意図してない時に人材に出会う
曹昂達が烝陽県に入ると、村を探した。
道なりに沿って歩いていると、村を見つける事が出来たので、そのまま宿を探した。
宿は直ぐに見つかり、そのまま一休みする一同。
「はぁ~、疲れた~」
「泉陵ではそれなりに休んだのですが、それでも疲労というのはあるのですね」
「つ、疲れました……」
董白達は、寝台で大の字やうつ伏せになりながら独白した。
「まぁ、この県にはそれなりに居るから。疲労が取れたら改めて武陵郡に入ろうね」
曹昂がそう言って董白達を見たが、三人は何時の間にか寝息を立てていた。
(考えてみれば、徒歩での旅だからな。女性の方が男性よりも体力は少ないって言うから、疲れるのも無理はないか)
今後の事を考えて、馬か馬車でも用意した方が良いかもしれないと思う曹昂。
「……丁度いいや。この村で馬車か馬が居るか聞いてみるか」
これから武陵郡や益州に向かう事を考えると、徒歩だけではきつい所もあるだろう。
なので、そろそろ馬車を用意するべきだと判断する曹昂。
ちなみに、旅立つ時に用意しなかったのは河を越える事も考えて、用意しなかったのだ。
馬や馬車の調達とこのまま部屋に入れば、寝たくなるかもしれないと思い部屋を後にした。
流石に宿を出る時は、一人で出て行かないで護衛の者を二人程連れて出た。
そのまま村を回り馬を商っているか、もしくは持っている人が居るかどうか訊ね回った。
お蔭で馬で商いしている者は居ないが、数頭と馬車を持っている家がある事が分かった。
曹昂達は早速、その家に向かう事にした。
その家への道を歩く人達に訪ねながら向かった。
数刻後。
曹昂達はようやくお目当ての家の前まで来た。
「……随分と立派な門だね」
「そうですな」
「此処はどのような家なのでしょうな」
曹昂達は、家の門を見上げながら呟いた。
目に見える門はあまりにも立派であった。最初村の村長の家かと思ってしまった。
とりあえず、馬の事で話をしようと声を掛けようとしたら、門が開きだした。
誰か出てくると分かったので、少し脇に逸れた。
少しすると、官服を着た人と、その護衛と思われる兵士達が出て来た。
官服を着た人達に少し遅れて少年が出て来た。
年齢は曹昂と同い年ぐらいだ。
気高く品が有る顔立ちをしていた。
少し袖などが切れてはいるが、服の生地から木綿ではなく絹の服を着ていた。
装飾がされている帯だが、色が少し落ちていた。
「では、良い御返事を期待しております」
官服を着た人が、その少年に向かって一礼した。
曹昂達は、その光景を見て愕然とした。
官服を着ている所から役人であるのに、少々劣化している服を着ている少年に頭を下げるので驚くのも無理はない。
「熟慮した上でお答えします」
少年は返礼しながら答えた。
官服を着た人が頭を上げると、護衛の兵士達と共に離れて行った。
少年はその者達が離れて行くのを見て顔を上げた。
「……ふぅ、誰が俎上の魚になろうものか」
少年はボソリと呟いた。
その声には、軽蔑した様に聞こえた曹昂。
気になって話しかけようとしたら、少年が曹昂達に気付いた。
「これは、何時から其処に居られたのですか?」
少年は曹昂達に一礼しながら訊ねてきた。
曹昂達は隠す事ないのかありのままに告げる。
「先程の方々が出て行った時に丁度いました」
「そうでしたか。我が屋敷に何用でしょうか?」
「ええ、ちょっと相談がありまして。ああ、名乗りをしないで失礼しました。僕は昂と申します」
曹昂は自分の名だけ告げて頭を下げた。
「昂ですか。……まぁ、良いでしょう。僕は劉巴と申します」
曹昂の名乗りを聞いて訝しんだ少年であったが、このご時世で何か事情があると察したのか、自分の名前である劉巴と名乗り曹昂に対して一礼する。
「立ち話も何なので、どうぞ。屋敷へ」
「これはどうもご丁寧に」
劉巴が屋敷に入る様に勧めて来たので、曹昂達は頭を下げて劉巴の案内で屋敷へと入った。
後に、曹昂の側近にして「四友」の一人となる劉巴との出会いであった。
劉巴の案内で屋敷に入った曹昂達。
屋敷の中に入ると、失礼と思いながら中を見回した。
所々の壁には亀裂が走っており、瓦の部分も剥げている所があった。
それなのに、庭の木々は立派に生えていた。池には何かの魚がいる様で元気に泳いでる。
(何かちぐはぐな所だな。家はボロボロなのに、庭とかは立派だなんて)
曹昂がキョロキョロと見回していると、一緒に入って来た護衛の人も同じ思いなのか不思議そうに屋内を見ていた。
「どうぞ。お入り下さい」
劉巴が扉を開けてくれたので、曹昂達は部屋に入った。
部屋に入ると、曹昂は置かれている椅子に腰を下ろした。護衛の二人はその背に立った。
劉巴は対面の椅子に座る。そして、手を叩きだした。
少しすると、部屋の戸越しに「失礼します」という声が聞こえて来た。
戸が開けられると、二人分の茶碗が乗ったお盆を持った使用人が入って来た。
使用人は曹昂と劉巴の前に茶碗を置くと「何か有りましたらお呼びを」と劉巴と曹昂にも一礼して、振り返らないで下がり、音を立てない様に部屋から出て行った。
それを横目で見た曹昂は、随分と躾けられた使用人だなと感心しながら茶を啜った。
曹昂が茶を啜るのを見て、劉巴も椀を取り茶を飲んだ。
一口つけると椀を置いて曹昂を見る劉巴。
「それで我が屋敷には何の御用でしょうか?」
良く知らない人物なので、回りくどい話とか雑談を交えないで単刀直入に訊ねる劉巴。
曹昂も別に隠す事もないので、ありのままに告げる事にした。
「私共は行商を行っているのですが、実はこれから益州に行くので、徒歩ではきついので、馬を譲ってもらえないかと思いまして」
「・・・・・・成程。確かにこの村で馬を持っているのは我が屋敷だけですからね」
「そうなのです。本当は泉陵で調達するつもりだったのですが。あそこは景気が悪いのか、どうにも良い馬を調達する事が出来なくて」
曹昂は泉陵で休憩している時に馬を扱っている商人の所に、たまたま董白と一緒に通った。
馬が居るという事で董白は商人が持っている馬を全て見た。そして、そっと曹昂の下に来て。
「駄目だ。全部駄馬だ。こんな馬だったら、三日ほど乗ったら使い物にならなくなる」
と耳元で囁いてきた。
涼州は名馬の産地でもある。其処の出身の董白の目利きは信用が出来た。
元々、買うつもりは無かったので、曹昂は董白の言葉に従い商人に一礼して離れて行った。
「泉陵ですか? 失礼ですが。何処の出身でしょうか?」
「南陽郡から来ました」
本当は豫洲だが、出身地から身元バレするかもと思い曹昂は嘘を付いた。
「南陽ですか。北部から此処まで来るのは大変でしたでしょう」
「ええ、ですが。見聞を広げる旅でしたので問題はないです」
「見聞を広めるですか。良いですね」
劉巴は窓から空を見上げた。
「自由に何処にでも行けるというのは素晴らしく、そして楽しいだろうと思いますね」
「でも、その分、色々と苦労しますがね」
「苦労が無い旅など無いでしょう」
「確かに」
劉巴と和やかに話しながら茶を飲む曹昂。
「……私の父は江夏太守をしていたのですが、今は豫洲刺史をしている孫堅殿が反董卓連合軍の兵を挙げた時に手を貸したのです。連合に参加する際、孫堅殿に協力しなかったという事で南陽太守の張咨を攻めたのです。南陽は陥落させることができたので、当初孫堅殿は父に南陽太守も兼任させようとしたのですが、南陽の民が太守が居なくなった事で反乱を起こして父は殺されましてね。その後釜に袁術が南陽の太守になったのです」
劉巴は、ポツリポツリと自分の事を話しだした。
父親が太守という事は、劉巴は名家の出なのだろうと察する曹昂。
「それに劉表は父と仲が悪かったようで、わたしを疎んでいる様なのです。しかし、先程の官服を着た者達は劉表がわたしを招聘する為に自分の下に送った者達です」
「疎んでいるのに御自分の下に呼ぶですか。……成程。それは大変ですね」
曹昂は、劉巴が言っている言葉の意味が分かり苦い顔をした。
護衛達はどういう意味なのか分からなかったが、劉巴は目を丸くした。
「お分かり頂けますか?」
「はい。何時でも殺せる様に傍に置くという事でしょう」
曹昂がそう言うのを聞いて、護衛達はようやく劉巴の言葉の意味を理解した。
「その通りです。しかし、何時までも拒否をしていたら余計に疑う可能性もあります。なので、どうしたら良い物か悩んでおりまして」
本当に困っているのか劉巴は溜め息を吐いた。
「……では、僕達の旅に付いてきませんか?」
曹昂は思わず提案した。
話を聞いていると、その内、何らかの理由で殺される可能性があった。
馬を売ってもらう人がそんな目に遭うのは流石に気が引けた。
なので、一緒に旅に出ないかと誘ったのだ。
「旅ですか。それも悪くないのですが、流石に何処の馬の骨とも分からない者とは。それに旅に出ても使用人達の行く宛てが無くなるので、この屋敷に残っている使用人達は父が死んだ後も私と母に仕えてくれている者達です。その様な忠心溢れる者達を路傍に放り捨てる様な事は出来ません」
劉巴は体よく断ろう理由を言い出した。
それを訊いた曹昂は思わず笑った。
断る理由を述べるという事は、条件に心が動いているという事だからだ。
なので、曹昂は賭けに出た。
「御母堂と使用人達に行く宛てがあれば旅に出る事は可能なのですね?」
「え、ええ、まぁ、そうですね」
「でしたら」
曹昂は笑顔で手を叩いた。
「僕の家に来ませんか。使用人の百人ぐらいは雇ってくれますよ。勿論、御母堂の住む所も」
「貴方の家ですか? 失礼ですが。貴方の家は何をしている家ですか?」
劉巴がそう訊ねてくると、曹昂は気を落ち着かせる為に深く息を吸う。
後ろに控えている護衛達も、何と言うのか気になり固唾を飲み込んだ。
「僕の姓は曹です。……父は河内郡太守の曹操です」
「曹操っ⁉」
予想を超えた名前を聞いて、劉巴は身を乗り出した。
「あの反董卓連合軍の発起人にして。奸雄と謳われているあの」
「そうです。僕はその曹操の息子の曹昂と言います」
「何と…………」
劉巴は驚きのあまり背もたれに持たれ、天井を仰いだ。
曹昂も自分の身分を明かしたが、内心ドキドキしていた。
このご時世、曹操の名前を挙げたからと言って、友好的な者ばかりとは言えない。
中には、何かしらの悪だくみを考える者も居る。
目の前の劉巴もそういう人物かも知れなかった。
どうなるか分からなかったが曹昂は身分を明かした事を後悔はしなかった。
「……本当に母と使用人を預かってくれるのでしょうか?」
劉巴は天井を見ながらそう訊ねて来た。
「僕が手紙に一筆書きますから。大丈夫です」
「そう、ですか…………」
劉巴は深く息を吐いた。
そして、曹昂を見た。
「では、お願いできますか?」
「勿論です!」
曹昂の返事を聞いて、劉巴は手を伸ばした。
曹昂は、その手を取り深く握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます