい城攻めとなると、流石に兵糧が心許ないからのう」


「はい。夏候惇軍との兵糧を合わせても二週間分です。曹仁軍と合流した後でどのくらいの兵糧があるのか分かりませんが、彭城を落とした後の事も考えますと、郯県城の攻略は難しいかと」


「であろうな。此処は欲張らずに、当初の目的通りに行こうぞ」


「はっ」


 曹操と荀彧は目的通りに行く事を決め、彭城へと向かった。


 途中、曹仁軍と無事合流し彭城が見えた所に差し掛かると、城壁には白旗が掲げられていた上に全ての城門が開かれていた。


 降伏の意を示していると直ぐに分かったが、曹操は、


「これは偽計かもしれん。誰か城に行って、城を守る県令を呼んで参れ」


 兵法に通じ疑り深い曹操は一応偽りの降伏かも知れないと警戒し、兵を城に向かわせた。


 程なく城に向かった兵士は県令を連れて戻って来た。


「私は彭城県県令の環葎かんりつ。字を関奉せきほうと申します。この度は曹孟徳様に拝謁する事が出来まして、誠に恐縮の至りにございます」


 平伏し叩頭をせんばかりに頭を下げる環葎と名乗った県令。


 その県令を見て曹操は直ぐに、これは偽りの降伏では無いと直ぐに分かった。


(この落ち着きの無さで偽りだとしたら、大した者だ)


 そう思いながら、曹操は環葎に訊ねる。


「お主が県令だそうだが。何故、降伏する事を選んだ?」


「は、はい。州牧の陶謙が倒れた事で援軍が来る望みも無く、城に暮らしている者達を助ける為に降伏する事を選びました」


「そうか。宜しい。降伏を受け入れよう」


「おお、ありがとうございます。ありがとうございます」


 環葎は叩頭しだした。


 県令の環葎が降伏したので、曹操は難なく彭城に入る事が出来た。


 その夜。


 環葎は曹操達を招いて宴を開いた。


 妓女を呼び躍らせて、音楽を鳴らし盛大な宴であった。


 その席で曹操は自分の酌をしている女性に目を奪われた。


 少し垂れた目。笑うと頬に深い笑窪のできる優しい顔立ち。


 髪は頭頂部付近を高いポニーテールにして、大きな団子を頭の中央にふんわりと作っていた。


 深衣を纏っていたが、曹操の目にはその女性がどんな体型か直ぐに分かった。


(ふむ。乳房は大きく、腰は細いな。それでいて、尻も大きいな。これは子を沢山産めそうだ)


 酌してくれる女性を見て、そう思う曹操。


 曹操は一目で女性を気に入っているところで、環葎がやって来た。


「孟徳様。宴は楽しまれておりますか?」 


 環葎が頭を下げながら訊ねて来たので、曹操は盃を掲げながら答えた。


「うむ。このような宴を開いてくれた事に感謝するぞ。関奉殿」


 曹操が満足そうな声で言うのを聞いて、環葎は安堵の息をついた。


「それはようございました。これ、娘よ。孟徳様の酒が空であるぞ。注ぐのだ」


「はい。父上」


 環葎がそう言うので、酌をしている女性は盃の酒を注いだ。


「娘?」


「はい。ご紹介が遅れました。この者は娘の環桃かんとう。字を気良と言います」


「曹孟徳様に、ご挨拶申し上げます」


 紹介された環桃は頭を下げた。


「ふむ。中々の器量良しと見た。ご自慢のご息女でしょうな」


「ええ、まぁ。ですが、昨年、夫を病で亡くしまして。子供も居ませんので、今は家に戻ってきております」


「何と、それは、また失礼な事を聞いてしまったな」


「お気になさらずに。まぁ、娘も今年で二十四になりますので、嫁の行き手がなかなか」


 そう言いながら、環葎はチラッと曹操を見る。


 曹操はそんな視線を受けても、最初意味が分からず首を傾げた。


 今度は娘の環桃と曹操を交互に見るので、曹操はようやく何を意味するのか分かった。


「…………ああ、成程」


 環葎が目で、何を訴えているのか分かった曹操は笑みを浮かべた。


「関奉殿。貴殿の娘は素晴らしい器量を持っていると見た。其処でどうだろうか。貴殿の娘を私に下さらないだろうか?」


「お、おおお、それは助かります。娘には素晴らしい縁と言えるでしょう」


 環葎は、わざとらしい位に喜んでいた。


 話を聞いていた環桃は少しの間、黙り込んでいたが、直ぐに自分の嫁の行き先が分かり曹操の前に来て頭を下げた。


「末永くご寵愛をお願いします」


「安心せい。私が生きている間は、無体な事はせんよ」


 曹操はそう言って笑いだした。


 宴が終わると、曹操は環桃を連れて寝室に向かった。



 翌日。


 曹操は環葎を東郡范県県令に任命し、一族を連れて兗州に来るように命じた。


 環葎も曹操に降伏し娘を側室にした事が陶謙の耳に入れば、何をされるか分からないと思いその命令を受諾した。


 一族を連れて曹操と共に兗州へ向かう事になった。

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