典韋との初邂逅

 翌朝。




 曹操は出撃の準備をしていると、張邈達がやってきた。


「孟卓。允誠殿。来てくれたか。孟高はどうした?」


「今朝になって熱が出て、話が出来なかった。なので、騎兵を借りる事は出来なかった」


「そうか。それは残念だ」


 と言いつつ、曹操はさほど残念と思っていなかった。


 張邈と鮑信の騎兵を合わせただけでも、それなりになるだろうと思い気にしていなかった。


 だが、張超は弟という事もあり張邈は申し訳ないと思ったのか、代案とばかりに別の案を出してくれた。


「そんな訳で私は騎兵全てと、その兵を操る部将とは別の武将も付けよう。我が軍の中でも一番の猛将だ」


「ほぅ、それはありがたい」


 曹操はそう言いながらも、その猛将というのが誰なのか直ぐに分かった。


 何せ張邈よりも高い身長を持っているので、恐らくこの者なのだろうと予想していた


 九尺約二百十センチを越える身の丈を持ち、鷹の様に鋭い目付き。厳つい顔付きで、豊かな顎髭を生やしていた。


 鎧の上からでも、堂々とした体格を持っているのが分かった。


「その者か? 名は何と言う?」


「典韋と言ってな。我が軍の中でも、一番の怪力の持ち主だ」


「そうか。その様な者も貸してくれて助かるぞ。孟卓」


「なに、それで騎兵を率いる部将は、その隣の者か?」


 典韋の隣にいる部将が、恐らく騎兵を率いる将だと思い張邈に訊ねた。


 中々立派な風貌をしていたが、典韋があまりに魁偉過ぎるので小さく見えた。


「ああ、衛茲。字を子許と言う者だ。騎兵六千と共にお主に預ける。頼んだぞ」


「うむ。任せてくれ。允誠殿の後ろにいる者は、其方とよく似た顔立ちをしているが、親戚か?」


「いや、これは我が愚弟の鮑忠だ。騎兵五千と共に預ける。よろしくお頼み申す。弟よ。お前も挨拶せよ」


「はっ。鮑忠です。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしく頼む」


 挨拶が終わる頃に、曹昂が曹操の下に来た。


「父上。御呼びと聞きましたが」


「おお、来たか」


 曹操は曹昂が来たので、ついでとばかりに紹介する。


「会った事のある者も居るだろうが、一応紹介しておく。息子の曹昂だ」


「曹昂です。以後よろしくお願いします」


 皆に向けて、曹昂は頭を下げる。


 そして、一同を見回すと思わず、典韋を見上げた。


「この方は?」


「典韋と申す者だ。今回、私の軍に付いて来る事になった」


「お見知り置きを。若君」


 典韋は曹昂に一礼する。


(そう言えば、張邈の部下の部下だったけど、夏候惇が勧誘して部下になったって話があったな)


 典韋が曹操の部下になる前の経緯は、色々とあった。


 罪を犯して山に籠もっていたが、その山には虎が棲んでいて、その虎を討ち取った事が噂になった。


 張邈の部下と揉め事を起こして、脱走した。


 張邈の軍に居た時に、牙門旗という武将の軍門に掲げる大きな旗を片手で掲げた事が噂になった。


 という様に、色々と話があるが全て夏候惇が勧誘した事だけは、同じであった。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 曹昂は次に隣にいる衛茲に目を向けた。


「……失礼ですけど、陳留の衛大人と御親戚ですか?」


「衛弘をご存じで? 確かに私の親戚だが」


「道理で顔立ちが似ていると思いました」


「はは、よく言われるぞ」


 曹昂と衛茲は和やかに話をしていた。


「息子よ。挨拶はその辺で良いだろう。お前を呼んだのは他でもない。私は騎兵と全て率いて董卓を追う。お前は我が軍の歩兵でこの城を守れ」


「守るのは良いのですが、部将はどれくらい残してくれるのですか?」


「お前一人だ」


「えええっ⁉」


 流石に曹昂は、驚きを隠せなかった。


「父上。流石に僕一人で城を守るなど無理なのでは?」


「我が軍の部将は全ての騎兵と共に全員連れて行くのだ。将は一人も残してはいけん。城を守るぐらいならお前一人で出来る。黄巾の乱の折り籠城して城を守った事もあっただろう」


「あの時は元譲様達が居ましたから」


「別に攻めれられる心配は無いのだから大丈夫だろう。お前なら出来るっ」


「その自信は何処から来るのですか?」


「私の勘だ」


 曹操は、得意げな顔をしながら述べた。


 その顔を見た曹昂は、内心でイラッとした。


 だが、直ぐに問題ないと言いたげな顔をする。


「それは冗談として、お前には董白が居るから大丈夫だ。問題ない」


「董白が何かあるのですか?」


 曹昂は意味が分からず訊ねた。


「お前、知らんのか? 董白は董卓の孫娘であるというだけではなく、涼州では知らぬ者は居ない弓の使い手だぞ。その上、軍才にも秀でていて、あの董卓が『男であれば、これほど嬉しい事、この上なかった』と言われた程なのだぞ」


「えっ、そうなのですか⁉」


 洛陽で会った時から親しくしていたので、それなりに知っているつもりであったが、曹昂は董白がそんなに凄いとは思わなかった。


「知らなかったのか?」


「え、ええ、まぁ……」


「情けない。自分の妻になろうという者の事を知らぬとは」


「会ってまだ数ヶ月なのですけどっ」


「馬鹿者! 数ヶ月あれば十分であろうがっ。私は蓮と初めて会った時には一目で惚れて根掘り葉掘り聞いて妻にしたぞっ」


「父上と一緒にしないで下さい⁉」


 曹昂は内心で、奥さんが居るのに、よくそんな事が出来るなと改めて思った。


 そんな、親子喧嘩を繰り広げているのを見て、張邈が咳払いをしだした。


「おほん、おほんおほんっ。親子の仲が良いのを見せるのも良いが。孟徳。さっさと追撃に行けっ」


「むっ、すまん。そういう訳で息子よ。この城は任せたぞ」


「は、はい」


 半ば無理矢理だと思いながらも、曹昂は返事をした。


「では、後は任せたぞ」


 曹操はそう言って、準備した騎兵と張邈達が連れて来た騎兵と部将達を連れて追撃に掛かった。




 その頃、李儒はというと先に、逃げていた董卓に追いついた。


「なにっ、敵の先鋒を伏兵に掛けて壊滅しようとしたが、其処に曹操が救援に来て撃退されただとっ⁉」


 深夜から出発した董卓達は休憩している所に、李儒がやって来て敗退した報告を聞いて驚きの声をあげた。


「はっ。申し訳ありませんっ」


 李儒は地面に額づかんばかりに、頭を垂れた。


「おのれ、曹操。あれほど目を掛けてやったというのに、儂を殺しに来るとはっ」


「相国。敵は何時来てもおかしくはありません。直ぐに出立の準備をっ」


「ええい、直ぐに長安に伝令を出して、援軍を求めろっ」


「承知しました!」


「休憩は此処までだ。直ぐに出立するぞ‼」


 董卓は急いで出立の準備に取り掛かった。

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