お世話になります

 河内郡を出た曹操達は数日掛けて兗州に入り、そのまま陳留郡の陳留県へと向かった。


 その地は曹操の親友の張邈が、郡の政事を行っていた。


 事前に先触れを送っていたので、張邈は城外で出迎えてくれた。


「良く来てくれた。孟徳」


「元気そうで何よりだ。友よ」


 張邈が近付くと曹操は馬から降りて近付き、お互いの手を握った。


「お前がこうして兗州に来てくれるのは助かる。正直に言って黄巾賊には手を焼いているんだ」


「だろうな。何でも百万を号しているそうだな」


「実際にそれだけ居るのか、どうかも分からん。だが、頻繁に州を越えて襲撃して略奪を繰り返すからな。かなりの大軍と思われている」


「そうか。さて、これは大変かも知れんな」


 曹操は困ったような顔をするが、密かに五斗米道を使って、黄巾賊と交渉している事を張邈には話さない。


 成功するか失敗するかも分からない事と、誰かの耳に入る事を考慮しての事だ。


「まぁ、とりあえず今は城内に入ろう。暫くはこの地に居るのだろう?」


「鋭いな。まぁ、その通りだ」


「もう少しで年を越すからな。赴任先に向かっている途中で、年越しなど流石にしたくないからな」


「ははは、その通りだ。その代わりに酒と美味い料理を出すので許してくれ」


「それは悪くないな。お前の所の料理は本当に美味しいからな」


 張邈と曹操は連れだって、城内に入って行った。


 談笑しながら、歩く二人を見て曹昂は仲が良いんだなと本当に思った。




 城内に入ると、直ぐに宴となった。


「さぁさ、孟徳。それに皆様方。宴をお楽しみ下さい」


 上座に座っている張邈がそう言って盃を掲げて煽ると、曹操達も盃に口をつけた。


 今、兗州は黄巾賊の襲撃に晒されているからか、楽器も鳴らず妓女も踊る事なく静かであった。


 曹昂は、いつもの宴は流石に贅沢だから自粛しているのか?と思いながらも膳に乗っている料理を黙々と食べていた。


 宴に参加している者達は誰も文句を言う事なく、粛々と酒を飲んで料理を食べていた。


 静かすぎるという思いあるが、曹昂はこれはこれで良いのではと思えた。


 そう思い水を飲んでいると、自分の前に誰かがやってきた。


 誰だと思いながら顔を上げると其処に居たのは女性であった。


 身の丈八尺約百八十センチもあり、両側頭部に艶やかな黒髪の一部を猫の耳の様な形にして他の髪は後ろに流していた。


 小麦色の肌。切れ長で吊り上がった目。周りの人達が注目する程の美しい顔立ち。胸も大きく育っており、腰も折れそうな位に細かった。尻も程良く肉付いていた。


 曹昂は誰だと、訊ねる前に女性が一礼した。


「お初にお目に掛かります。わたしは程丹。字を徳姫と申します」


「これはどうもご丁寧に」


 曹昂は頭を下げるが、目の前の女性は誰だと思いながら横目で張邈を見た。


 その視線を感じて、張邈が教えてくれた。


「知り合いの娘でな。父親から預かってくれと頼まれたので預かっているのだ」


「成程。そうでしたか」


「この徳姫は正直に言って腕がかなり立つ。この子の父親も『息子に生まれていたら、どれほど良かったか』と嘆かせる程の武勇の持ち主だ。何せ、我が軍の腕に覚えがある者達が、総勢で掛かっても倒せぬのだからな」


 と張邈は笑いながら語る。


 それを聞いた曹操達は思わず、曹昂の傍にいる董白を見てしまった。


 皆からの視線を浴びて、董白は皆が何を思っているのか分かっているので黙っていた。


 曹昂はそんな空気を誤魔化す様に、咳払いする。


「それで、何か御用でしょうか?」


「いえ、宴ですので。静かすぎるのも少々興が醒めるというもの。貴方様は料理が得意との事、此処は一つ何か作ってはどうかと思いまして」


 程丹は笑顔でそう言いだした。


 宴に招いた人物に料理を作らせるのは、些か無礼ではないかと居並んだ張邈の家臣達は思ったが。


「ほぅ、曹昂の料理か。久しぶりに食べるのも悪くないな」


 張邈は何度か曹昂の料理を食べていたので、その味を思い出したのか生唾を飲み込んだ。


「そうだな。息子よ。何か作って参れ」


「は、はぁ、分かりました」


「甘い物が食べたい。そうだな、卵を使った甘い物を作れ」


 何で貴方が注文するのだろう?と思いながら、曹昂は厨房に向かいながら何を作ろうか考えた。


(卵ね。じゃあ、贅沢にアレを作るか。最近、何とか作れるようになったからな)


 作る料理を決めると、曹昂は足取りも軽やかに厨房へ向かった。

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