急いで相談せねば

 曹昂が河内郡に戻った翌日。



 前日に育ての母である丁薔に、一言も告げずに旅へ出た事について、これ以上にない程に説教を喰らった事で疲れ切った顔をしながら仕事をしていた。


 曹操もまだ十五歳の息子に書類仕事をさせる事はしなかった。


 その代わりに、隠密部隊『三毒』の取り纏め役をやらせていた。


 この『三毒』は曹昂が設立した部隊でもある事と、部隊の特性上情報の漏洩がされない様に信頼できる者が必要であった。


 更には、手に入れた情報を活用できる者も同じく必要であった。


 それら二つを兼ね備えている上に、曹操の信頼が厚いという事で曹昂が取り纏めていた。


 曹昂が居ない間は曹操がその役をしていたのだが、太守の仕事で忙しくなり手が回らなくなっていた。


 どちらが重要かと言えば、どちらも疎かに出来る事ではないとしか言えないが、隠密の取り纏めを十五歳の子供にやらせるのはどうだろうかと思いながら、曹昂は文几に乗っている巻物の山を上から、取って中身を見ていく。


(特に目ぼしい情報は無いな。まぁ、今年はそんなものか)


 巻物には何処かの勢力が兵力を増強している。領地内に砦を増設しているなどの情報しか書かれていなかった。


 こんなものかと思いながら、次の巻物を手に取り広げると。


「……ふむ。青州では、まだ黄巾党が跋扈しているのか」


 広げた巻物には青州で発生した黄巾党が青州、冀州、徐州、幽州を荒らし回っていると書かれていた。


 青州は州全土。冀州は渤海郡。徐州は琅邪国。幽州は涿郡が多くの被害を出しているとも。


 更には青州の次に被害が大きいのは、渤海郡とも書かれていた。


「そう言えば渤海郡って、袁紹が太守をしている所だったよな。大変だろうな……」


 曹昂は他人事だからそう思った。


 そう思いながら次の巻物を手に取り広げた。


「幽州牧の劉虞が部下で右北平郡の太守の公孫瓚と対立。更に公孫瓚は冀州の州境をたびたび攻撃している模様。冀州牧の韓馥は有効な手を打てず困惑している模様か」


 この巻物が送られてきた日付が七月になっていた。


 今はもう十月であった。


 どう考えても状況は動いているなと察せられた。


 そして、次の巻物を手に取った。


「韓馥は州牧の地位を袁紹に譲り奮威将軍に任命されたが、職を辞して陳留太守の張邈の下に身を寄せた‼」


 報告内容を見た曹昂は、声を上げて驚いた。


 それは即ち冀州は、完全に袁紹の物になったと言う事だ。


 冀州を手に入れようとしたのに、袁紹の手中に収まったと知った公孫瓚がどんな行動に出るのか前世の記憶で知っていた。そして、それが穏便に済む事無く、曹昂は戦になると分かっていた。


「……これは使えるな」


 少し思案した曹昂は、良い事を思いついたとばかりに指を鳴らした。


 この事を報告しに曹操の下に向かった。


 


 曹昂が曹操の下に着くと、曹操は仕事を放って侍女と遊んでいた。


「あははは、太守様。こっち、こっちですよ~」


「ははは、どれどれ、今度こそ捕まえてやるぞ~」


 目隠しした曹操が、侍女が手を叩いた方に手を広げて歩いた。


 曹操がある程度近付くと、侍女は手を叩くのを止めて離れた。


 曹操は離れる侍女を掴まえようと抱き締めるが、空を切った。


 それを見て侍女達は笑って手を叩きだした。曹操はその音を聞こえる方に歩き出した。


(…………落ち着け。下手に騒いでも忙中に閑ありとか、何とか言って、煙に巻くのは目に見えている。だから、此処は話すべき事を話す事にしよう)


 息子が仕事をしている時に、自分はなに遊んでいるんだと叫びたかったが、今まで自分は仕事をしていたかと言われたら、そうとは言い切れなかった。


 そこを指摘されれば、返す言葉が無いので何も言えないと分かっていた。


 なので、曹昂は遊んでいる事に言及しない事にした。


 曹昂は深く息を吸って、気持ちを切り替えてから曹操の下に行った。


「……父上」


「うん? その声は曹昂か?」


 思ったよりも冷たい声が出たなと思いながら、曹昂は一礼する。


 曹操は曹昂の声が聞こえたので、目隠しを外して手で侍女達を下がらせた。


「どうした? 何かあったのか? まさか、董卓か黄巾党でも攻め込んできたか?」


「それと同等な事が近々起こると思われます」


「ほぅ、それはどんな事だ?」


「公孫瓚と袁紹が衝突する事です」


 曹昂の口から出た情報に曹操は眉を動かした。


「その情報は確かか?」


「『三毒』から上がって来た情報を整理して、僕なりの推察が混じった考えですが」


「ふむ……」


 曹操は目を瞑り思案しだした。


「それは袁紹が冀州を手に入れたから起こるのか?」


「はい。そう遠くない内に必ず」


「では、私達はどうするべきだと思う?」


 その答えを待っていたとばかりに曹昂は目を光らせた。


「此処は一つ。袁紹殿に恩を売るのはどうでしょうか?」


「ふむ。詳しく聞かせろ」


「はい」


 曹昂は曹操に腹案を話し出した。

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